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第十八話・メルちゃん


「養成所?」

「うむ、ここは色々な職業(ジョブ)の養成所だ。ラフィン君に、と思ってね」


 ラフィンたちがレーグルの案内で行き着いた先、そこはギルドの隣にある養成所だった。辺りには多くの人々が集い、カウンターでなにやら書類に書き込む者や分厚いテキストを開いて勉強している者がいる。

 ジジイ神と衝突していたラフィン本人は知らないことだが、彼には足りないものがある――レーグルは確かにそう言っていた。恐らくこの養成所で学ばせ、足りないものを補わせたいのだろう。


「人いっぱいだね」

「ああ、はぐれるなよ」


 出入り口近くのカウンター内には、奇抜な格好をした一人の大男がいる。――もっとも、その見た目は非常に不気味なものであり、男と言うと怒られそうな雰囲気が漂う。


 なぜなら、その奇抜な身なりの男は非常に分厚い胸板を持ちながらも、衣服はピンク色の可愛らしいワンピースを着用。裾には惜しげもなくフリルがあしらわれている。だが、肝心のサイズが合っていないのだろう、服は今にもはち切れそうだ。

 二つに割れた立派な顎を持ち、鼻の下には黒いヒゲが生えているのだが――緑や黄色、紫にピンクなど様々な色を混ぜた髪は長く、高い位置で結ったツインテールを三つ編みにしている。


 口元は真っ赤なルージュ、頬にはほんのり桜色のチーク、まつ毛にはラメ入りの真っ黒いマスカラが塗られ毛先はクルンと見事なまでにカールしていた。目元に塗りたくられた紫のアイシャドウがなんとも言えない恐怖を与えてくる。

 広い肩幅と分厚い胸板、鍛え抜かれただろう上腕二頭筋は太く、多くの男性にとって羨ましい身体なのだが――見た目の奇抜さから、ラフィンは羨望など微塵も抱けなかった。

 怖い、ただひたすらに怖い。


「やあ、メル。ちょっといいかな」

「あら、レーグルじゃないの。アナタがココに来るなんて珍しいわねぇ」

「(あの顔のどこにメルなんていう可愛らしい要素があるんだよ、名前泣いてるだろ絶対)」


 レーグルは奇抜なその男――否、オネェに至極当然のように声をかけたのだが、ラフィンもアルマもやや離れた場所に佇んだまま動けなかった。

 見た目が怖いのだ。それも単純な怖さではない、色々な意味で怖い。見た目が恐ろしく不気味だ。いっそ人間ではなくモンスターなのではないかと思えるほど。


 しかし、この養成所に通う者にとっては既に当たり前の存在なのか、誰一人怯えてみせるようなことはない。

 きっと周りの連中は心臓に毛が生えているんだとラフィンは思った。


「実は彼のことなんだが、守護者(ガーディアン)のクラスに……」

「彼? あっらあぁ、イイ男!」

「(レーグルさん、やめてお願いやめて)」


 メルと呼ばれた恐怖のモンスターはカウンターを軽々飛び越えると、弾むような足取りでラフィンの目の前へと迫ってくる。洩れ聴こえる鼻歌はまるで鎮魂曲(レクイエム)のようだ。

 彼の両脇にいるアルマもプリムも、どこか怯えたように震える始末。プリムはこのアーブルの街の住人であるにもかかわらず、だ。

 メルはラフィンの目の前で足を止めると、二メートルを超える巨体の上半身を屈ませて彼の顔を上から覗き込む。


「間近で見ると更にイイ男ねぇ、プリムったらどこでこんなボウヤ拾ってきたのよぉ」

「あ、ああ……ちょ、ちょっとな……はは……」


 メルは頭から足の先までじっくりとラフィンを見遣る。

 身を這うようなねっとりとした視線に得も言われぬ恐怖と危機感を覚え、距離を取ろうと片足を後ろに退いたところで――そうはさせまいと、勢いよく伸びてきたメルの両手がラフィンの身体を捕らえた。

 思わず引きつった声が洩れてしまいそうになったのをなんとか抑えつつ、ラフィンは蒼い顔をしながら至近距離に迫るメルを見遣る。その様は子猫がクマを威嚇するようなものであった。


「ほんとイイ男ねぇん、ぶちゅうぅん」

「ぎゃああああぁ!!」

「なによぉ、そんなに嫌がらなくてもいいでしょおぉ、んもう」


 危うく、呼吸をするような自然な流れで唇を奪われるところであった。

 真っ赤なルージュが乗った唇を無遠慮に押しつけられ、咄嗟に顔を横に向けたお陰で直撃は免れたが。

 けれども、唇の代わりに彼の頬が犠牲になったのだ。頬に触れた妙に柔らかい唇の感触が脳に焼きついて離れてくれない。非常におぞましき呪いだ。


 彼らしくない悲鳴と、見るからに具合が悪そうな顔面蒼白といった様子にアルマは今にも泣き出しそうになりながら、それでもメルの腕を掴んで引っ張った。

 その手は完全に震えている。だが、アルマなりにラフィンを助けようと必死なのだろう。


「あらっ! こっちは可愛いボウヤ!」

「ぐッ! やめろ、アルマに触るな! 怯えてるじゃねーか!」

「あぁん、もう」


 メルの視線と意識がアルマに向くと、ラフィンは思わず片手を突き出した。触れるのも恐ろしい気がするが、顔面をぶん殴ってやろうと思ったのだ。

 しかし、メルはそんなラフィンの様子に慌てるようなこともなく早々に彼の身を解放すると、首を軽く横に倒すことで正拳突きを避けてしまった。


「(こ、この距離で避けた……!? このモンスター、ただ者じゃねえ!!)」


 ほんのりとショックを受けるラフィンを後目に、メルは無骨な片手の人差し指で己の頬をかく。どうやら再び襲ってくる様子はないようだが、油断はできない。

 ラフィンはアルマを守るように彼の前に片腕を添え、アルマは逆にいつでも庇えるようにとラフィンのその腕を掴んでいる。


 しかし、メルはこてんと首を傾けるとレーグルに声をかけた。――いくら可愛らしい効果音をつけたところで見る者を戦慄させるだけなのだが。


「ね~ぇ、レーグル。この子、本当にガーディアンのクラスに入れるのぉ?」

「ああ、そう思っているのだが……」


 その言葉にアルマは思わず口唇を噛み締める。意外、とでも言いたそうな様子に思い出すのは、レーグルが言っていた言葉だ。

 ラフィンには足りないものがある――このメルも、ラフィンはガーディアンとして未熟と言いたいのだろうかと。


「必要ないわよ。だってこの子、ハイ・ガーディアンじゃない。今更ガーディアンの基礎なんか勉強させてどうするつもり?」


 レーグルはメルの言葉に驚いたように目を丸くさせ、ラフィンとアルマ、プリムは不思議そうに首を捻っていた。


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