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第七話・可哀想かと思えば案外そうでもない


「ほほぉ、こうして見てみるとかなりのイケメンやなぁ、ニイちゃん」

「あの……」

「あ、これ差し入れのリンゴな。良かったら食ってくれ」

「デュークさん、あの時は助けて頂いてありがとうございました」

「は、はあ……」


 あの騒動から二日後、ラフィンたちはデュークが入院する病室へと顔を出していた。

 プリムは寝台で上体を起こしているデュークの隣からその顔を覗き込み、ラフィンは片腕に提げる買い物袋を寝台横の棚に置く。そんな彼の隣ではアルマが深々と頭を下げていた。

 つい先程目を覚ましたデュークは、何が何だか全く分からないと言った様子だ。

 当然である、あの夜に言葉を交わしたとは言え、本当にごく僅かなものだったのだから。それも、やかましいと言っただけだ。


「あ、あの、これは一体……」

「あんたがアルマを助けてくれたんだろ? あんたが居てくれなきゃ大変なことになってた、だからまぁ……礼、のつもりなんだが」


 ラフィンの言葉にデュークは双眸を丸くさせると、暫し呆然と彼を見上げていた。何かおかしいことを言ってしまったかとラフィンは頻りに首を捻るが、程なくしてデュークはふっと――小さく吹き出した。

 当然ラフィンだけでなく、アルマやプリムも彼のそんな様子に目を丸くさせる。


「あ、ああ……いえ、失礼――なんでもありません。普段あまり言われないものですから」


 そんなことを言いながら目尻を拭うデュークに、ラフィンたちは何とも言えない気持ちになった。

 その一言で、彼がこれまでどのような環境の中に置かれていたのか、何となく理解出来てしまったからである。


 * * *


 エリシャとハンニバルに出会った直後、レーグルはこれまでのデュークの境遇を教えてくれていた。

 優秀な守護者(ガーディアン)を数多く輩出してきた名家ライツェント家に生まれながら、生まれつきの身体の弱さ故に彼は誰にも期待されずに生きてきた。

 姉のエリシャや兄のハンニバルは早くに養成所を卒業し、現在はオリーヴァの街の騎士団に所属。盗賊団退治や騒動の鎮圧などに貢献し、誉れ高い騎士として活躍している。

 姉と兄の活躍が世間に広まれば広まるだけ、弟であるデュークに向けられる世間の目は非常に冷たく、厳しくなった。


 名家に生まれながらも、身体が弱く自らの身を鍛えることさえ出来ないのだ。

 その上、姉や兄だけに留まらず、現在騎士団の全てを取り仕切っている母でさえもデュークには何一つ期待しておらず、むしろ存在そのものを疎んじているほど。

 レーグルはそんなデュークの境遇を不憫に思ってはいるが、名家の者に口出しするなど出来るはずがなかった。彼は貴族でも何でもないのだから。


 そんな話を聞いたから、ラフィンたちもどうしてもデュークを放っておけなかった。


「……それでも、私は何かをしたかったのです。何でもいいから、人を守れる力がほしかった」

「それが、祈りの力だったんですね」

「祈り?」

「うん、助けてくれた時にデュークさん、クラフトの祈りを使ってたんだ。とんでもない威力だった。最初はどうして騎士が祈りの力を使えるのか不思議だったんだけど……」


 こんな話をしている今も、デュークの傍には鎧が置かれている。

 彼の境遇を思えば、本来ならば騎士鎧など見るのも苦しいだろう。目を背けたくもなるはずだ。だと言うのに、彼は名家になど生まれてしまったばかりに鎧を身に付けていなければならない。

 なんと不幸なことだろう。ラフィンたちはそう思った。


 だが、デューク本人はその鎧を見つめている。いっそガン見レベルだ。

 忌々しくて見ているのだろうかと思ったが、そうでもない。まるで大層愛しいものでも見るような、そんな優しい眼差しを以て見つめているではないか。


「……あんたは、なんで騎士のカッコしてたんだ?」

「なぜと言われましても、騎士が好きだからです」

「す、好き? 無理矢理させられてたんちゃうの?」

「無理矢理? 私に無理に騎士の格好をさせて得をする者など誰一人いませんよ、私が好きでやっているだけです」


 彼の心の傷をえぐってしまうかもしれないとは思ったが、それでもラフィンは純粋な疑問を抱いて一つ問いを向けたのだが――返る言葉は、彼らの予想の遥か斜め上を行っていた。

 ラフィンもプリムも、流石のアルマも目が点になる感覚を覚える。


「見てください、この光沢を! そしてなめらかなフォルム……手触りなど本当に素晴らしいのです。この肩当てのラインなど難癖の付けようもありません!」

「……ニイさん、まだ騎士なワケちゃうんやな?」

「ええ、私はしがないただの人間です」


 どうやらラフィンたちが思っていたような心配はなさそうだが、先程までの落ち着いた様子も一変――鎧のことを語るデュークの顔には血色が戻り、やや暗い色を宿していた双眸など子供のように輝いている。

 これはこれでどうなのだと、プリムはドン引きした様子で口を閉ざした。


「ただの騎士オタクかよ……」

「失敬な、私はオタクではなくマニアです」

「同じようなモンじゃねーか!」

「仕方ありませんね、そうまで仰るのなら騎士と言うものの始まりからお話して差し上げましょう。そもそも騎士と言うのは太古の昔に……」

「話さなくていい!」


 ラフィンもプリムも、アルマを助けてくれた恩人として気に掛けている部分もあったのだ。彼にもう一度改めて顔を合わせて、直接礼を言いたいと。

 だが、精神面は変な方にタフなようだ。普通は彼のような境遇であれば「騎士」に関わる全てから目を背けていてもおかしくはない。だと言うのに、誰に強制された訳でもなく、デュークは好き好んで騎士の格好をしているらしい。

 変態、もしくはただのマゾだと――ラフィンとプリムはそう思った。


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