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第十八話・これはハーレムとは言わない!


「さあ、ラフィン君! 私とデートしようじゃないか!」

「ヤダって言ってるだろおおぉ!」


 とにかく店内で騒ぐと一般客や店側の迷惑になることを考えて、地獄園を後にしたラフィンたちだったのだが――エリシャは一向に諦めてくれない。いっそ店の中で騒いで、店主に般若になってもらう方が良かったかもしれない。

 場所を移して、現在はブティックが建ち並ぶ通りだ。北に向かって右手側に女性用の、その向かい側に男性用の洋服店が並んでいる。そんな通りでもエリシャは無遠慮に求愛してくる始末。


 既に何度目になるか分からない拒否に、エリシャはショックを受けたように軽くよろめくと近くにあった店の壁に片手をついて、逆手で自らの目元を覆った。


「な……なぜだ、世の女性の聖書(バイブル)、男と女のハウツー本の通りにやっていると言うのに……」


 そんなことを口走るエリシャのカバンから、ふと一冊の薄い――それはもう驚くほどにうっすい本がパサリと落ちた。アルマはその本を拾い上げると不思議そうに瞬きを繰り返す。

 裏を見れば、五千ゴールドなどと言う値段も見える。厚さにして一ミリほどもない小さな本にこの値段は最早ただのぼったくりレベルだ。

 しかし、アルマが気になったのはその表紙。そこには――


「えっと……これを読めばアナタも恋愛上手、彼女のハァトにずっこんばっこ」

「うわああああぁ! やめろアルマ! そんな情欲にまみれた擬音をお前の口からなんて聞きたくない!」

「……? エリシャさん、これ女の人が読むやつじゃなくて、男の人が読むものなんじゃ……」

「な、なに?」


 デュークとプリムはアルマが拾った本の名前を聞いて真っ白になっている。エリシャはこのオリーヴァの街の優秀な騎士団員だ、それも団長であるシェリアンヌの次の実力者。

 だと言うのに、そんな彼女がなんという稚拙な本を読んでいるのか。しかもアルマの言うようにそれは男性用の恋愛テキストだ。表紙に「彼女のハァトに」などと言う記載があるのだから。

 アルマは突然叫んだラフィンに不思議そうに首を捻りつつも、その表記がある部分をエリシャに見せた。


 すると数秒後、エリシャは落胆した様子で肩を落とし俯いてしまう。そうなると、アルマはなんだかとてつもなく悪いことをしている気になってしまった。

 しかし、忘れてはいけない。ライツェント家には、エリシャとデュークの他に――もう一人いることを。


「あっはっは! 姉上ったらそそっかしいんだからぁ!」

「――ハンニバル!」


 近くの女性物が売っている洋服店から出てきたのは、エリシャの弟でデュークの兄、ハンニバルだった。女物を取り扱う店から出てきた彼に一般人からは不審者を見るような目が向けられているが、彼が気にしているような様子は欠片も見受けられない。

 ふわふわの前髪を片手で掻き上げてみせながら優雅な足取りで歩み寄って来る姿に――ラフィンは後退した。


「ラフィン君、そそっかしい姉上よりもボクの方がいいよね?」

「なんでそう思うのか十文字以内で言え」

「カッコイイから!!」


 ハンニバルが輝くような笑顔で即答するのと、ラフィンが彼の顔面に一撃を叩き込むのはほぼ同時であった。見事に顔面に一発を喰らったハンニバルの身は思い切り吹き飛ばされ、彼が先程出てきた店の壁に背中から叩き付けられた。

 エリシャは落ち込みから回復すると、そんな弟を見下して高いヒールで彼の頭を踏み付ける始末。とても低レベルな争いである。


「フッ、お前はそそっかしいどころの話ではないなハンニバル」

「ど、どうしてだいラフィン君!? ボクの方が姉上よりも――」

「お前がお前の姉ちゃんに勝ってる部分なんかねーよ! 男じゃねーか!」

「なんてことを言うんだいラフィン君! 愛に性別なんか関係ないよ!」


 ハンニバルのその叫びは、ラフィンの胸の妙に深い部分を貫いた。

 愛に性別なんか関係ない――これまでのラフィンであれば即座にツッコミで切り返していただろう。しかし、最近の自分のアルマを見る目を思うとそれが出来なかった。と言うよりは、言葉が出てこなかったのである。

 アルマは本来は男だ。けれども、今はジジイ神の所為で女になることも出来る。実際に今のアルマは少女の姿。理性が邪魔をするだけで、本来ならばいつでも手を出せるのだ。


「さあ、ラフィン君! 邪魔をされたが私とホテルに――」

「ダメだ姉上! ラフィン君はボクと遊ぶんだ、そうだよね!」


 だが、今は考え事をしたくとも取り敢えずこの二人がうるさい。

 先程から騒ぎ立てている所為で、辺りには一般人がぞろぞろと集まってきていた。騒いでいる内容が内容なこともあり、デュークもプリムもやや気恥ずかしそうだ。

 ラフィンは宙に素早く指先を滑らせると、エリシャとハンニバルの足元に魔法陣を展開させた。それは、彼が扱う守護者の心(ガーディアンハート)の内の一つ――


「――拘束(バインド)!!」

「うぐッ!」

「うわあぁっ!」


 相手を地面に叩き付けて金縛りに合わせる技だ。

 エリシャとハンニバルの身は上から何かにのし掛かられたかのように地面に倒れ伏せ、身動き一つ取れなくなってしまった。これでもういいだろうと、ラフィンたちは一度安堵しかけたのだが。


「ふ、ふふっ……ラフィン君、こういうプレイがお望みなんだね……だ、大胆だなぁ……」


 そんなことを嬉しそうに、その上やや息を乱しながら呟くハンニバルの首裏にラフィンは一発強烈な手刀を叩き込んだ。本当ならばその減らず口を叩く顔面に蹴りの一発や二発叩き入れたいところではあったが、流石に動けない相手にそれは気が引けたのだ。

 綺麗なほどに入った手刀により意識を飛ばしたハンニバルを確認すると、その場から逃げ出すように先に歩いて行くプリムとデュークの後を、アルマと共に追い掛けた。


「(出来るだけ早くこの街を出よう、身の危険を感じる)」


 そんなことを内心で考えながら。


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