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第十九話・メルちゃんジョブを教える


「廃……ガーディアン……?」

「なんかイントネーションがおかしい気がするわねぇ……ハイ・ガーディアン、簡単に言うと……通常の守護者(ガーディアン)の上級職ってトコね」

「ラ、ラフィン君がハイ・ガーディアン……? ガーディアンの上級職だと言うのか……?」

「そ、アンタと同じクラスよ、レーグル」


 メルは筋肉ががっちりとついて太い両腕を胸の前で組むと、レーグルの戸惑うような声を聞きながら何度も頷く。信じられないとばかりの声色に対しては彼を振り返り、アイシャドウを塗りたくった目蓋をやや下ろし双眸を半眼に細めてみせる。

 非常に不気味だ、そしてやはり怖い。夢に出てきそうである。


「その、ハイなんとかってなんですか?」

「……もしかして、ラフィンもアルマちゃんもジョブのことロクに知らん?」


 不思議そうに首を捻る二人を見れば、プリムはもしかして、とやや控えめに問いかけた。

 ジョブはこの世界において珍しいものではない。――とはいえ、ギルドで仕事をするわけでないのなら別に知らなくても問題はないのだが。

 だが、ラフィンとアルマはガーディアンとアポステル。知らないのは流石にマズいのではないかと、プリムは思わず肩を落とした。


 メルは怪しく目を光らせると、肉づきのよい尻を揺らしながら改めてラフィンの前へと戻って来る。

 そんな不気味な動きを見て、ラフィンは思わず拳を握って身構えた。


「んふふ、そんなに警戒しないでちょうだい。アタシはメル、この養成所の案内人をしてるの。みんなメルちゃんって呼ぶわ」

「(こんなに名前が合ってないと思う奴、初めて見た……)」

「え、ええと、それで……ラフィンは……?」

「ラフィンちゃんっていうのね、レーグルはアナタをガーディアンのクラスに入れたかったみたいだけど……別に必要ないでしょ、アナタはガーディアンの基礎なんて叩き込まれてるでしょうし」


 アルマの恐る恐るといった問いかけに対し、メルは片手の人差し指を己のゴツい顎に添えて唇を尖らせながら返答を向けてくる。目にとってはひどい暴力だが、特に悪い人間というわけではないようだ。

 ラフィンは片手で己の後頭部をかくと、取り敢えずとメルの言葉に頷いた。

 基礎なら幼少の頃から嫌と言うほどに叩き込まれている、他の誰でもない父ガラハッドに。


 続いてメルははち切れそうなワンピースの裾から中に手を突っ込むと、中から一冊の手帳を取り出した。

 どこからなにを出すんだと、言葉には出さないもののラフィンは咄嗟にアルマを己の後ろに隠す。


「けど、アナタたちにはまずジョブってものを詳しく説明してあげないとダメみたいねぇ。んもう、ジョブを知らないガーディアンなんて初めてよぉ」

「あ、ああ……すみません」

「んふふ、いいのよぉ。せっかくだからプリムも聞いて行きなさい」

「そ、そうしよかな……いざって時にストッパーがおらんとあかんし……」


 見た目に反して面倒見はよいようだが、先ほどの死の接吻(デス・キッス)未遂のこともある。

 念のため彼らの傍にいようと、プリムはやや引きつった笑みを浮かべながらぎこちなく頷いた。


 * * *


「ジョブっていうのはアレよ、職業ってことはわかるわよね?」

「ガーディアンとか祈り手とか、剣士……とか?」

「そうそう、それよ。ちなみにプリムは戦士(ウォリアー)っていうの」


 養成所の奥にあるこじんまりとした部屋に通されたラフィンたちは、そこに並べてあった椅子に腰を落ち着かせてメルの言葉に耳を傾ける。アルマは持っていた手帳にメモを取りながら。

 メルはそんなアルマの様子を見て、真っ赤な唇に嬉しそうな笑みを乗せた。勉強熱心な姿勢が純粋に嬉しいのだろう。


「でも、ある程度強くなるとその上のクラスになれるの」

「ジョブも成長するってこと……か?」

「そうよ、別に試験とかないから戦ってれば勝手に成長してるわ。ヒヨコは放置しててもエサさえ食べれば勝手にニワトリになるでしょ」

「ユルいな……」

「んふふ、仕方ないじゃない、そういうモノなんだから。でも、勝手に成長できるのはそこまで。その先には余程のことがない限りはなれないわ」


 白い紙面にペンを走らせていくアルマの様子を横目に見遣りながら、ラフィンは頭の中で情報を整理していく。

 取り敢えずややこしい手続きだとか、試験とかは必要ないらしい。ラフィンたちの目的は単純に祈りの旅である、そこまでジョブを気にする必要はなさそうだ。

 必要に応じて戦闘も行うとはいえ、彼らは戦闘屋ではないのだから。戦いたい者は好きにやればよい、それだけのこと。


「じゃあ、ラフィンはいつの間にかガーディアンから成長してたってこと……ですか?」

「んん~それなんだけどぉ……ラフィンちゃんって初級の技、なにも持ってないんじゃない?」

「……と言うと?」

「ガーディアンの技、所謂ガーディアンスキルよ。例えば敵の攻撃から身を守る技の代表であるシールドとか」


 その程度であれば、流石のラフィンとて聞いたことはある。

 ガーディアンスキル――その名の通り、ガーディアンたる者が扱う技が豊富に揃っているもののことだ。

 ただ――ラフィンはそれらをひとつも覚えていない上に、使えないが。


「うん……持ってないな」

「そ、それで本当にハイ・ガーディアンなのか? メル……」

「あらやだ、アタシの目を信用しないワケェ? 人を見る目は持ってるつもりよ。でも……さっき捕まえた時、ラフィンちゃんの中にガーディアンスキルとは別のモノが見えた気がするのよねぇ」


 どうやら、先ほどの唐突なキス攻撃は観察を兼ねていたらしい。

 とはいえ、危うく唇を奪われそうになったことは確かである。やはり油断はできない。

 改めて観察でもするようにメルはラフィンに顔を近づけるが、そこでアルマが思い出したように手を叩いた。


「そういえば、ラフィン。森でプリムを助けた時に使ってたのは?」

「せや、あれや! クラフトの祈りをパーンって弾いてもうて、あれすごかったやん!」

「ふむふむ……それはスキルとは別モノなのかしら、ガーディアンスキルにそんなのはなかったと思うけど……」


 アルマとプリムは、あの森で確かに目撃したのだ。ラフィンがクラフトの祈りを完全に防いでみせたのを。

 両脇に座るアルマとプリムを交互に眺めて、ラフィンは困ったように片手で己の後頭部をかく。あれはガーディアンスキルではない、父ガラハッドに教えてもらった秘技だ。


「ガーディアンスキルとは聞いてないけど……オヤジはスキルじゃなくて、ガーディアンハート(・・・・・・・・・)って言ってた」

「――!」


 その言葉にレーグルとメルは双眸を見開くと、どちらともなく顔を見合わせた。息を呑む気配を感じて、ラフィンは居心地悪そうに眉尻を下げる。

 言わない方がよかったのか、父は自分になにか変なものを教えてしまったのか。そんな一抹の不安を覚えて。


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