第二話・心の傷
「……メリッサ……?」
西側にある花屋さんは、すぐに見つかった。
この都はオリーヴァと同じように、各区画に宿があるらしい。メリッサの家である花屋は、西区画にある宿の隣にあった。
並ぶ鉢植えを店の中に戻していく女性は、ふらりとやってきたラフィンたちに気付くとその中に見えるメリッサの姿を見て暫し絶句していた。信じられない、そんな顔だ。
しかし、すぐに目に涙を浮かべると慌てて駆け寄り、飛びつくようにして彼女の身を掻き抱いた。
「メリッサ! ああっ!」
「……おかあさん……」
大粒の涙を流して喜ぶメリッサの母は、非常にやつれた顔をしていた。目の下には色濃いクマがくっきりと刻まれている。恐らく、愛娘の身を案じて満足に眠れていなかったのだろう。それだけ、彼女は親に愛されているのだ。
涙を流してしっかりと抱き合う母子を見つめて、ラフィンたちはそっと表情を安堵と嬉々に和らげた。アルマやプリムはもらい泣きするほど。
彼女を無事に親の元に帰せてよかった、心からそう思って。
しかし、そんな安堵もすぐに鳴りを顰めてしまう。
メリッサは暫しの間、そうして母と抱き合っていたのだが――店の中から男二人が顔を出すと、途端に表情を曇らせて母から身を離した。どうやらその男性はメリッサの父親と兄らしい。彼ら二人もまた、彼女の姿を視界に捉えるや否や血相を変えて駆け寄ってきたのだが――当のメリッサ本人は、父と兄を避けるようにして脇をするりとすり抜けていってしまう。
「メ、メリッサ!? どうしたの!?」
娘のその様子に困惑したのは、他でもない家族だ。
だが、母の声に反応を返すこともなくメリッサは店の中に駆け込むと、それきり顔を出すことはなかった。
* * *
「そうだったのですか、そんなことが……」
ラフィンたちは、その後すぐにメリッサの家族に招かれて花屋にお邪魔することになった。
メリッサを無事に送り届けてくれたお礼を、とのことだったが、本当の目的は彼女の身になにがあったのか――それを聞きたかったのだろう。無論、お礼の気持ちも十二分にあるだろうが。
彼女の身に起きたことを話すのは気が引けたが、彼らは家族だ。知っておいてもらった方がいいだろう。
ラフィンたちはこの後、メリッサとは行動を共にするわけではない。今後のケアができるのは他の誰でもない、彼女の家族なのだから。
愛娘の身に起きたことを聞かされた母は両手で顔を覆って泣き出し、父親と兄は固く拳を握り締めて俯いた。メリッサが戻ってきたことは嬉しくとも、その最中に彼女がされたことを思えば悲しみと怒りが込み上げてくるのだろう。当然である。
「……メリッサは、元々はとても明るい子なんです。ウチの看板娘で、本当にいい子で……」
嗚咽を洩らしながら語る母の言葉に、シェーンは思わず表情を顰める。そうして、彼女の部屋があるだろう二階を静かに見上げた。
元々は明るいはずの少女を、あそこまで暗く変えてしまうものなのだ。マタルトローパの男たちが働いた行為は。
それを考えると、怒りばかりが胸中に沸々と浮かぶ。
「メリッサがあの調子じゃ、ウチの花も悲しいだろうなぁ……」
「……花?」
「あ、はい。あの子の声には不思議な力がありましてね。メリッサが花に歌声を聴かせてやると、それはそれは美しい花を咲かせるんですよ。あの子の歌が花にとっては一番の栄養なんです」
それは、今まで聞いたことのない情報だった。彼女から家族についての話を聞いていたシェーンも知らないことだったのか、彼もまた驚いたような顔をしている。
花が喜ぶということは、大層美しい歌声なのだろう。確かに、彼女の父親が言うように今のメリッサには――歌など期待できそうもなかった。
* * *
せめてお礼にウチに、とメリッサの両親に宿泊を勧められたが、自分たちがいてはメリッサが気を遣うだろうと考えてラフィンたちは花屋の隣にある宿に部屋を取った。
ラーチの街からシャン・ド・フルールまではそれなりの距離、さしものラフィンやプリムも歩き通しでクタクタだった。彼らよりも体力のないアルマやデュークは、夕食を食べながら多少なりとも舟を漕いでいたくらいだ。
そんな中、夕食を終えたシェーンは一人で夜の都の散策に出ていた。
身体は確かにクタクタに疲れているはずなのに、どうにも寝付けそうにない。理由はわかっている、メリッサのことだ。
彼女は無事に家族の元に帰れたが、あの調子でやっていけるだろうか。家族もメリッサとの接し方に悩んでいるように見えた。時間の経過が解決に導いてくれるとは思っているが、心配は尽きない。
一緒に行動している間に、随分と気にするようになってしまったとシェーンは思わず苦笑いを零した。
「(とはいえ、僕がこれ以上出しゃばるのもな……)」
共に行動している間、メリッサは自分には懐いてくれているから世話を焼いていただけだ。今後のケアならば家族の方が断然適している、そう思う。
けれども、そんなシェーンの視界の片隅にひとつの店が映り込んだ。今まさに今日の営業を終わろうとしている店が。
もこもことした白いヒゲを生やした、見るからに人の好さそうな店主だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「うん? 今日の営業はもう終わりだよ」
「あ、ああ、でもそれを少しだけ見せてくれないだろうか」
それ、とシェーンが示したのは店主がの片腕にある楽器――ハープだった。
店主は自分が抱くハープを示してくるシェーンに対し、眼鏡の奥の目をまん丸くさせて何度か瞬きを打つ。この古臭いハープがどうしたのだろう、そんな様子で。




