第三話・新しいライバル登場?
翌日、昼からアルマと共に街に繰り出したラフィンは内心で焦っていた。
と言うのも、現在のアルマは少女の姿なのだが――あろうことか、服装がいつもと異なる。普段着ている白いチュニックと下は黒の長スパッツであれば、こうまで焦ることもなかっただろう。
今の親友はと言えば、膝上丈のワンピース姿だ。それもとても可愛らしく花柄がプリントされているもの。裾はふわりと広がっていて、時折風を受けることで柔らかく膨らむ。その上から白いレースのカーディガンを羽織った装いだ。普段はスパッツによって頑丈にガードされている足元は、今日はひどく心もとない。
「(可愛い、可愛いんだけど……プリムの奴、後で覚えてろよ……!!)」
意識しないように「出掛けるぞ」と昨日誘いを向けたのだが、これではまったく意味がない。デートを意識するなと言われても無理である。
流石に化粧まで施されてはいないものの、少女になったアルマはとても可愛らしい顔立ちをしているのだ。現にこうして街を歩いているだけで、あちらこちらから男連中の視線を感じる。闘技大会の一件ですっかり顔見知りになってしまった者たちからは「デートか?」と囃し立てられるくらいだ。
けれども、そんな中で気になるのはアルマの様子。
囃し立てられてもからかわれても、困ったような顔をすることがない。むしろ気恥ずかしそうに顔を――否、耳まで真っ赤に染めて俯くばかりだ。そんな反応をされると、ラフィンとしてはどうも戸惑ってしまう。
「(嫌がられては……いないってこと、だよな……いやいやいや、待て。だからって喜んでるとは限らねーんだよな……)」
赤くなって俯くということは、一応嫌がられてはいないのだろう。だが、喜んでいるのかと言われればそうとも言えない。単純に揶揄されるのが恥ずかしい、その可能性の方が高い。
手でも繋いで反応を見てみればいいのかもしれないが、そこまでするだけの勇気は――悲しいかな、ラフィンには存在しない。結果、ただ悶々としながら過ごすしかできなかった。
そして、それはアルマも同じで。隣を歩くラフィンをちらりと見遣るが、すぐにその視線は正面に戻り極々小さく溜息をひとつ。
「(どうしよう……結局プリムに押されてこんなカッコで来ちゃったけど、イヤじゃなかったかなぁ……僕、なにやってるんだろう……)」
女の子の格好をすることに、未だ抵抗はある。だが、そうすることで少しでもラフィンと一緒にいる姿が自然に見られるのなら――そう思う気持ちも、確かに芽生えていた。
この格好なら、少しくらい親密そうな接触をしても周りに変に見られたりはしないだろうか。そこまで考えて、悩む。手を繋いだり腕を組んだり、してみたいとは思うのだが、肝心のラフィンにどう思われるか――それを考えると、どうしても行動には移せなかった。
今までならば、一緒に出かければあれだこれだと騒いで楽しい時間を過ごせていたはずなのに、今はただただ緊張しかしない。ラフィンは楽しいんだろうか、もう帰りたいなどと思っていないだろうか。アルマはそんなことばかりが気になっていた。
「……アルマ。お前、そのカッコ……」
「……え?」
「その、女の子の格好とか嫌なんじゃなかったのか?」
「あ、ああ、うん……せっかく出掛けるなら~ってプリムに押し切られちゃって。プリムのだから、胸の辺りはぶかぶかだけどね」
などと、アルマが悶々考えていると不意に隣を歩くラフィンから声がかかった。視線こそ進行方向を向いているものの、アルマの服に興味はあるらしい。
するとアルマは緩く眉尻を下げながら、一度己が身に纏うワンピースの胸辺りを引っ張ってみせた。そこは言葉通り余裕がたっぷりとあり、服のサイズが合っていないことを如実に物語っている。アルマとプリムの胸のサイズは天と地ほどの差があるのだから当然なのだが。
「……ま、まぁ……いいんじゃないか、別に。……似合ってるんだし」
思わぬ言葉に、アルマは目をまん丸くさせてラフィンを見つめた。当のラフィンは気恥ずかしそうに片手の人差し指で己の頬を掻くばかりで、それ以上はなにも口にすることはなかったが。その仕種からして、照れているのは一目瞭然だ。
一拍の間を置いて顔面に熱が集まるのを感じたアルマは、それでも嬉しそうに表情を笑みに破顔させて笑った。
「へへ……へへへ……」
「そ、それよりほら、少し座っていこうぜ。疲れただろ」
アルマが嬉しそうに笑い始めると、ラフィンはわざとらしくひとつ大きめの咳払いをしてから、近場にあるベンチを示してみせる。昼頃から出て、時刻は既に十四時を回っている。ずっと緊張続きでロクに休憩もしていなかったせいで、確かにどちらにも歩き疲れが出始めていた。
先に歩いていくラフィンの後に続いてアルマもそちらに駆け出したのだが、ふと視界の片隅にひとつの屋台を見つけて足を止める。片手を伸ばしてラフィンの服の裾を掴むと、ねぇねぇ、と引っ張った。
「……どうした?」
「みてみて、ソフトクリーム屋さんがあるよ。買ってくるから、先に行ってベンチ取っておいて」
「いいよ、俺が……」
「大丈夫だよ、ラフィンは僕よりも怪我がひどかったんだから、ね?」
ラフィンとしては、ソフトクリームで両手が塞がった際のアルマの転倒を心配したのだが――アルマは頑として譲らない。程なくして渋々ながら了承を返してやると、それはそれは嬉しそうに笑って屋台の方へと駆け出して行った。その最中にも、なにもないところで躓いて転びそうになっていたが。
「本当に大丈夫かよ……ったく、仕方ねーな……」
とは言え、ここで後を追えばご機嫌斜めになってしまうかもしれない。ラフィンは小さく溜息を洩らすと、当初予定していたように空いているベンチへと足を向けて静かに腰を落ち着かせた。
辺りでは子供たちが嬉しそうに笑いながら駆けずり回り、母親と思われる女性たちがそれを見守りながら談笑している。なんとも平和な光景だ。
だが、考えることは色々とある。この際、アルマのことは一旦脇に置いてラフィンは徐に空を仰いだ。
「(メリッサのこと、俺たちでシャン・ド・フルールまで連れてってやれないかなぁ……よくはわからねーけどシェーンの奴に懐いてるみたいだし、それに……)」
メリッサのことをどうするか、まだなにも決まっていないのだ。彼女はなぜかシェーンにとてもよく懐いている。その彼がいるのだから、自分たちで彼女を故郷まで送り届けてやれないだろうか、そう思う。
それに、ラフィンがシャン・ド・フルールまで行きたいのには、もうひとつ理由があった。
「(地図見てて気づいたけど、シャン・ド・フルールの近くにはモスフロックス村がある。……モスフロックス、アルマの生まれ故郷……連れてってやりたい)」
シャン・ド・フルールの近くにあるモスフロックス村こそが、アルマの生まれ故郷なのだ。ラフィンはどうしても、アルマに生まれた場所を見せてやりたかった。村にはきっと、両親もいることだろう。
これまで本人が口に出したことはなかったが、彼だって親に会いたい気持ちはあるはずなのだ。
「みんなに話してみるか……」
プリムたちはなにかとお人好しでもある。きっと反対はされないだろう。
そこまで考えると、空に向けていた視線をアルマに戻そうとしたのだが――それとアルマが潰れたカエルのような声を洩らすのは、ほぼ同時だった。
「ふぎゃっ!」と悲痛な声を洩らしたアルマは、ソフトクリームを持ってラフィンの元に戻ろうと駆け出したところを、振り向きざまに斜め前からぶつかってきた人物に突き飛ばされる形で尻餅をついてしまったのだ。
大丈夫かとラフィンは思わず立ち上がり、そちらに駆け寄ろうとはしたのだが――それよりも先にぶつかった張本人がアルマの傍に屈み、まるでどこぞの騎士様かなにかのように自然な所作で手を差し伸べたのである。
距離があって正確には窺えないが、その人物の顔はひどく整っているように見えた。デュークよりも明るい色をした青髪と白い肌、出で立ちや立ち居振る舞いからして美しい。紳士としか言えない姿だ。
当のアルマはと言えば、そんな彼を前にどこかぽや~っと夢見心地とでもいうかの如く、頬を赤らめて見入っている。
――新しい波乱の予感がした。




