第二十話・彼女に笑顔を
昼下がり。
昼食を終えてじわりじわりと睡魔がやってくる頃に、それは起きた。
平和な街外れに、その平和に似つかわしくない爆音がひとつ。
爆弾かなにかが爆ぜるような轟音に、近くのベンチに腰掛けて状況を見守っていたラフィンの表情は自然と引き攣る。洩れかけた欠伸も、思わず喉の奥に沈んでいった。
彼の視線の先には、開けた平原で祈りの訓練をするアルマと、彼に基礎から教えるために付き添うデュークがいる。まずは基本中の基本、攻撃的な力であるクラフトの祈りから――ということになったのだが。
アルマがひとたび祈りを放てば、ターゲットとした岩は粉微塵に弾け飛び、危ないからと空目がけて放つとまるで恐怖するかの如く大気が大きく震えた。
「(マジかよ……どうりでシンさまが眠らせるわけだ)」
あの時はシンメトリアたち神々が来てくれたお陰で事なきを得たが、もしもあの洋館でアルマのこの力が暴走していたら――さしものデュークとて抑えられたかどうかは不明だ。
これまで自信の欠如が原因となり長らく眠っていた反動なのか、はたまた生まれ持った才能か定かではないものの、アルマが持つ祈りの力には非常に恐ろしいものがある。
通常の祈り手が扱うものと比べて、明らかに破壊力が異なるのだ。威力だけならばデュークよりも上だろう。
「ううぅ……」
「だ、大丈夫ですよ、ゆっくりやっていきましょう。地道に練習していけばちゃんとコントロールできるようになりますよ」
「(そうなってもらわねーと困る……)」
――そうなのだ。
威力だけならばピカイチであっても、逆に言えばアルマの場合はそれだけだ。デュークのように自在に操れるわけではない。これでは実戦には不向き、むしろ味方まで巻き込む恐れがある。
イチかバチかの賭けに出る際には使えるだろうが、毎度のようにそんな危機的状況に陥るなど冗談ではない。
「(アプロスさまからもらったやつ付けてアレなんだろ、ある程度は抑えられてるはずなのにどうなってんだ、ったく……)」
ラフィンは暫し、双眸を半眼に細めて二人の様子を見守っていたが、やがてその視線は隣に腰掛けるプリムに向く。
彼女にしては珍しく、今日は随分と大人しい。ぐ、と握った拳を己の両膝に置いて黙り込んでいる。その表情はいつになく真剣だし、なんとなく複雑そうだった。
「元気なさそうだけど、拾い食いでもしたか?」
「なんちゅーデリカシーのない奴や、それが女の子にかける言葉かいなドアホ!」
無論ラフィンとて本気でそう思っているわけではない、彼女の元気がないというのは純粋に気掛かりではある。だが、これまでプリムとはこういうやり取りばかりしてきたこともあり、普通に心配の言葉をかけるのは多少なりともこそばゆいのだ。
幸いなことに、プリムの方にもそれ以上騒ぎ立てるような気はなかったらしい。代わりに「はぁ」と小さく溜息を吐いて、力なく頭を横に振った。
「こんなデリカシーのカケラもないような男に相談してもええもんやろか……悩むわぁ……」
「なんだよ、そう言われると気になるだろ」
面倒なことは基本的にあまり好んでいないラフィンだが、こう言われれば言われたで気になるものなのだ。
* * *
――やっぱりやめておけばよかった。
ラフィンがそんなことを思ったのは、プリムからの相談を聞き終えてからだ。
オマケに途中から休憩にやってきたアルマとデュークも加わったものだから、いよいよもって逃亡は許されない。
「ラフィンもデュークも男やろ? この通りや、シェーンに聞いてみてほしいねん」
「は、はぁ……」
プリムの悩み、もとい相談は――メリッサのことだ。
彼女はシェーンのことが気になっているが、自分の身体のことを考えて素直に好意を示せずにいる、と。
そのため、プリムはなんとかメリッサの力になりたいと思い、シェーンに「そういった境遇にある女性」をどう思うかを聞きたいと思っていたのだが――どう聞けばいいのか、わからなかったらしい。
そこで、同性であるラフィンとデュークなら自然な流れで恋バナに持っていけるのでは、と考えたのだ。
とは言え、ラフィンもデュークも恋愛初心者。
恋バナに持ち込む方法など、よく知らない。
「(……けど、こう面と向かって頼まれると……)」
「(断りにくいです、ね……)」
本音を言えば断りたいのだが、目の前で両手を合わせて頭を下げるプリムを見ると、そうもいかない。ラフィンとデュークは互いに顔を見合わせると、やや苦笑い混じりにしっかりと頷いた。
「僕も頑張る!」
「お前はいい、下手したらうっかり口滑らせちまうだろ」
「う……」
メリッサのためにアルマもなにか力になりたいのだろうが、ラフィンの言うように彼の場合はうっかりとメリッサの好意を口にしてしまうかもしれない。ラフィンとデュークが頼まれたのは、あくまでも「どう思うか」なのだ、彼女が胸に秘める想いまで伝えるのはタブーだろう。
メリッサは囚われている際に性的な暴行を受けた身、シェーンがそういった境遇の女性をどう思うのか――プリムが知りたいのはそれなのだから。
「(騎士団は罪人を捕まえた後の被害者のケアまではしてくれねーからな……ったく、嫌な事件だ)」
加害者と被害者がいる限り、罪人を捕まえれば事件は解決とはいかない。
加害者が捕まって裁きを受けたとしても、被害者が――メリッサが受けた心の傷は癒えないのだ。彼女が心から笑えるようになった時が、本当の解決と言える。だが、そこに至るまでのケアを騎士団はしてくれない。
そこまで考えて、ラフィンはひとつ深い溜息を吐き出した。




