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第十一話・ようこそモスフロックス村!


 程なくして行き着いたモスフロックス村は、以前フェリオに聞いた通り長閑な村だった。

 都のようにゴチャゴチャと様々な建物が隣り合って並んでいるわけではなく、家屋は隣まで大体二百メートルほどはある。村の周囲を青々とした草に囲まれた、まさに平原の中にある田舎の村といった場所だった。


 村の最奥には石造りの風車が佇み、風を受けてカタカタと回る。

 その近くには大きな牧場と厩舎があり、柵の中では牛がリラックスした様子で自由に過ごしていた。

 見頃の季節とは異なるため、村の名前である芝桜(モスフロックス)は見えないが、ラフィンはこの景色を一目で気に入った。


「おっと」


 御者台から降りて呆然と見入っていたところを、後頭部を馬の鼻で控えめに小突かれて我に返る。振り返ると、ちょうど仲間が馬車から降りてくるのが見えた。

 馬車の中では気まずい雰囲気が漂っていたものの、村の景色を目の当たりにした彼らもラフィン同様に感嘆を洩らしている。その表情は次第に明るくなり、そんな様子を見てラフィンは安心したようにそっと一息を洩らした。


「ふわああぁ~……メッチャ綺麗やなぁ……これは外で弁当でもなんでも食うたら最高やんけ!」

「そうですね、お昼はそうしましょうか。村と言っても大きいようです、これならテイクアウトできるお店もあるでしょう」


 先ほどまで落ち込んでいるように見えたプリムも、すっかり元気になったようだ。結局、彼女の落ち込みの理由や原因は分からないままだったが。

 次にラフィンはちらりと視線のみでシェーンを見遣る。すると、こちらも表情には穏やかな笑みを浮かべていた。心配事はなくなったわけではないが、そこでようやく少しばかり安堵が胸に広がってくる。


「……アルマ、大丈夫か?」

「だ、だいじょうぶ」


 その一方で、アルマの緊張は強くなるばかりのようだが。

 普段はのほほんとしている彼が、今は不自然に汗を掻き、脇に下ろした拳などがっちりと固く握り締めていて指先が白くなっていた。

 本当に大丈夫だろうかとデュークは苦笑いを浮かべると、その視線はラフィンへと向ける。


「それで、どうやってアルマさんのご両親を探すのですか?」

「プレケースさんの家を見つけりゃいいんじゃねーかな、神殿に引き取られたって言っても下の名前は変わってねーんだし」


 ラフィンもアルマも普段口にして名乗ることはないが、プレケースと言うのはアルマの下の名前だ。

 村の方に目を向けると、辺りには村人の姿もそれなりに見受けられる。これならば、誰かに聞けばすぐに分かることだろう。

 プリムとデュークは納得したように頷くと、一度その視線をシェーンに向ける。すると、シェーンは一拍遅れてそれに気づいたらしく、小さく咳払いしてから率先して村の方へと足を向かわせた。

 アルマのことも心配だが、シェーンの方もそれは変わらない。


 幸い、このモスフロックス村は情報通り非常に長閑だ。まるでこの村だけゆったりと時間が流れているのではと錯覚するほど。

 この雰囲気であれば、もしかしたら彼の話を聞くこともできるかもしれない。そんなことを頭の片隅で思いつつ、ラフィンもまた仲間たちと共に村へと足先を向けた。緊張で普段よりも足元が危なっかしいアルマの手を引きながら。



 * * *



 目的としたプレケース家は、ラフィンの予想通り住人に聞くことですぐに見つかった。

 村の最奥にある一際大きな家屋が村長の家で、プレケース家はその隣にある木造の家だ。

 やや離れた場所で立ち止まったラフィンたちは、遠目にその家を眺める。家の敷地内には小さめの厩舎があり、下側からはたくさんのニワトリが顔を出してエサを啄んでいた。


 家の居間と繋がる庭先では、まだ幼い少年と少女が愉快そうに笑いながら転げ回って遊んでいる。「おねえちゃん、おねえちゃん」と少年がそう少女を呼んでいるところを見ると二人は姉弟なのだろう。

 そんな姉弟の様子を、軒下に座って優しく見守るのは栗毛色の髪をした一人の女性。身体が弱いのか、気温は高めであるにもかかわらず、肩にはブランケットを掛けていた。


「……あれ、もしかしてアルマちゃんの……」


 プリムが思わず洩らした言葉に、ラフィンとデュークは言葉もなく静かに頷く。

 恐らくあの三人がアルマの家族だ。母親と、妹に弟。


「……僕、妹と弟がいるんだ……」

「(知ってるわけないもんな……)」


 先ほどまでの緊張はどこへやら、初めて目の当たりにする家族にアルマはほんのりと頬を染めて目を輝かせた。いくら大丈夫と言ってなんでもない顔をしていても、親に――家族に会いたくないはずがないのだ。本当は小さい頃からずっと会いたかっただろう。


「アプロスさまが見せてくれた夢と変わらないや、あの人が……お母さんだ」

「そういや、アルマちゃんが試練の時にウチらを助けてくれたんやったな。今度は夢やない本物の母ちゃんに存分に甘えるんやで!」


 プリムの言葉にアルマは目にじわりと涙を浮かべて数歩足を踏み出したものの、居間から一人の男性が姿を見せるとその足は止まった。

 男性が女性の隣に腰を落ち着かせると、姉弟は嬉しそうに笑いながらその身に飛びつく。彼は父親なのだろう。父は子供二人を両腕で抱き留め、妻はそんな様子を見て幸せそうに笑う。

 その、まさに幸せいっぱいといった様子を目の当たりにして、アルマの顔からはふっと笑顔が消えた。


「……アルマ?」

「…………僕、やっぱりいいや。一目見れただけで充分だよ、行こう」

「えっ、おい――アルマ!」


 アルマはそれだけを呟くと、ラフィンたちが止めるよりも先に早々に踵を返して家とは真逆の方に駆け出してしまった。それを見てラフィンは思わずアルマの背中に声を掛けたが、アルマは止まらずに村の中腹へと消えていく。

 プリムはあわあわと村と家の方を何度も交互に見遣り、デュークとシェーンは心配そうにアルマの背中を見つめていた。




いつも閲覧ありがとうございます。

私事で大変申し訳ないのですが、パソコンの故障により次回の更新が少しばかり遅れそうです。申し訳ございません。


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