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第十六話・新しいお仲間いらっしゃい


『母上――いえ、シェリアンヌ様。こちらはお返しします』


 静かに身を起こしたシェリアンヌに歩み寄ると、デュークは手にしていたカバンを静かに彼女に差し出す。すると、シェリアンヌは暫しカバンとデュークとを無言で見据え、視線のみでその理由を問うてきた。


『……言われた通り、私はこのオリーヴァを出て行きます』

『金も持たずにか? 祈りの力を過信し過ぎだと思うが』


 デュークの言葉にシェリアンヌは吐き捨てるように呟くと、依然として消えていない無数の氷柱へと一瞥を向ける。通常、祈りで召喚されたものは時間の経過と共に消えるものなのだが、未だに消えないと言うことはそれほど強力な祈りなのだ。

 そして、その祈りを放ったのは他でもない――彼女の目の前にいるデューク本人。これまで身体が弱いからと見向きもしなかった息子だ。


『いいえ、私はラフィン君たちと共に行きます』

『なに?』

『彼らは祈りの旅の真っ最中です。私は騎士にはなれないので騎士団に所属することは叶いませんが……彼らと共に行けば、微力ながら誰かの力になれるのではないかと思いますので』


 エリシャは母の身を支えながら、複雑な面持ちでデュークを見遣る。彼女にとっては弟にあたる身、何かしら言葉を掛けねばとは思うのだが――何を言えば良いのか分からずにいた。

 デュークはライツェント家の面汚し。だと言うのに、あの祈りの力を見ればその認識を覆さずにはいられない。これまでライツェント家が祈り手を守護者に据えたことなどないが、彼は並の使い手ではない。


 シェリアンヌはデュークの言葉に、視線を下げて暫し黙り込む。

 だが、疲れたように溜息を洩らすとエリシャに身を支えられながら静かに踵を返した。


『……ならば、余計にその金を持っていけ。それで旅支度でも整えろ』


 シェリアンヌはそう告げると、エリシャと共に静かに部屋へと引き返して行く。

 言葉こそこれまでと変わらないものだったが、心なしかその声色は今までよりも優しかったとデュークは思った。


 * * *


「――と、いう訳です」

「はあ、なるほどねぇ……」


 ラフィンたちは病院を後にし、街の喫茶店を訪れていた。オープンテラスで軽い朝食を摂りながらデュークの話を聞いていたのである。

 結局、家族との関係修復には至らなかったようだが、全くの絶縁と言うことにはならないだろう。シェリアンヌが今後彼のことをどうする気なのかは定かではないし、優しい言葉の一つもなかったようだが、時間を掛けて関係を深めていくことは出来るかもしれない。

 それだけでも、デュークにとっては救いだろう。


「……」

「……わーってるよアルマ。分かってるから、そんな目をキラキラさせて見るな」


 アルマはデュークを連れて行くことに対し、ラフィンの考えはどうなのか気になるようだ。先程から蒼の双眸をキラキラと輝かせながら見つめてくる。いっそ凝視、ガン見のレベルだ。その様は、ご主人様を見つめる犬のようにも見えた。

 プリムはそんなアルマを見遣り、愉快そうに笑っている。彼女もデュークを連れて行くことに反対する気はないのだろう。この旅に同行する理由はプリムとて似たようなものなのだから。


「……まぁ、いいんじゃねーの。取り立てて反対する理由もないし……」

「わああぁ! よろしくね、デュークさん!」


 ラフィンの返答にアルマはやや食い気味に歓喜の声を上げた。そんなに嬉しいのかと言葉には出さずともラフィンは思わず苦笑いを浮かべつつ、親友の様子を見守る。

 デュークはと言えばにこにこと穏やかに笑いながら、ぺこりと頭を下げた。

 そこでプリムは気付く。デュークを見つめるアルマの顔が少々赤らんでいることに。


 猫目を丸くさせ数度瞬きを繰り返すと、プリムは隣の椅子に座るラフィンにそっと身を寄せて口を開いた。まるで内緒話でもするように声量を落として。


「……なぁ、ラフィン。アルマちゃんって結構惚れっぽいん?」

「は?」

「ほらほら、顔赤いやん。ウチが一緒に旅するようになった時もあんな風に赤なっとったなぁ、って」


 そのアルマの様子に、プリムは覚えがあった。

 それはこのオリーヴァの街に訪れる道中のこと。あの時はプリムの胸が当たっていて顔を赤らめているのかと思ったのだが、デュークと話している今はそんなことはない。

 だと言うのに、アルマは顔を赤らめている。もしや端正な彼の顔立ちと柔らかな物腰に惚れてしまったのか、そう考えたのである。

 そして、もしそうならラフィンにとって一大事ではないのかと。


「ああ……嬉しくて興奮してるんだろ」

「嬉しい?」

「あいつ、俺以外の友達っていなかったからよ」


 ラフィンのその言葉に、プリムはバツが悪そうな表情を浮かべた。そして改めて視線のみでアルマを見遣る。

 そうだ、ロケットペンダントの下りで少しばかりアルマに聞いたが、彼はずっといじめられてきたのだ。ラフィンに出逢うまでは友達など一人もおらず、いつも寂しい想いをしてきた。


「(それなのにウチって奴は、安易に恋愛なんぞに結び付けて……最低や……! よし、よしよしよし! そんなら目いっぱいアルマちゃん可愛がったる!)」


 内心でそう決めると、プリムは早速アルマに絡もうとしたのだが――その矢先。

 四人で囲む丸テーブルのド真ん中に、不意に何かが突き刺さったのである。


「――!?」

「うぎゃっ!? な、なんなん!?」


 ラフィンとデュークは思わず身構え、プリムは今まさに構い倒そうとしていたアルマに真横から飛び付いた。

 突き刺さったそれは、弓矢だった。だが、箆部分には何やら白い紙が巻かれている。ラフィンはテーブルから矢を引き抜くと、慎重に紙を取り外した。

 この場所は喫茶店のオープンテラス。周りにいた他の客もどこか不安そうだ。


「ラ、ラフィン……それ、なに? 手紙?」

「ああ、そうみたいだな……」

「ど、どれどれ……?」


 矢から外した紙を開いてみると、それは手紙だった。一体誰が、どこからこんなものを放ってきたのか――そう思いながらラフィンは辺りを見回すが、近くにいるのはいずれも自分たちのような客ばかり。このような物騒なものを放ちそうな人影は確認出来なかった。

 プリムとデュークはラフィンの両脇から手紙を覗き込む。そして軽く眉を寄せた。


「ラフィン殿、本日正午に地獄園まで来られたし……これ、果たし状やんけ! 差出人はエリシャ・ライツェント、デュークのネーちゃんやで!」

「……リベンジってことか。地獄園……果たし合いにはちょうど良さそうな場所だな。デューク、この地獄園ってのはどこにあるんだ?」


 果たし状、そして差出人の名前を聞いてアルマの表情は心配そうに曇る。ラフィンはまだ本調子ではないのだ、そんな中でまた彼は戦うことになるのかと思うと、心配でどうしようもなかった。

 ラフィンは手紙を片手で握ると、指定された場所をデュークに尋ねる。地獄園――その名前からして、恐ろしい場所に違いない。人相の悪い男が大勢いて、賭博などに興じているような、そんな場所のはずだ。


「地獄園と言うと、街の中央にあるファンシーショップですね」

「……はあああぁ!? ファンシーショップ!?」

「いやいやいや、名前ええぇ! 名前のチョイスおかしいやろ! それで客なんか来るかいな!」

「それがですね、このオリーヴァで特に有名で評判の店なのです」

「客の感性がおかしいんだよ!!」


 地獄園と言う名のファンシーショップ、全く想像が出来ない。一体何を売っていると言うのか。

 きっと可愛らしいぬいぐるみに見せかけて、実は投げると爆発するだとか、そんな凶器を売っているに違いない。そして客は騙されているのだ。ラフィンとプリムはそう思った。


 ともあれ、呼び出されたからには行くしかない。無視すると言う選択肢もあるが、もしも無視をして次は矢文ではなく直接危害を加えに来られたら困る。

 ラフィンはそう考えると、座していた椅子から立ち上がった。指定された場所――地獄園に向かうために。


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