第一話・ヒーローになりましょ!
「うおらああぁ!!」
朝食前の時刻――ラフィンとプリムは宿の中庭で戦闘訓練を行っていた。
あの騎士団への殴り込み以降、プリムのラフィンを見る目は変わった。決して色恋だとかそういった意味合いではない、彼のその実力や強さを理解したのだ。それ故に、自分を高めるには最適な相手と判断し――こうして以前よりも遥かにやる気を出すことに繋がったのである。
対するラフィンも楽しそうだ、全力で攻撃を叩き込んでくる彼女に対し表情には笑みさえ滲ませていた。
プリムは組み立てた棍棒を振りかざし、ラフィンに向けてそれを素早く――そして全力で振るう。叩き込まれるその攻撃は、ハンパな威力ではない。
両手を交差させて頭上で防ぐが、手甲を填めていても両腕に衝撃が響く。まるで電流でも流されたような痺れを共に感じた。
「女が上げる掛け声かよ、ったく……」
「別にええやん! この方が気合入るんやもん!」
その最中にラフィンが洩らした言葉に、プリムは可愛らしい風貌を不貞腐れたように歪めて再び攻撃に移る。彼女が攻撃の腕を磨きたいと言うので、今日のラフィンは防戦のみだ。
デュークはその二人の様子を宿の食堂から見つめている。朝の紅茶を優雅に楽しみながら。
女将はラフィンに対する様子とは打って変わり、頬を朱に染めて朝食を運んできた。心なしか歩き方も普段より可愛らしい。
「デューク様のお口に合うかしらぁ……こんなことならもっと料理の腕を磨いておくんだったわ、きゃっ」
「大丈夫ですよ、女将さんの作る料理はとてもおいしいとラフィン君やプリムさんから聞いていますし」
「あ、あら、そうなんですの……?」
女将はこれまでプリムはともかく、ラフィンにはうるさいだの何だの散々叱り付けてきたが。そのラフィンとプリムが女将の料理の腕を褒めてくれたいたらしい。
運んできた料理の数々をテーブルに並べてから、女将はトレイを小脇に抱えて中庭で訓練に勤しむ両者を見つめていた。
* * *
一方で、アルマは買い物に行くついでに、いつものようにチャクラムの訓練に公園へと足を運んでいた。初めて手にした時から、既に一週間。流石に運動音痴のアルマも随分と上達している。
――まだ、マトモにキャッチは出来ていないが。
「今日こそ掴めるようになるんだ!」
あれから、ラフィンは毎日のように訓練に付き合ってくれる。満足にチャクラムを扱えるようになれば、鍛えてくれるとも約束してくれた。
その約束があれば、どんなことも頑張れる。アルマは買い物袋を傍らに置いて、早速練習しようと身構えた。
だが、その時。ふと甲高く可愛らしい声が聞こえてきたのだ。
なんだろう、と声のした方を見てみると、たくさんのチラシのようなものを通行人に配っている少女を見つけた。今し方聞こえてきた声は、彼女が通行人に掛ける挨拶の言葉だろう。
「(こんな朝早くからお仕事かな? 大変なんだなぁ……)」
距離があるために年頃までは窺えないが、背丈からしてアルマとそう変わらないだろう。
しかし、次の瞬間――チラシを渡そうとした少女が、通行人の厳つい男たちに突き飛ばされたのだ。邪魔だ、そんなものいらない、そんなところだろう。
アルマはチャクラムを腰裏のベルトに括り付けると、大慌てでそちらに駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか?」
「あたたた……ッ、もう……鬱陶しいのは分かるけど、何も突き飛ばさなくても……あ、ありがとうございます!」
幸いにも少女に怪我はないようだ、やや強めに尻を打ち付けたようだが出血の類はない。アルマはそっと安堵を洩らすと、次に地面に散らばったチラシを拾い集めていく。
少女はそんな様子を見て慌てて立ち上がると、両手をわたわたと前に突き出して振り始めた。
「はわわわ! そ、そこまでして頂かなくても大丈夫ですよぅ! 申し訳ないですうぅ!」
「だ、大丈夫ですよ。僕もよく転んで荷物ぶちまけるし、他人事に思えなくて……」
アルマの言葉に少女は大きな目をまん丸くさせて、程なく。その双眸をキラキラと輝かせ始めた。
そしてようやく全て拾い終えた頃、少女は体当たりでもぶちかます勢いでアルマの片手を取り詰め寄る。興奮しているのか、その頬は真っ赤に上気していた。
「あの、あのッ! あなたのような方を探してました! わたしたちと一緒に――ヒーローになりませんか!?」
「……え?」
この少女は、今なんと言っただろうか。
ヒーロー。それはアルマが幼い頃から憧れてきたものだ。
そのヒーローになれると言うのか。
ふと、拾い集めたチラシを見てみればそこには『ヒーロー募集! アナタもわたしたちとヒーローになりませんか?』などと言う、非常に怪しい――これ以上ないほどに怪しい誘い文句が書かれている。
恐らくこれがラフィンであれば、彼が自分で意識するよりも前にその顔は胡散臭いと言わんばかりに歪んでいることだろう。
けれども、アルマだ。ヒーローと言うものにただならぬ憧れを抱くアルマである。怪しい、などと思うはずもなかった。
目の前の少女と同じように期待に目を輝かせて、何度も何度も首を縦に振って頷いた。




