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第二十一話・不純な理由で眠れない夜


 それは、ラフィンがまだ幼い子供であった頃。

 アルマと出逢って、彼が母を助けてくれて、そうしてラフィンは決めた。強くて立派な守護者(ガーディアン)になって、アルマを守ってやるのだと。

 それが彼へのなによりの恩返しになってくれるはずだと、そう思って。


『よいか、ラフィン。ガーディアンとはその字の如く、対象を守護する者のことを言う』

『はい』

『だが、ただ身を守ればよいというわけではない。わかるか?』


 ガラハッドの言葉に、ラフィンは草むらに正座したまま不思議そうに小首を捻る。

 息子のそんな姿を見て、ガラハッドはふと厳つい相貌に笑みを乗せて再度口を開いた。


『真に優れたガーディアンは身の安全だけでなく、心までもを守ってやれる者のことを言う。相手の意思を尊重し、時に協力し、時に過ちを正すことができてこそ、本当の意味で優秀なガーディアンなのだ』

『心までもを、守る……』


 守るべき対象が「やりたい」と思うことは全面的に肯定し、人の道を外れる悪事に走りそうになれば全力で止めろ――そういうことだろう。

 ガラハッドの言葉にラフィンは今度こそ、しっかりと頷いた。


 * * *


「……なるほど、それがきみのお父さんの教えか。だから、きみは息子と妻の治療に賛成してくれたのだね」


 その夜、ラフィンはレーグルに誘われて彼の自宅にあるテラスでゆっくりと話をしていた。

 時刻は二十時を回ったところ、夕食を終えてのくつろぎの時間だ。

 そんな中、レーグルはどうしても気になっていた疑問をラフィンにぶつけていたのである。彼がエレナやルネの治療に反対しなかった理由、そしてなぜ剣や槍といった武器を使わないのか、と。


「セラピアの祈りはこの世において極めて珍しいものだ、その力がバレてしまえば良くないものに巻き込まれてしまう可能性がある。本来は止めるべきだっただろうに」

「アルマがそうしたいって言ったんです、病の治療が悪いことには思えなかったし……だから俺はあいつの意思を尊重しようって」


 昔、ラフィンも母を死の病で亡くしかけた身だというのも――もちろんある。

 その上で、プリムの弟を想う気持ちに直面して確信した、この選択は間違っていなかったのだと。

 家族が死の病に侵されて喜ぶ者、なんとも思わない者はそうそういない。きっと多くの者が悲しみに暮れる。

 そこまで考えて、ラフィンは随分と温くなってしまって紅茶を一口喉に通した。


「……きみが武器を使わないのも、アルマさんのためか」

「あいつ、人が刃物で斬られるの見てなんとも思わないような奴じゃないんです。騒ぐし泣くしうるさいし」

「だから体術で戦うということか」

「体術も当たりどころが悪ければ一大事だし、殴れば鼻血も出るけど……刃物よりは怖がらないだろうと思ったんです」


 その言葉に、レーグルはふと笑った。

 ラフィンの行動理由は、全てがアルマ絡みなのだ。

 彼が病の治療をするのを止めなかったのは、アルマが望んだことだから。

 剣や槍など、本来ガーディアンが扱うべき武器を使わないのは、アルマが怖がるから。


 その在り方に、不安は当然ながらついて回る。

 ガーディアンが扱う技は基本的に陣術だ、大地に特定の陣を描くことで効果を発揮するものが多い。――もっとも、それらは中級程度の技からで、初級はせいぜい自分の防御を上げたりする「あってもなくても困らないようなもの」ばかりなのだが。


 今後、ラフィンがそれらの技を覚えていくかどうかはレーグルにもわからない。

 だが、もしもそうなった時に彼はどのようにして戦うのだろう。純粋に、興味はある。

 そして、彼が父から教わった守護者の心(ガーディアンハート)には、どのような技が揃っているのか。


「(君のこれからが楽しみだよ、ラフィン君。この目で見られないのが残念だ)」


 レーグルは妻エレナの体調を心配して街に戻ってきてはいるが、彼は本来このアーブルから更に南に行ったところにあるオリーヴァの騎士団に所属している。

 騎士はその場の治安を守るもの、今回のような事情でなければオリーヴァの街を離れるのは難しい。そのため、当然ながら彼はラフィンたちの旅に同行することはできないのだ。


 * * *


 その夜、ラフィンはなかなか眠りにつけなかった。

 父がガーディアンの道を極めた偉大な存在であった、それを理解して驚いたというのは当然ある。しかし、ラフィンはそういったものを特別気にかけるほど繊細ではない。ましてや眠れなくなるなどあり得ないことだ。

 ならば、なぜ眠れないのかというと。


「えへへへ……ラフィンはやっぱりすごいんだあぁ……」

「……」


 ――これだ。

 先ほどまで明日からの旅について話していたのだが、隣のベッドに戻る前にアルマがそのまま眠ってしまったのである。ご丁寧に、ラフィンの片腕をしっかりと掴んで。

 現在のアルマはといえば、一体なんの夢を見ているのか非常に幸せそうな顔で眠っている。顔はだらしなく弛み、むにゃむにゃと寝言を口にして。


 これまでならば別に気にならない、アルマがラフィンのことを「すごい」と言って喜ぶのは日常茶飯事だ。

 しかし、食前食後の挨拶と「おやすみ」のせいで、今のアルマは少女の姿。

 それもラフィンの片腕をがっしりと両手で抱き締めている。


「(当たってるんだよ柔らけぇモンがああぁ!!)」


 ふにゃりと、非常に柔らかいものが彼の腕に当たっている。言わずもがな、それはアルマの絶壁と言われる胸だ。

 アルマは可愛い、女の子になっている今は特に。

 そんな可愛い少女が自分の腕を抱き締めておっぱいを当ててきて、こうもピッタリと身体を密着させて無防備な顔で眠っている。


 隣の寝台に逃亡しようにも、腕を掴まれてしまっている。無理矢理にでも引きはがせばアルマを起こしてしまうかもしれない。

 いっそ叩き起こしてしまった方がいいのかと思いはするのだが――これ以上ないほどの幸せそうな顔で眠る様を見れば、そんな考えも瞬時に空の彼方に吹き飛んでしまった。


「(耐えろ、俺の理性……)」


 ラフィンは自由な片腕で己の目元を覆うと、固く口唇を噛み締めて目を伏せた。

 文字通り、耐えるように。


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