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第二十話・ガーディアン・ロード


「……そう、これでわかったわ。アナタ、(キング)の教えを受けた者だったのね」


 メルの言葉にラフィンは目を丸くさせた。

 キング――またジョブに関する知らない単語が出てきた、とばかりに。そしてそれはアルマやプリムも同じで、頻りに首を捻っている。

 レーグルだけは、やはり信じられないと言わんばかりの様子で見つめてくるが。


「……キング?」

「そう、ガーディアンの王様よ。優れたガーディアンをハイ・ガーディアン、それよりも更に優れ、その道を極めた者のことを王――ガーディアン・ロードって呼ぶの。アナタ、誰に技を教えてもらったの?」

「俺はガキの頃からオヤジに……」


 ラフィンは幼い頃から、父ガラハッドに徹底的に鍛えられてきた身だ。

 身の守り方、相手の倒し方――基本的な戦法や、ガーディアンに必要なのかと思う立ち回り方に至るまで、戦いというものの様々な知識を与えられてきた。

 ラフィンがヴィクオンの闘技場で日々多くの者と交戦していたのも、ガラハッドがそうしろと言ったからだ。自分の腕を磨けと。


「そう、アナタのパパは王なのね。守護者の心(ガーディアンハート)はガーディアン・ロードのみが扱える特別な技の総称だもの」

「だが、なぜそれをハイ・ガーディアンのラフィン君が扱える?」

「子供はなんでも吸収するからねぇ、ちっちゃい頃から王の技を教えられてきたなら別に不可能じゃないわよ。見たところ、ラフィンちゃんには才能があるし」

「ん、と……つまり、ラフィンはハイ・ガーディアンだけど、その更に上のガーディアン・ロードの技が使えるってことか。規格外やなぁ」


 彼らの話を聞いてラフィンは困り顔だ。これまでジョブだとか、そのクラスだとかまったく気にしないでやってきたのだから、いきなりそのようなことを言われても困るのだろう。

 アルマは暫しその場に居合わせる面々を見つめていたが、程なくして再び手帳にペンを走らせる。未だなにも書かれていない隣のページに、黒のペンで『やっぱりラフィンはすごい』と書いて、それはそれはご満悦だ。締まりのない弛み切った顔でだらしなく笑っている。


「じゃ、じゃあ、ラフィンに足りないものなんてないんですね?」

「そうねぇ、あるとすれば……防具くらいじゃない? アナタ、なんで鎧とか着てないの? ガーディアン・ロードは守りだけじゃなく攻撃にも長けているべきだけど……それもパパの教え?」

「うむ、それは私も気になっていたのだ。やはりある程度の防具は必要だろう」


 ラフィンの現在の服装と言えば、非常にラフなものだ。

 池の水で全身ずぶ濡れになり着替えたというのもあるのだが、それを差し置いても黒の半袖インナーに、下は黒のズボン。替えの赤い上着を羽織るのを億劫に思い、現在は腰に巻きつけたスタイルである。

 武器兼防具となる手甲こそ填めているものの、どこか近所の店へ買い物にでも行く格好。とてもではないがガーディアンには見えない。


「あ、ああ、いや……アルマの奴がよく裾引っかけて転ぶから……俺が鎧とか着込んでると、その拍子に顔面ぶつけて鼻血出すんだ」

「えへへ……」

「(そんなにひどいのか……)」

「(アルマちゃん、そこ照れるとこちゃうやん)」


 ラフィンの言葉を聞いて、その隣に座るアルマは恥ずかしそうだ。やや顔を赤らめながら片手で己の後頭部をかいている。

 ――決して褒められているわけではない、むしろ呆れられているのだが。

 メルは暫し呆気に取られたように口を半開きにしたまま佇んでいたものの、ひとつ咳払いをすると再度口を開く。


「じゃ、じゃあ、ガーディアンなのに剣とか槍を持ってないのは? 普通、ガーディアンはリーチの長い武器を持つものなのよ」

「うーん……それはガキの頃にオヤジにも言われたなぁ……」

「そうでしょ、そうでしょ?」

「……」


 その問いかけに、ラフィンは暫しメルを黙したまま見つめていたが――答えなかった。

 理由がないわけではない、あるにはある。だが、それを言葉に出すことにはどうしても抵抗があった。


 * * *


「せやけど、ほんまにラフィンってすごいんやなぁ」

「ああ、私は随分と誤解していたようだ。自分が恥ずかしいよ」


 自宅に帰るとプリムは母が用意してくれた紅茶を飲みながら、向かい合って座る父と話をしていた。その言葉通り、レーグルの表情には隠し切れない羞恥のようなものが見え隠れする。

 無理もない、ラフィンはまだ成人にも満たない身。そんな彼がそこまで優秀なガーディアンだとは――恐らく誰も思わないだろう。ましてや、あのようにラフな格好をしているのだから余計にだ。


「プリム、お前にとっても恐らく実りの多い旅になるはずだ。お前なりに見聞を広めてきなさい」

「ああ、もちろんや!」


 旅に出るということは、このアーブルの街を暫し離れるということ。

 レーグルもプリムも特に口には出さないが、父娘の別れのひと時を過ごしているのだ。母エレナはそんな夫と娘を台所からひっそりと見守る。余計な口を挟まないのは、彼女なりの優しさだろう。

 いくら盗みという悪事に手を染めたとはいえ、レーグルにとってはやはり可愛い娘。別れとなると寂しい。


 しかし、やはりそれを言葉にはせずにゆっくり、殊更ゆっくりと温くなった紅茶を楽しんでいた。


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