第六話・心配と杞憂
「……」
なんでこんなことに。
ラフィンの心境は、まさにそれだった。
現在、ラフィンはプリムとシェーンと共に街中に繰り出している。
あの後、無事にラーチの街にたどり着いた彼らは宿泊用に宿の部屋を取ったのだが、自分たちの都合で泊まるのだからと宿代はフェリオが払ってくれた。そこまではよかった。
しかし、あろうことかその直後――アルマがフェリオを誘って買い物に行ってしまったのだ。
自分たちも行くとラフィンもシェーンも慌てて声をかけたのだが、その申し出は当のアルマ本人ににっこりと微笑まれて却下された。
『ア、アルマ、買い物なら俺が一緒に――』
『僕も行こう、荷物持ちくらいなら……』
『あ、ううん。二人とも疲れてるだろうから休んでて。フェリオさんがいるから大丈夫だよ』
先ほど宿で交わしたその会話を頭の中に思い出して、ラフィンはがっくりと頭を垂れる。
「フェリオさんがいるから大丈夫」――その言葉は、思いのほかラフィンの心に大きな打撃を与えていた。まるで自分よりもフェリオの方が頼りになると、そう言われているような気がして。
既に何度目かわからない溜息が零れ落ちた時、不意に後頭部に衝撃が走った。殴られるような鈍痛に何事かと恨めしそうな顔で振り返ってみると、そこにいたのはプリムだ。彼女がラフィンの後頭部を叩いたのだろう。
「なんちゅー顔してんねん、まだアルマちゃんがフェリオさんにホの字やなんて決まってへんやろ?」
「お、俺は別に……」
「なに言うてんねん、アルマちゃんのこと好きなくせに。カッコつけて意地張るとかむっちゃダサいで」
情け容赦ない彼女の言葉に、流石のラフィンもなにも言えなくなった。見当違いであれば反論もできるのだが、プリムの言葉は決して的外れなどではないのだから。
アルマはフェリオの方が頼りになると思っているのかもしれない。それはもちろんショックではある。
けれども、単純に。アルマはフェリオのことを好きになってしまったのではないか、そう思う気持ちもあるからだ。そしてそれは、前者よりも重く大きな衝撃となっている。
プリムは早々にラフィンの片腕を取ると、ぐいぐいと力任せに引っ張った。
「ほら行くで、なんのために街まで出てきたんや。尾行や、尾行!」
「あ、ああ……」
そうなのだ。こうしてラフィンがプリムやシェーンと共に街に出てきたそもそもの理由は、アルマとフェリオを尾行するため。アルマが他の男と二人でいるのに知らんぷりなど――ラフィンにできるはずがない。
シェーンは背中にそんな会話を聞きながら、目の前の建物に身を隠してアルマの様子を窺う。
少しばかり離れた店先では、アルマとフェリオが買い物を楽しんでいる。現在二人がいるのは、男性女性両方の衣服を取り扱うブティック。店の中で衣服やスカーフを見たり、小物を手に取ってみたり――様々だ。アルマは時折、ほんのりと顔を赤らめて照れたようにフェリオと話したりしていることもある。
その様は、淡い恋心を抱くシェーンの心にもガンガンと衝撃を叩き込んできた。ちょうど隣に並んできたラフィンを横目に見遣り、眉根を寄せながら静かに口を開く。それはそれは腹立たしそうに。
「……おい、放っておくのか? あの男、アルマに手を出したりはしないだろうな……っ!」
「どんな調子だ?」
「非常に楽しそうだ、見ていて流石に腹が立ってきた」
普段は冷静で落ち着いているシェーンだが、そういった面はやはりまだ年若い身なのだろう。その言葉通り、彼の表情には怒りやら不満やらがありありと滲み出ている。むしろ、隠そうなどとも思っていない。
そんなシェーンを後目に店の方に視線を投じると、確かにアルマがフェリオと楽しそうに買い物をする光景が視界に飛び込んでくる。仄かに赤らむ頬を見ると、まるでカップルのようだ。そう思えば思うだけ、ラフィンは胃の辺りがムカムカしてくるのを感じた。
ラーチの街に到着したのは昼の三時を過ぎた頃。
今から洋館に向かうのは時間帯もあり特に危険ということで、明日の朝早く行くことになったのだが――まさかこのような状況になるとは思っていなかった。ラフィンは自然と唇を噛み締めて、眉根を寄せる。
プリムはそんな二人の傍から顔を出し、目の前の茂みに身を隠しながら状況を静観した。
フェリオは確かになにからなにまで完璧な騎士には見えるのだが、アルマがどれだけラフィンのことを好きでいるか――プリムはそれをよく知っている。そんなアルマが単純にフェリオに惚れ込んだとは思えないのだ。
「くそ……っ! あの男、アルマにあんなに近づいて……!」
「キザってくらいしか難癖つけれるとこねーのが余計にムカつく……」
「(それにしてもちっさい男どもやなぁ)」
実際に想い人が他の誰かに惚れてしまったかもしれない、となればプリムもそうは言っていられないのかもしれないが。
それでも、現在隣でブツブツと文句を垂れるラフィンとシェーンの姿は、女性であるプリムの目から見て非常に情けないものだった。
* * *
「すみませんフェリオさん、お疲れなのに買い物に付き合ってもらっちゃって……」
「ふふ、構いませんよ。初めて訪れる場所ならばわからないことも多いでしょうし」
一方で、買い物を終えたアルマはフェリオと共に次は食料品店へ向かうべく、ブティックを後にした。アルマの腕にはやや大きめの紙袋がひとつ。淡いピンク色をしたチェック柄の小綺麗な袋には赤のリボンシールが貼られていて、プレゼント用だと一目でわかる。
フェリオは隣を歩きながら、アルマの横顔をそっと窺った。嬉しそうに頬をほんのりと赤く染める様は、ひどく可愛らしく映る。思わず弛む表情を隠すこともせずに改めて口を開いた。
「今日がラフィン君のお誕生日だったなんて……見知らぬ街で過ごすには不便があることと思いますが、喜んでもらえるといいですね」
「えへ……えへへ……」
フェリオの言葉に対しアルマは嬉しそうに、それでいてどこか気恥ずかしそうに表情を綻ばせた。
つまりアルマは――フェリオとデートではなく、ラフィンの誕生日プレゼントを選ぶために買い物に出たのだ。ラフィンのためのプレゼントを買うのに、本人を連れていてはサプライズにもならない。それでアルマは、ラーチの街の地理にも詳しいだろうフェリオに買い物の同行を頼むことにした。
――もっとも、ラフィンたちはその事情をまったく知らないわけだが。
「(本当に彼のことが大好きなのだな、アルマさんは。実に可愛らしいものだ)」
ちなみに、現在食料品店に向かっているのは宿の食事の他にラフィンが好きなものを自ら作ろうという魂胆のため。フェリオの目には、今のアルマはアポステルではなく純粋に――恋する乙女のようにしか映らなかった。
「……今まではヴィクオンでのんびりお祝いしてたんです。でも今年は旅とか色々と忙しくて、僕もさっき思い出したばかりだからちゃんとしたお祝いになるか微妙ですけど……」
「大切なのは形よりも、その人が生まれたことをお祝いしようという気持ちですよ。きっと大丈夫です、ラフィン君もアルマさんがお祝いしてくれるなら嬉しいでしょう。自信を持ってください」
「は、はい!」
それまでは幾分か気恥ずかしそうにしながらも、なんとなく浮かない表情を浮かべていたアルマだったが、フェリオの言葉を聞くなり顔を上げると数度瞬いてから――それはそれは嬉しそうに笑った。




