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第十一話・病の治療


「な、なぁ、ほんまにモール病を治したりできるんか?」


 レーグルとプリムに案内されるまま、ラフィンとアルマは二階にある寝室へと足を運んだ。そこには寝台が三つほどあり、窓際には息子のルネ、その隣では妻が寝ているとのこと。

 プリムは不安そうに、しかしほんのりと期待を滲ませてラフィンを見つめている。

 本当に死の病が治るなら嬉しい、だが本当にそんなことが可能なのか――そう言いたいのだろう。

 レーグルは妻エレナの寝台に歩み寄ると、人の気配で目を覚ましたと思われる彼女の頭を優しく撫でつける。


「あ……す、すみません、お具合が思わしくないところに……」


 レーグルに支えられながら寝台に身を起こした妻を見て、アルマはラフィンと共に慌てて頭を下げる。すると彼女は不思議そうな面持ちで夫を見遣った――説明を求めて。


「……アルマ、大丈夫そうか?」

「う、うん、頑張る」

「……無理はするなよ」


 妻のエレナも顔色が悪い、聞いていた通り具合が悪いのだろう。そんな彼女に無理をさせないためにも、こちらの要件を早く済ませた方がいい。そう判断したラフィンはアルマの集中を邪魔しないようにと、数歩後退する。

 プリムはそんなラフィンとアルマを何度も不安そうに交互に眺めたが、アルマが己の胸に両手を添えて目を伏せるのを見るとラフィンを真似て後ろに退く。


 緊張に速まる心音を落ち着かせるように、アルマは胸に両手を添えたまま深呼吸を数回――そして、静かに祝詞を天へ捧げた。まるで歌うかの如く。

 それと同時にアルマの身は白い煙に包まれ少女の姿になってしまったが、今は気にしていられない。


「わ、わわ……な、なんなん?」

「……いつものことだ、気にすんな」


 ルネとエレナ――両者の周囲には蒼白い光の粒子が舞うように漂い、その身を優しく包み込んでいく。

 一度こそレーグルやプリムも慌てたのだが、その光のあまりの美しさに警戒さえ瞬時に吹き飛んでしまった。


 これほどの美しく優しい光が、害を成すはずがないと思ったのだ。

 エレナは己の身を包む光に「わあ」と嬉しそうな声を洩らしながら、ふわりふわりと舞う粒子を優しい眼差しで見つめていたのだが――次の瞬間、彼女は確かな異変を感じた。


「……あら?」

「エレナ、どうした!?」

「あ、あらあら……? どうしたのかしら……苦しく、ない……?」

「ほ、ほんまに!? ママ、ほんまなん!?」


 エレナの言葉にプリムは双眸を見開き、慌てて寝台の傍らに駆け寄った。先ほどまで確かに具合が悪そうな蒼白い顔をしていたが、その肌や顔には血色が戻り始めている。

 信じられないと言わんばかりにエレナは己の身を見下ろしながら――しかし、こらえ切れない嬉々と安堵を滲ませて夫や愛娘を見つめた。

 そして次の瞬間、ルネの寝台からも小さく声が洩れたのである。


「う……? あれ……おねえ、ちゃん……?」

「――! ルネ!」


 小さくとも確かに聞こえた声にプリムは窓際の寝台へと視線を向け、傍らへと駆け寄った。緊張から息が上がり、期待にその頬は軽く上気している。

 ルネは静かに身を起こすと、眠たげに目元を片手で擦りながら首を捻った。


「ル、ルネ、大丈夫か? どっか苦しかったり、痛いとこないか?」

「う、うん……? あれ、ねぇ……お姉ちゃん、僕どこも痛くないし苦しくないよ――わあ! ほら見てっ、僕の足キレイになってる!」


 目を覚ましたルネは、即座に己の異変に気づいたようだった。

 布団から足を出して、赤みの消えた自分の肌を嬉しそうに見つめながら「見て見て」とプリムの手を頻りに引っ張っている。夕方アルマが見たと思われる赤みは――すっかり綺麗になくなっていた。


 プリムは片手で己の口元を押さえ、溢れ出る涙を拭うこともせずに弟のはしゃぐ声に何度も頷く。なにか声をかけたくとも、言葉にならないのだ。その後ろではレーグルとエレナも愛娘同様に涙を流して息子の快復を喜んでいた。

 アルマはそんな声を聞いて静かに口を閉ざすと、ラフィンを振り返る。にこり、と穏やかに微笑む姿を見てラフィンはアルマと共に階下へ降り――そこで力尽きたように倒れる親友の身をそっと支えた。


「お疲れさん」

「えへへ……眠い」

「ああ、寝ろ寝ろ。ちゃんと宿まで運んでやるから」

「うん、ごめんね……おやすみ、ラフィン」


 言葉通り眠そうに目元を擦るアルマを見遣りながら、ラフィンはそんな親友を労わるようにそっと頭を撫でつける。

 すると就寝の挨拶を口にするなり、その身は再び「ぽんっ」という音と共に白い煙に包まれ、少年の姿へと戻った。


 程なくして規則正しい寝息が聞こえてくると、二階で涙を流して喜んでいるだろう一家の邪魔をしないよう、極力物音を立てずに玄関に向かう。

 だが、それは背中にかかった声により止められた。


「ちょーっと待ちぃや! どこ行くねん!」

「どこって……宿行くんだよ、アルマが寝ちまった」


 プリムだ、その声には嬉々と共にほのかな怒りのようなものが滲んでいる。

 弟も母も元気になったのにまだ彼女は怒っているのか、ラフィンはアルマを両腕に抱いたままそんなことを考えながら振り返った。


「なに言うてんねん、客間が空いとるからそこ使(つこ)うてや」

「……は?」

「なんや、まさかこのまま帰れるとは思うてへんやろなぁ? 今日はもう遅いからアレやけど、礼ぐらいさせてや! パパもママもウチと同じ考えやで!」


 思わぬ誘いに、ラフィンは一度驚いたように双眸を丸くさせる。

 これではまるで一晩の宿を求めて病の治療をしたようではないか。そうは思うのだが、アルマを早く休ませてやりたい。

 今からでは宿が空いているかも怪しい以上、申し出は有り難く受けておくべきかと薄く苦笑いを零した。


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