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第三話・性別が入れ替わるってそんな


 うえぇん、と依然として泣き止まないアルマを見てラフィンは困ったように眉尻を下げる。寝台に腰かけると改めて彼の頭を撫でつけた。

 とにかく事の詳細はわかった。

 アルマは神さまの駄々で性別を変えられてしまったのだ、女性にされたかと思えば男性に戻ったり――さぞ混乱したことだろう。そこまで考えてラフィンは一瞬固まる。


「……じーさん、それで結局アルマはどっちになったんだ?」

「いや、それがな。アルマが倒れたのを見て神々は慌てて帰って行ってしまったのだ」

「無責任すぎんだろ!」

「だが両刀の神が言っておった、祈りを捧げればジジイ神とアプロス神の力が身体を巡るため、その都度性別が入れ替わると」

「両刀の神とか他に言いようねーのかよ……って、性別が入れ替わる?」


 その説明を聞いて、ラフィンは複雑な面持ちでアルマを見遣った。布団に隠れていてよくは見えないが、普段よりもその身が小さい気がする。

 恐る恐るといった様子で布団の中をそっと覗いてみるが、アルマの胸元に女性特有の膨らみは確認できなかった。

 ――あれ? とラフィンは首を傾げるものの、それを見ていた老司祭がすかさず口を挟んでくる。


「ちなみにラフィン、今のアルマは女だ。しかし絶望的にまな板……いや、絶壁レベルでな。触ってみたが貧乳と呼んでいいのかさえわからん」

「いや触ってんじゃねーよ! なに当たり前のように言ってんだエロジジイ!!」

「別に減るものではなかろう、アルマは元々男なのだからよいではないか」

「どういう理屈だよ!」

「取り敢えずファヴールの祈りの力は授けられた、儀式は一応成功したと言える。落ち着いたら家に送って行ってやりなさい」


 老司祭はそれだけを言い残すと、早々に部屋を出て行く。これ以上の追究はごめんだとばかりに、それはもうそそくさと。

 ラフィンは暫し司祭が出て行った扉を睨みつけていたが、程なくして深い溜息を吐き出すと未だに泣き止まないアルマに向き直る。――あの司祭にはアルマを近づけないでおこう、内心でそう思いながら。

 とにかく泣き止ませないことには胸が痛んでどうしようもなかった。誰だって自分の大事な親友が泣いていたら悲しいものだ。


「ほ、ほら、そんなに泣くなよ」

「僕、僕、やっぱり神さまに認めてもらえなかったんだ、だからあんなにお怒りになられてこんなことに……」

「いやいやいやいや、お前は別に悪くねーだろ。どう考えても神さま連中が駄々コネただけじゃねーか」


 司祭の話を聞く限り、アルマに落ち度はない。全てジジイ神の駄々から始まってこうなっただけだ。

 だが、祈りを捧げれば性別が入れ替わるなどと、到底信じられる話ではない。もしかしたら両刀神にただ揶揄されただけなのでは――とさえ思ってしまう。


「とにかく、だ。元に戻る方法がないかオヤジにも聞いてみるから、今日はもう帰ろうぜ。疲れただろ」

「う……うぅ……」

「ほら、ヒーローは泣いたりしないだろ?」


 ラフィンのその言葉にアルマは目をまん丸くさせた。

 ヒーローとは、幼い頃からアルマが憧れているものだ。

 神殿の世話係が妙な絵本を読み聞かせたことがキッカケとなり、いつからかアルマはヒーローに憧れ、なりたいなどと言うようになった。昔はラフィンもよく『ヒーローごっこ』に付き合わされたものである。


 運動が苦手で泣き虫で、よく裾を引っかけて転ぶヒーローなど不安要素しかないが。


 それでも、ラフィンのその言葉はアルマに対して効果抜群だったようだ。涙はぴたりと止まってくれた。

 最後に改めてアルマの頭を撫でてから立ち上がり「ほら」と手を差し出すが、アルマはその手とラフィンとを何度か交互に眺めた末に俯く。


「ラ、ラフィン、あの……」

「うん?」

「ご、ごめんね、こんな……気持ち悪いことになっちゃって……」


 言葉尻が自信なさげに小さくなっていくが、そう呟いたアルマに対してラフィンは緩く肩を疎ませた。

 気持ち悪いこと――それは、本来は男であるはずの自分が突然女になってしまったことを指しているのだろう。

 だが、ラフィンの中では別にそのような認識はない。むしろ泣いているアルマの胸を触った先ほどの司祭や、事の発端となった神々への憤りの方が強いくらいだ。


「別に気持ち悪いなんて思ってねーさ、お前はお前だろ。だからそんなこと言うなよ」

「あ……ありがとう」

「(どうせ元々男らしくねーからあんま変わった気しないし)」


 ラフィンのその言葉に、アルマは一度蒼色の双眸を丸くさせたが――すぐに花が咲いたように笑った。それはそれは、どこまでも嬉しそうに。

 差し出された手を取って立ち上がるアルマを見て、ラフィンは人知れず小さく頷く。――本当に絶壁レベルだな。口には出さないが、そう思って。

 本当に女なのか疑いたくなるほどに、アルマの胸は小さかった。触れば確認はできるのだろうが。


「(……しない、しないぞ。あのエロ司祭と同じようなことをしてたまるかってんだ)」

「ラフィン?」

「い、いや、なんでもない。んじゃ、行くか」


 気になることは多いが、とにかくアルマはアルマだ。ラフィンは己にそう言い聞かせて、親友と共に部屋を後にした。


 * * *


 ――そして、現在に至る。

 状況はまったく変わっていない。正直夢であってくれればと思い期待してはいたのだが、現実はそう上手くはいかないものである。

 ラフィンはアルマの家で、出されたコーヒーを一口喉に通しながら小さく唸った。


「オヤジに聞いてみたけど、全く見当がつかないとさ。やっぱあのジジイ神を絞め上げてなんとかさせるしかないな」

「で、でも……」

「どっちみち旅に出なきゃならねーんだ、そのついでだと思えばいいさ。あのジジイが祀られてる神殿がどっかの国にあるはずだから、こっちから乗り込んでやる」


 そうなのだ、昨日はこの騒動で失念しかけたが、アルマは昨日の祈り手の儀式で正式なアポステルとなった。

 今後は、このヴィクオンを離れて世界各地を巡る旅に出なければならない。


 近年は他のアポステルの活躍もあってか、魔物が暴れ回るというような騒動もほとんど起きなくなっている。魔物に襲われて命を落とすというような危険はあまりないだろう。

 しょんぼりと視線を下げるアルマを後目にラフィンはカップの中身を飲み干すと、座していた椅子から立ち上がった。


「ま、そういうことだから必要なモンとか色々揃えちまおうぜ」

「必要なもの?」

「旅に出るのに必要なものだよ、食糧は前日に買えばいいけど……道具とか色々あるだろ」

「え……ラフィン、旅に一緒に来てくれるの?」

「は?」


 双眸を丸くさせて意外そうな声色で問うてくるアルマに、ラフィンは一度間の抜けた声を洩らす。

 だが、程なくしてテーブルを思い切り叩くと身を乗り出しながら声を上げた。


「あったりまえだろ! お前どんくせーしお人好しだし危なっかしいし、一人で行かせたら心配で夜も眠れねーっての!」

「ラフィン……ありがとう!」

「い、いや、散々言われてそこでお礼言うのおかしいだろ。とにかく、ほら行くぞ」

「うん!」


 先ほどまでの落ち込んだ様子とは一変、アルマは嬉しそうに表情を綻ばせるとカップを呷る。そして中身を全て喉に通してから立ち上がった。


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