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第六話・アーブルの街


「ちっくしょおおぉ……! あの女、見つけたら許さねーからな!」

「ラ、ラフィン、待ってえぇ……」

「……あ」


 結局、予定していた昼を大幅に過ぎ、三時を回る頃にようやく女将から解放されたラフィンとアルマは、ブランシュの村をあとにして大急ぎで南下していた。

 ラフィンは怒りのままに全速力で駆けていたのだが、随分と後方から聞こえてくる声に意識を引き戻して振り返れば、アルマとの距離が大きく開いている。

 ――忘れてはいけない、アルマはどんくさい。運動神経はあまりよろしくないのだ。


 走る速度を落として立ち止まると、上がった呼吸を整えながらアルマを待つ。

 当のアルマはといえばラフィンが気づかないうちに既に何度か転んだらしく、服や髪に雑草をつけており、なにかとボロボロだ。


 ようやく追いついてきた頃には既に疲労困憊、両膝に手を添え前のめりになる形で項垂れて荒い呼吸を繰り返す。ラフィンは申し訳なさそうにそんな親友の背中を片手で摩った。


「わ、悪い、大丈夫か?」

「う、うん。でも、ちょっと休憩しようよ。ほら、女将さんにもらったおやつもあるし……」

「ああ、そうだな」


 予定よりも長く拘束してしまったからと、宿の女将はラフィンとアルマにおやつを持たせてくれていた。

 アルマは親友の返事に嬉しそうに表情を和らげると、大切そうに両手で持っていたバスケットを開く――が、その中身を見てラフィンもアルマも固まった。


「……何回転んだ?」

「……四回」


 バスケットの中身は、フルーツケーキだったらしい。開けると同時に生クリームと果物のおいしそうな香りが鼻孔をくすぐった。

 だが、問題はその状態だ。

 四つほど入れてくれていたようだが度重なる転倒でケーキが倒れ、メチャクチャになってしまっていたのだ。

 ラフィンは双眸を半眼に細めて乾いた笑いを浮かべ、アルマはいつものようにその目に涙をいっぱいに溜めた。


 * * *


 次の街に到着したのは夕方頃だ。

 完全に夜になってしまう前に到着できたのは不幸中の幸いだろう。


「ラフィン、ここはなんていう街? 人がいっぱいいるね」

「ここはアーブルって街だな。宿が取れればいいんだが、厳しいかね……」


 ブランシュの村に比べれば、このアーブルの街は随分と大きい。

 街に入るなり見えてくるのは、仕事上がりの男連中が我先にと飛び込んでいく酒場だ。開かれた窓からは独特のアルコールの香りが漂う。

 その隣には武器や防具を取り扱っていると思われる店が数軒建ち並んでいた。


 街の中央には早い時間であれば子供たちが遊んでいるだろう広場が設けられ、誰の忘れ物か、青いボールが所在なげに転がっている。

 その傍には宿屋があるのだが、これだけ栄えている街であれば宿代もそれなりのものだろう。時間外労働になったために女将がいくらかバイト代を出してはくれたものの、やや心許ない。

 ラフィンは困ったように暫し宿を眺めた後に、傍らで空になったバスケットを抱えるアルマに視線を向けた。


「アルマ、俺はギルドに行ってくるからお前は今夜はそこの宿に泊まれ。一人分の宿代くらいならあるから」

「ギルドって……仕事探すの?」

「ああ、簡単な依頼なら今夜のうちになんとかなるさ」

「僕も行く!」


 ギルドとは、様々な場所から寄せられる依頼を受け付けている仕事の斡旋所だ。その種類は様々で、幅広い。

 薬草集めや果物の収穫、商隊の護衛に盗賊団退治などもあれば、赤ん坊の子守やら迷子のペット探しなど本当に色々な仕事が持ち込まれてくる。


 一番稼げるのはごく稀に寄せられる魔物退治の依頼なのだが、それは一年に三、四回入るか否かの本当に珍しいものだ。期待はしない方がいいだろう。

 内容によってはアルマがいても問題はないが、時には危険なものもある。ラフィンは困ったような表情を浮かべた。


「あのなぁ、仕事(クエスト)ってのは大変なんだぞ」

「だってだって、ラフィンは休まないでお仕事なんでしょ。なのに僕だけごはん食べてゆっくり寝るなんて嫌だ」

「けど、腹も減るし満足に寝れないんだぞ。それで明日大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫! ラフィンと一緒なら頑張るよ!」


 その言葉にラフィンは軽く中空を仰ぐと、片手で己の目元を覆う。アルマは一度こう言い出すと決して引き下がらない性格だ。


 しかし、彼の言うこともわかる。ラフィンとて立場が逆であれば同じようなことを言うだろう。お前が寝ないで頑張るのに自分だけ休めるか、と。

 数拍の思案の末にラフィンは小さく溜息を洩らすと、片手で己の首裏を掻きながら了承の意味を込めて頷いた。


「……わかったよ。けど、無理はすんなよ」

「うん!」

「んじゃ、まずはギルドに行くぞ。ついでにあの女の情報も集めなきゃならねーしな」

「……うん、そうだね。見つかるといいね」


 あの女――ラフィンたちから金を盗んだ赤毛の少女だ。

 彼女の話を出すとアルマの嬉しそうな表情も一変、どこか気落ちしたようにしょんぼりと肩を落として視線を下げてしまった。


 あの少女はアルマの大切なものが入ったカバンさえも盗んだのだ、手元に戻ってくるのか心配なのだろう。言葉には出さなくとも、ラフィンは改めて少女発見に全力を尽くそうと心に誓った。

 誰であろうとアルマをいじめたり泣かせる者は許さない、それがラフィンという男だ。

 取り敢えずギルドに向かうべく一歩踏み出したところで――ふと彼の足になにかがぶつかった。


「っとと……悪い、大丈夫か?」


 それは、赤い髪をした幼い少年だった。年頃は恐らく八歳になるかならないか程度だろう。

 ラフィンの足にぶつかった赤毛の少年はその場に尻もちをつき、ぶつけただろう腰をさすっている。だが、すぐに顔を上げるとにこりと笑って頭を下げた。


「い、いえ、ごめんなさい。ぼく、よく前を見てなくて……」

「いや、そりゃ俺もだ。……足首、大丈夫か? 赤くなって……」

「だ、だいじょぶです、すみませんでした」


 ラフィンは少年の片足首が赤く染まっているのに気づき、その具合を窺おうとはしたのだが、少年はにこにこと笑ったまま、改めて何度か頭を下げると慌てて立ち上がる。こうして見る限り、特に問題はなさそうだ。

 しかし、アルマは少年の様子を見て一度こそ安堵を表情に滲ませるものの、一拍の空白の後に怪訝そうに眉を寄せた。

 思わず声をかけようとはしたが、それよりも先に少年は慌てたように住宅街の方へと消えていく。


「……? アルマ、どうかしたのか?」

「え、あ……う、ううん。なんでもない」


 そんなアルマの様子にラフィンは不思議そうに首を捻ったが、当のアルマ本人は小さく頭を左右に振るだけだった。


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