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第十話・絶望の羽音


 報告にやってきた兵士と共に謁見の間を出ていったヴァイスを見送り、ラフィンたちは大窓の傍へと駆け寄った。この王城は帝都フィオリトゥーラの丘部分に建てられていて、非常に高い。辺りを飛び交う黒い竜がその鱗までハッキリと窺えた。

 血のように真っ赤に染まった眼でギョロリと帝都を見下ろしながら、次の瞬間には大口を開けて紅蓮の炎をまき散らす。間違いない、モスフロックス村に現れた竜と同じものだ。



「おいおい、ヤバいだろ、これ!」

「モスフロックス村の時とは数が全く違います、これでは帝都が……!」

「どうしてドラゴンがわたくしたちの住処を襲うと言うんですの!? こんなこと、今まで生きてきて一度も……」



 人間と魔物は、もう随分と長いこと良好な関係を築いてきた。中には例外もいるが、魔物は人間を見ても特に襲ってくることのない温厚なものばかりなのだ。

 それは、リフレがアポステルとして旅をしていた頃にも変わることではなかった。だからこそ、さしもの彼女も現状に困惑している。

 そんな彼女を後目に、デュークは視界に捉えられるだけの数を簡単に数えた。この場から見えるだけでも数百はいる。空全体を黒に覆い尽くさんばかりの数だ。


 デュークは内心で舌を打つと、片手の人差し指と中指を揃えて己の口唇前へと添え、短く祝詞を紡ぐ。

 すると、次の瞬間――彼の身を中心に帝都全体を青いドーム状の結界が包み込んだ。ドラゴンが吐くのは炎だ、水と氷の力を練り込んだ彼の結界ならばそう簡単に破られることはない。



「(……!? あんな巨大な結界を、一瞬で……? クリスの息子だからって腹を立てて連れてきてしまいましたけれど、この子たちは一体……)」



 その様子を見たリフレは驚いたように目をまん丸くさせてラフィンたちを見たが、彼らの中の誰一人として驚いた様子はない。つまり、ラフィンたちにとっては当たり前のことなのだ。

 先代のアポステルであるリフレにだって結界くらいは作れる。むしろ様々な祈りは彼女の得意分野だ。しかし、雨のように叩きつけられるドラゴンの炎に耐えきれる頑強な結界を一瞬で作り出せるかと言われれば――そうはいかない。



「(……でも、お陰で助かりますわ。これなら都の守りを気にせず、わたくしもヴァイスたちも攻撃に専念できる……!)」



 そう思ったリフレは空を黒に染め上げるドラゴンの群れを攻撃すべく祝詞を捧げ始めたのだが、それは横から体当たりに近い衝撃を受けて中断を余儀なくされた。何事だと見てみれば、そこにいたのはどこか必死な表情をしたメリッサだ。

 これまでオドオドとした様子しか見てこなかったが、突然どうしたというのかとリフレは眉根を顰める。



「だ、だめ……! あの子たち、操られてるだけなの……!」

「操られてる? 一体誰に!? そうだとしても、この現状を見過ごせないでしょう!?」

「わ、わたし……わたしが、元に戻すから……!」



 それだけを言うと、メリッサは辺りを見回して大窓の横に備え付けられている小窓へと駆け寄った。この小窓には鍵がついている。これならば開けることが可能なはずだ。

 メリッサは慌てながら鍵を開けると、勢いよく窓を開いた。下手をすればドラゴンに気付かれてこちらが攻撃を受けることになる恐れもある。近くにいた兵士は慌てて止めようとしたのだが、それはラフィンやアルマによって制された。



「メリッサ……」

「だ……だいじょうぶ、がんばる……」



 アルマが心配そうに声を掛けたが、メリッサはそれだけを告げると、両手を己の胸に重ねるように添えて目を伏せる。そうして大きく息を吸い込むと、モスフロックス村の時と同じように、その口から歌を紡いだ。

 メリッサの歌声は開かれた小窓から外へと広がり、徐々にドラゴンたちの気性を落ち着かせていく。黒に染まっていた身体はじわじわと本来の緑の色を取り戻し、血のように真っ赤だった双眸の荒々しさも落ち着きを取り戻し始めた。

 リフレや兵士たちはもちろんのこと、その現場を初めて目の当たりにしたラフィンたちも揃ってその口から感嘆を洩らす。それらはいずれも「おおおぉ」という、ただの声にしかならなかったが。



「(……そういえば、この歌……サークレット壊しちゃって暴走しかけた時、この歌が聴こえて、それで……メリッサの歌には色々なものを落ち着かせる効果があるのかも……メリッサはすごいや)」



 モスフロックス村でマリスと――カネルと対峙した時、アルマ一人では自分の内側に宿る力を抑え込めなかったのだ。もしあのまま力が暴走していたら、村だけでなくラフィンたちもただでは済まなかったかもしれない。

 しかし、あの時はこのままドラゴンたちも落ち着いて撤退していったのだが――今回はそうもいかなかった。



「グワオオオオオォッ!!」



 腹の底から絞り出すような咆哮を上げて、ドラゴンの群れが再びその身を漆黒へと変貌させていったからだ。それどころか、その口から吐き出す炎は更に勢いを増し、巨体そのものをぶち当てて結界を破壊しにかかる。



「ど……どうして……!」

「ラ、ラフィン! あれ見てみぃ! あの騎士のおっちゃんが言ってたやつ、あれとちゃうか!?」



 メリッサは再び狂暴化してしまったドラゴンの群れを見てショックを受けたが、プリムは目敏く地上を見て声を上げた。

 そこには、無数の住人たちが集まって、各々天に――ドラゴンたちに向けて手を掲げている。その腕や額などには、腕輪や指輪、サークレットが装着されていた。そして次々にドラゴンの群れに向けて氷柱(つらら)や風の塊を叩きつけている。

 あの老騎士の言っていたように、本当に祈り手でもなんでもない者たちが祈りと思わしき能力を操っているのだ。そして、それらは確かにドラゴンの身に大小様々な傷を刻んでいく。


 そこへ、皇帝たるヴァイス率いる騎士団シュヴァリエも合流を果たした。結界の一部を破壊して都に降り立った個体は、騎士団員の見事な連携を受けて一匹、また一匹と倒されていく。

 この場所から見える場所以外はどうなっているか定かではないが、この帝都フィオリトゥーラの騎士団員は個人個人が高い能力を持った者ばかりの精鋭揃い。この分ならば他の区画も問題はないだろう。


 リフレは――都の住民たちが、例の「おかしなもの」を使っていることに不満があるようだが。



「あのようなものを使って……!」

「けど、そうでもせんと都を守り切れへん。ラフィン、ウチらも行くで! 避難くらいは手伝えるやろ!」

「お、お待ちなさい! わたくしはヴァイスからあなたたちのことを任されているのですよ、勝手な行動は許しませんわ!」

「終わったら戻ってくればいいんだろ? この分なら、俺たちが出ていったって別に問題は――」



 都は、騎士団と住民たちの連携で守られている。戦えない者の避難を手伝うくらいなら、都の地理に詳しくないラフィンたちでも充分なはずだ。

 モスフロックス村の時と異なり、メリッサの歌を受け付けなかったことは気がかりだが、今は分からないことを考えていても仕方がない。



「リ……リフレ様っ、リフレ様あぁッ!!」

「なんですの!?」

「そ、空が……空を見てください! なんですか、あれは!?」



 その時だった。

 不意に、リフレの傍にいた兵士たちが今にも泣き出しそうな、恐怖しきった声で訴えてきたのだ。

 リフレと、それにつられて大窓から空を見上げたラフィンたちの目には、どこまでも続く黒が映し出される。


 空が見えないのだ。それがあまりにも大きすぎて。

 優に十メートル近くはあろうかと言うほどの巨大な――あまりにも巨大な黒竜が帝都の上空を滑空している。辺りを飛び交うドラゴンたちを邪魔だと言わんばかりに叩き落としながら。

 もしもあの巨体が都に降り立ったら――それを考えるとラフィンはゾッとした。



「まさか、アレが親玉……!? でも、あんな巨大なドラゴンとどう戦えば……」



 相手が襲ってくるのなら、こちらは応戦するしかない。恐らく都で指揮を執るヴァイスもそう考えるだろう。

 しかし、リフレが言うように相手があまりにも巨大すぎてどう戦えばいいのか、その方法が全く分からない。祈りの力も果たしてどこまで通用するか。


 大きな翼が羽ばたくその音が、まるで獣の雄叫びのようにさえ聞こえた。



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