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第十九話・謎のジジイ


「アルマ、アルマ! どこだ!」


 洞窟に飛び込んだラフィンは、一度出入り口付近で立ち止まり忙しなく周囲を見回す。

 だが、アルマの姿はやはり近くには見えなかった。それどころか洞窟の中は薄暗く、明かりがないと足元さえ満足に見えないほどだ。

 出入口付近はギルドメンバーの溜まり場になっていたのか、あちこちの壁に設置されているロウソクが暗闇を照らしてくれるが、ぽっかりと口を開けるいくつかの通路の先は文字通り真っ暗闇が広がっている。

 足元にごろごろ転がる酒瓶の数々を不愉快そうに見下ろし、ラフィンは微かに物音が聞こえた通路へと駆け出した。


「(俺がもっとしっかりしてたら、こんなことにならなかったってのに……!)」


 昨晩、どうしてアルマをちゃんと部屋まで送り届けなかったのか。

 ラフィンの胸には依然として、そんな後悔ばかりが浮かんでは消えていく。見つけたら、アルマがいいと言っても何度も謝ろう、そう固く心に誓った。

 大小様々な石が転がる足場の悪い道を暫し駆け抜けると、やがて開けた空間へと出た。向かい側にも同じような通路が見えることから、他の道もこの場に繋がっているのだろう。


 ならば最深部はこの先――そう考えたラフィンは奥に見える通路に目を向けたのだが、不意にその奥からやせ細った一人の老人が慌てた様子で飛び出してきたのだ。


「ひええぇッ! た、助け……っ!」

「……? おい、ジイさん。あんたも人さらいの一味か?」

「ひ、人さらい? なにを言っとるんじゃ! ワシは……っ!」


 正体こそ不明だが、どうやら老人に怪我らしい怪我はないようだ。それどころか、随分と元気がいい。大切そうに両腕で大きな革袋を抱きかかえ、これでもかと言うほどに口を開けて吠え立ててくる。唾がかかりそうになって、ラフィンは思わず数歩後退した。


「と、ともかく、あんたでもいい! 奥の坊主を助けてくれぃッ! あの子が殺されちまったら、誰がワシの病を治してくれるってんだ!」


 坊主。

 そう言われて思い当たるのは、一人しかいない。この老人が何者なのかは気になるが、今はアルマを助け出すことが先だ。

 ラフィンはそれ以上はなにも言わず、老人の脇をすり抜けて最深部へと駆け出す。すると、なぜか当の老人もその後をバタバタとけたたましい足音を立てながらついてきた。革袋だけは大事そうに抱えて。



 程なくして行き着いた最深部で、ラフィンは一旦足を止めた。目の前に広がる光景に、足を止めるしかなかったのだ。

 他の場所よりも広く作られた最深部には、確かにアルマがいた。

 けれども、ぐったりと力なく倒れ込んだアルマの身を数人の男がいきり立ちながら踏みつけている。ゲシゲシと、固い靴の裏で何度も何度も。


 その様を目の当たりにして、ラフィンは目の前が真っ赤に染まるような錯覚を覚えた。血が沸騰するかの如く全身が瞬時に熱を持ち、怒りの感情に突き動かされるまま地面を強く蹴る。

 異様な気配を感じてか、その内の一人がラフィンの姿に気づいたが――身構えるよりも先に間近まで迫った彼の拳が綺麗に鳩尾を強打したことで、状況の把握さえできずに吹き飛ばされた。


「な、なんだぁ!?」

「誰だ、テメェは!!」


 すると、流石に他の男たちもラフィンの存在に気づいたらしい。一人が派手に殴り飛ばされたのだから、これで気づかないようなら大問題だが。

 男たちは各々愛用の得物を片手にラフィンに向き直ると、賊特有の大声を張り上げた。声で威嚇しているのだろう、故意にか無意識にかは定かではないが荒くれ者の常套手段だ。


「名乗る必要なんかあるかよ……ッ! さっさとその足、どけろってんだ!!」


 普段のラフィンであれば軽口でもなんでも返しているところだが、今回ばかりはそうもいかない。相手が武器を手に身構えていようが、様子を見ることさえせずに飛び出した。

 男たちは身ひとつで襲いかかってくるラフィンを前に、ほとんど頭で考えるよりも先に武器を振るった。

 だが、当のラフィンは右側から振り下ろされた斧と剣を腕に填める手甲で防いでしまうと、依然としてアルマを片足で踏んづけたままの一人へ逆手を叩きつける。


「ぐほッ!?」


 すると、男はくぐもった苦しげな声を洩らし、次の瞬間には先の男同様に殴り飛ばされた。固い岩壁に背中と後頭部を強打したことで意識が飛んだのか、そのまま地面に崩れ落ちる。

 その様を確認することもなくラフィンはアルマの身を抱き起すと、軽く揺さぶった。


「アルマ、おい! しっかりしろ!」


 抱き起こしたアルマの身は、ボロボロだった。

 不幸中の幸いか現在は少年の姿だ。これならば想像もしたくない暴行を受けたりはしていないだろうが、怪我は決して軽いものではない。


 髪はボサボサだし、身に纏う衣服も土埃や泥、血にまみれてメチャクチャだ。破れた箇所も多く、どれだけ手酷い暴力を受けたのか想像するのも嫌になるほどだった。

 頭部に傷を負ったのかこめかみから頬には鮮血が伝い、片方の頬は赤く腫れ上がっている。殴られた際に口の中を切ったのだろう、口元からも血が垂れていた。下手をすると骨の一本や二本は折れているかもしれない。

 意識は、完全に飛んでいた。


「この野郎、ふざけた真似しやがって!」

「アポステルを助けに来やがったのか? 一人で乗り込んでくるなんて、バカな奴――」


 まるで嵐のような勢いで突破された男たちは徐々に我に返り、再び武器を構えた。あまりに突然のことに状況の把握が遅れたが、彼らから見れば相手はたった一人。それもまだ年若い男だ。束になってかかれば問題はない。

 と思ったのだが、そんな考えも即座に打ち砕かれた。


「本当に一人であれば、確かにそうかもしれませんね」

「まぁ、ラフィンの奴なら一人でも大暴れしそうやけど。んでも、今日はウチらがしっかりがっつり相手んなってやるわ」


 不意に背中に届いた声に、男たちは大慌てでそちらを振り返る。すると、その先にはラフィンの後を追いかけてきたプリムとデュークが立っていた。傍には、なにやら革袋を抱きかかえたままの老人の姿も見えるが。

 口調こそ軽いものの、デュークもプリムも隠し切れない怒りが前面に滲み出ている。プリムは愛用の棍を構え、視線は男たちから離さずにラフィンに一声向けた。


「ラフィン。ここはウチらがなんとかするから、早うアルマちゃんを安全なとこに連れてってやりや」

「けど……」

「大暴れしたいお気持ちはわかりますが、ラフィン君は街に戻ったら決勝が控えているではありませんか。体力の温存は必要ですし、それに……アルマさんを早くお医者様に診せた方がよろしいかと」


 プリムの言葉にラフィンは思わず複雑な表情を浮かべたが、続くデュークの言葉はもっともだ。キルシュバオの街に戻ったら、闘技大会の決勝が待っている。あのフューラという男は、決して楽に勝てる相手ではない。

 プリムが言うように大暴れしたい気持ちは有り余っているのだが、それを考えるとこの場はやはり彼らに任せた方がいいだろう。

 ラフィンは数拍の沈黙の末に、アルマの身を抱きかかえて立ち上がった。


「この野郎ッ、逃がすか!」


 男の内の一人は、アルマを連れ出そうとするラフィンの妨害をすべく飛びかかろうとしたのだが、それは地面から突き出てきた岩の槍によって阻まれた。慌てて後方に身を退くが、あと一歩でも遅ければ身体に突き刺さっていただろう。


「申し訳ないのですが、少々手加減は難しそうです。当たり所が悪くても文句は受けつけませんからね」


 それは、デュークが放ったクラフトの祈りだ。普段冷静な彼も今回ばかりは腹に据えかねているのだろう、扱う祈りの種類にも遠慮というものがまったく感じられない。

 ラフィンはアルマを両腕に抱えたまま出入り口まで駆け寄ると、一度肩越しにプリムとデュークを振り返ってから内心で彼らに礼を向けて駆け出した。


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