第二十一話・頑張る理由*
結局、朝食を摂ってからアルマに押し切られる形でラフィンは武器屋に足を運んでいた。プリムは昨日大量に買い込んだ服や下着、小物の整理があるからと宿に残っている。デュークはライツェント家の屋敷だ。つまり、助けてくれる者は誰もいない。
しかし、流石に大きな騎士団がある街と言ったところか、武器の種類は剣や槍が大半を占めている。見るからに実戦用ではなく、観賞用と言えるものも多いが。
「わあぁ……」
当のアルマは棚や壁に飾られた剣と槍を眺めて、感嘆を洩らしている。
彼は基本的に争い事も暴力も嫌いだ。だと言うのに、一体なんの武器を扱えると言うのか。
ラフィンは暫し余計な口を挟むことはせずにその動向を窺っていたが、一向に武器を手に取る様子がないことに痺れを切らせてその傍らに歩み寄った。
「……本当に買うのか?」
「うん、昨日デュークさんが旅支度を整えるのにってお金くれたし」
「ああ、まぁ……この服もあいつが買ってくれたようなモンだけどよ……」
そうなのだ、ラフィンとアルマはプリムに盗まれて以来――ほぼ無一文。同行することになったプリムがこれまでの宿代や病院代を出してくれていたが、そろそろ路銀を稼がねばと思っていたのである。
しかし、新しく加わったデュークがこれまで見たこともないほどの大金を「旅に必要なものを揃えられるように」とポンと渡してきたのだ。
流石は貴族か、はたまた世間知らずか――ラフィンたちに悪用する気など毛頭ないが、これで自分たちが詐欺師などの悪人だったらどうするのだろうと一抹の不安を覚えたほど。
「……で、お前どんな武器がほしいんだよ」
「どういうのがいいのかなぁ」
「こういうのはどうだ?」
正直、アルマが剣や槍を使っている光景は全く想像が出来なかった。
そのため、ちょうど近場にあった祈り手用の杖を手に取り示してみせたのだが、アルマとしてはあまりお気に召さないらしい。小さく唸りながら、その頭を横に振った。
「威力低そう」
「お前は何を求めてるんだよ」
杖であれば後方支援用の武器だ、あまり前線に出る心配もないと思ったのだが――嫌々されてしまえば押し付ける訳にもいかない。
しかし、アルマは一体何を求めていると言うのか。これまで争いなどを何より毛嫌いしてきた彼が、なぜそんなことを気にするのだろう。いくら考えても、この時のラフィンには分からなかった。
* * *
武器屋を後にすると、その足で南区にある公園へと足を向かわせた。
そこは非常に広い公園であり、普段は住民が犬を散歩させたり遊ばせたりする場所として使われている。今はまだ昼前と言う時間帯のためか、人の姿はあまり見えない。
ラフィンは公園の中央に佇み、手に持つソレを複雑な面持ちで見つめていた。
傍らではまだかまだかと、アルマが目を輝かせて待っている。
「……本当にやるのか?」
「うん! 早く早く!」
ラフィンの手にあるそれは、戦輪――チャクラムと呼ばれる投擲用の武器だ。これならば必要以上に敵に近付かなくとも攻撃は出来る。
しかし、問題は使い方だ。
チャクラムはフリスビーのように投げて使うもの、回避されれば回転して持ち主のところへ戻って来る。その際、運動神経が極端に低いアルマにキャッチなど出来るのかどうか。
取り敢えずお手本として、ラフィンは手にした戦輪の一つを勢いを付けて飛ばした。
すると、アルマは嬉しそうにそれを追い掛けていく始末。まるで犬にボールを取って来いとでも言って遊んでやっているような感覚だ。わーい、と心底嬉しそうな声まで聞こえてくる。
「おーい、別に取りに行かなくても戻ってくるんだぞー」
「えへへ」
ラフィンが投げた戦輪は宙を優雅に舞い、程なくして軌道を変える。すると、アルマも方向転換をしてチャクラムと共に戻ってきた。――途中で何度か転んでいたようだが。
問題はここからだ。回転して戻って来るチャクラムを見遣り、ラフィンは片手を伸べると円形のその中央を掴んだ。今回選んだチャクラムは外側が刃物になっているため、その外側を掴んで止めれば手が切れてしまう。
――アルマに、それが出来るかどうか。出来なければ、この武器を扱うなど到底無理だ。
「僕も、僕もやってみる!」
「本当に大丈夫なのか? キャッチに失敗したら手が切れるんだぞ? 紙でスパッとやるよりず~っと痛いんだぞ?」
「知ってるよ!」
「……」
痛いんだぞ、と言うことを強調して諦めさせたかったのだが、全く意味を成さないらしい。
はぁ、と深い溜息を洩らしてラフィンは渋々と言った様子でチャクラムをアルマに渡した。猛烈な不安を抱きながら。
* * *
「……」
時刻は既に夕方、ラフィンはもう倒れそうだ。
結局、彼の心配通りアルマの手はボロボロになっていた。今まで一度たりとも満足にキャッチ出来ていない。ラフィンは顔面蒼白になりながら、そんなアルマを見守っている。心配でフラフラだ。
代わりに受け止めてやりたくとも、ダメだと言う。もうやめておけと言っても、嫌だと言い張る。
どうしようもない。
「ううぅ……上手くいかない……ラフィン、先に宿戻ってても良いよ」
「バカ言うな、ったく……ボロボロじゃねーか。見せてみろ、ほら」
既に何度目の――否、何十回目の失敗になるか定かではないが、アルマは改めて受け取りに失敗すると、近くに落ちたチャクラムを拾い上げてその場に屈んだ。手に巻かれた包帯にはべっとりと血が滲み、既に固まり始めていた。
ラフィンはそんな親友の傍らに駆け寄ると、傷の具合を窺う。先程手当てしたばかりだと言うのに包帯も裂けていて、どれが最後に巻いたものかさえ分からない。
もう無理だ、ラフィンはそう思った。
「……ここまでにしとこうぜ」
「だって」
「なんだってお前、そんなにこだわるんだよ。自分で自分の身を守れなくても、俺がいるだろ」
威力が低いものにしてよかった。もしも一番攻撃力が高いものであれば、下手をすれば指の一本や二本はなくなっていたかもしれない。
ラフィンの言葉にアルマは困ったように彼を視線のみで見上げ、その場に静かに腰を下ろした。
「……ラフィンはよく、僕のこと優しいって言うじゃないか」
ポツリと呟くアルマにラフィンは不思議そうに双眸を瞬かせ、一拍遅れてからその正面に腰を落ち着かせた。
いくつか購入した包帯とガーゼを買い物袋から取り出し、傷付いてボロボロになった手を治療しながらアルマの語る言葉に耳を傾ける。
「ああ、それが?」
「僕は優しくなんかないよ、ただ嫌なことをラフィンに代わりにやらせてるだけなんだ」
その言葉に、ラフィンは一度手当ての手を止めた。
アルマは優しいと、ラフィンは常々思っている。だが、当の本人は自分は優しくないと言い出した。
「本当に優しい人は、誰かを傷付ける痛みを知ってる人だ。僕はいつもラフィンに守ってもらってばかりで、その痛みを知らない」
「……」
「誰かを傷付けることは、とても痛いことだよ。それを知って初めて、平和がどれだけ有り難いのかを理解出来るような気がするんだ。自分は何もしないで、ただ安全な場所で守られてるだけじゃ分からないことばかりだから」
アルマが語る言葉にラフィンは呆然とした。
単純に興味や面白半分で「武器がほしい」などと言った訳ではないことは、ラフィンとて理解している。だが、その思惑は彼が考えていたものよりもずっと深く、しっかりしていたようだ。
手当てをするのも忘れたようにラフィンは真正面からアルマを見遣る、その顔には常の弛い笑みではなく――どこまでも真っ直ぐな、真剣な表情が浮かんでいた。
「痛みを知ることで平和がどれだけ尊いのか、幸せなことなのかが分かる。その上で、僕は平和のために祈りたいんだ」
そんな親友を見つめて、ラフィンは思わず苦笑いを浮かべた。
運動神経が死んでて、うるさくて、ドジでおっちょこちょいで泣き虫。そんな親友だが、アルマをパートナーに選んで本当に良かったと改めて思ったのだ。
『アルマは落ちこぼれだから他の祈りなんか使えないもんなぁ』
『カネルはアルマなんかよりも立派だしね!』
彼の頭には、ヴィクオンでいつもアルマをいじめていた少年少女の言葉がぼんやりと浮かび上がる。
だが、不思議と腹は立たなかった。やはり彼らは何も分かってなどいなかったのだ、アルマのことを、何も。
「(落ちこぼれなんかじゃないさ、アルマは立派な祈り手だよ)」
利き手を伸べて常の如くアルマの頭を撫でてやると、当の本人は不思議そうに頻りに首を捻ってばかりいる。なぜ撫でられるのか分かっていないのだろう。
一頻り撫でると、ラフィンはアルマの手を取って立ち上がった。だが、アルマは嫌々と小さく頭を振る。まだ練習したいと。
「……ちゃんと出来るようになるまで付き合ってやるから、今日はもうやめにしようぜ。飯食ってよく寝て、続きはまた明日な」
そう告げると、アルマは一度双眸を丸くさせたが――すぐにその目を輝かせて、嬉しそうに何度も頷いた。ラフィンが「お前には無理だ」と諦めた訳ではないと知って安心したのだろう。
アルマの手を引くと、ラフィンの胸中には表現し難い感覚が広がる。
無理はさせたくないし傷付いてほしくもないのに、けれどもアルマは祈り手として――アポステルとして自分なりに必死に頑張ろうとしている。
ラフィンの気持ちとしては複雑ではあるものの、それはとても暖かかった。




