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第十六話・新しい仲間


「この度はほんまに……申し訳ございませんでしたッ!!」


 朝からのひと騒動を終えて、ラフィンたちは父娘に連れられるまま彼らの自宅へと戻ってきていた。居間にはエレナと、起き出してきただろうルネもいる。

 ラフィンとアルマは二階で着替えてから朝食に招かれたのだが、その席でプリムが頭を下げた。――否、席ではなく木板の床に正座をし、更に前に両手をついて深々と。所謂、土下座だ。


 ラフィンは驚いたように双眸を丸くさせ、アルマはあわあわと忙しなくラフィンとプリムとを交互に見遣る。


「パ、パパに言われたからこうしとるワケとちゃうで。ウチはこれでも本気で悪いと思うてんねん」


 プリムは暫しそうしていたが、どちらからも反応が返らないことに多少の不安を感じれば、わずかに顔を上げてちらりと様子を窺う。ラフィンもアルマも、その表情には怒りなど微塵も滲ませてはいなかった。

 驚きと戸惑い、両者にあるのはそれだけだ。


 プリムは勝気であり、頑として曲がらないタイプだとラフィンはそう思っていたが、どうやらその認識は少々誤りであったらしい。

 盗みを働いたことは決して擁護などできないが、それでもこうして頭を下げることができる性格をしている。

 しかし、自分たち以外にも被害者がいるだろうことを思えばどうするべきなのか――ラフィンは悩んだ。


「……いや、他の連中はともかく俺たちは別に……むしろ事情知らなかったとはいえ、怒鳴っちまって悪かったな」

「そうだよ、女の子相手に怒鳴るなんてよくないよ」

「あ、はい……」


 ラフィンは思ったことをそのまま彼女に伝えたのだが、彼のあとに続いたのはアルマだ。その一言にラフィンは視線を明後日の方に逃がしながら、力の入らない返事らしき声を洩らす。

 そんな二人のやり取りを見て、レーグルもエレナも思わず小さく吹き出した。あのラフィンがアルマに対してはなんと弱いことか。

 だが、疑問符を浮かべながら状況を見守っていたルネは、子供用のやや高めの椅子から降りると窓辺へ駆けていく。


 そして程なく、小走りで戻ってきた彼の手には淡い緑色の石が握られていた。

 ルネはラフィンの傍らで止まると、どこか必死な様子でその石を差し出してくる。


「お、おねえちゃん悪いことしたんだよね? お願いします、僕のたからものをあげますから、おねえちゃんを怒らないでください」

「……」


 ラフィンは呆然とした様子でルネを見下ろし、アルマはルネの必死な姿に思わず表情を綻ばせた。

 なんとも可愛らしい弟だ、姉が悪さをしたのは自分のせいなのだと幼心に理解しているのだろう。

 自分の宝物をあげるから、姉を怒らないでほしい――そんなことを言われて、ラフィンが無碍にできるはずもないことは、アルマも理解している。

 それに、今となっては怒ってなどいないのだ。


「……いい弟じゃないか、大事にしてやれよ」

「う、ううぅ……ルネ……」


 ラフィンはフォークを置くと、その手でルネの頭をやんわりと撫でる。彼のその表情にも穏やかな、それでいてどこかくすぐったそうな笑みが浮かんでいた。

 それを見てプリムは勝気そうな猫目から涙を溢れさせる、それはもうドバドバと滝のように。――これは結構なブラコン、姉バカだ。


 当のルネ本人は不思議そうに首を捻っていたが、レーグルとエレナは安心したように顔を見合わせ、そっと優しく微笑み合う。


「で、そんなワケで相談なんやけど」

「ん?」


 プリムは暫しルネを愛しそうに見つめていたが、やがて片腕で己の目元を拭うと正座していた床から立ち上がり、やや照れたように人差し指で頬をかきながら呟く。非常に歯切れが悪い。

 なんだろう、ラフィンは首を捻りアルマは目をぱちぱちと何度か瞬かせた。

 するとプリムは両手を己の顔前で勢いよく叩き合わせ、改めて頭を下げたのである。


「ウチも二人の旅に連れてってほしいんや! この通り!」


 ――そんなことを言いながら。

 その頼みは、ラフィンにとってはなにより意外なものであった。アルマは彼の隣で嬉しそうに頬を赤らめて目を輝かせているが、今はそんな親友に構っていられない。


「弟は……いいのか? やっと元気になったのに」

「せや、アンタらのお陰でルネもママも元気になったけど……それでも、これまでウチがしてきたことを考えたらそれでハイ終わり、ってワケにはいかんと思うねん」


 悪事に手を染めてでも助けたいと思った弟が元気になったばかりだというのに、旅になど出ていいのだろうか。ラフィンはそれを心配したのである。

 彼は母クリスが元気になった際、片時も傍を離れようとはしなかった。これまで一緒に過ごせなかった時間を取り戻すかのように、毎日共にいたものだ。

 プリムの言葉にレーグルは目を伏せ「ふむ」と耳を傾けながら唸る。


「さっきここに戻って来る時にちらっと聞いたけど、アルマちゃんはアポステルなんやろ? つまり祈りの旅の真っ最中ってことや!」

「ああ、まぁ……」

「そんなら、その道中で困ってる人を助けたりもするやん! ウチ、そういう人を助けて自分の罪を償いたいねん!」


 困っている人がいれば、アルマが見過ごせない。ゆえに、今後も人助けをしながら旅を続けることになるだろう。元々、アポステルは平和の使者のようなものだ。アルマのその在り方は決して間違ってはいない。

 盗みを働いてしまったことは消せないけれど、色々な人を助けることで罪を償いたいと言うのだ。

 ラフィンは困ったように彼女を見つめていたが、続いて意見を求めるようにその視線はレーグルへと向く。


「……なるほどな」

「あ、あかんやろか……」

「本来ならば騎士団で裁こうと思っていたが、ラフィン君やアルマさんがそれでもよいのなら父さんはなにも言わん。お前のやりたいようにしなさい、……騎士としては間違っているだろうがな」


 そうだ、騎士としては誤りだ。

 いくら娘であろうと罪は罪、本来ならば余計な私情を挟むことをせずに引きずってでも牢へぶち込むべきなのである。だが、それでも彼は人の親。そこまで非情にはなれなかった。


「ただし、ラフィン君たちに迷惑をかけたり旅先で同じようなことをしたら次はないぞ。いいな?」

「も、もちろんや! 今まで色々な人に迷惑かけてきた分、心を入れ替えて……人助け頑張る。そんなワケやから、ルネ……」

「うん! がんばってね、おねえちゃん!」


 姉バカとしては、やはり最愛の弟と離れるのは寂しいのだろう。

 だが、その弟のルネ本人から純粋な応援を受ければ頑張らないわけにはいかない。プリムは改めて涙を溢れさせると、何度も頷いた。


「(俺たち、いいって一言も言ってないんだけどな……まぁ、いいか)」


 ラフィンはそんな様子を見守りながら苦笑いを浮かべる。

 彼らの中では既に話が纏まっているし、エレナなどエプロンでそっと涙なぞ拭っている。とてもそんなことを言える雰囲気ではない。ひとたび口に出せば、この暖かな雰囲気は即座に凍りついてしまうだろう。

 アルマも頬を朱に染めて非常に嬉しそうだ、そのためラフィンは特に余計なことは口にしなかった。


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