表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/236

第十八話・アルマの行方


 アジトの傍に設置した騎士団の拠点に帰り着いたエリシャたちは、やや荒れた野営地に怪訝そうな表情を滲ませていた。他者に荒らされたような印象は受けないが、代わりになにか大慌てで出ていったような――そんな様子だ。

 食事にしようとしていたのか、お湯が張られていたと思われる鍋はひっくり返っているし、食糧が入った革袋も無造作に地面の上に放られていた。中から零れ落ちたパンにはスズメが数羽群がり、チュンチュンと麗しく鳴きながらおこぼれを啄んでいる。


「姉上、これは……」


 エリシャとハンニバルは馬を降りると、不可解そうな面持ちで数歩そちらに足を向ける。

 野営地に残っている者は誰もいない。休ませていた馬も一頭も残っていなかった。まさか先にマタルトローパから襲撃でも受けたのかと思ったが、辺りに争ったような形跡は見受けられない。

 同じように一拍遅れて馬から降りたラフィンたちは、困惑した様子で辺りを見回した。


「……? おい、向こうの方……」

「騒ぎになっているようです、もしや騎士団はあの騒ぎを止めに行かれたのでは……」

「ほんまや、ウチらも行ってみようや!」


 見れば、この野営地からそれほど離れていない洞窟の方が騒がしい。人の声が聞こえてくることからして、騎士団がそちらに向かった可能性は高いだろう。

 ラフィンたちは先んじて駆け出し、エリシャとハンニバルは改めて馬に跨ってから騒ぎとなっている方へと急いだ。


 アルマが本当に誘拐されたのかどうか、その確証はない。

 だが、エリシャたちが追っていたギルドに連れ去られて今も怖い想いをしているかもしれない。そう考えると、居ても立ってもいられなかった。


「……!?」



 洞窟の方へ駆けていく中で見えたのは、馬に跨りながら交戦する騎士団の姿だ。相手は見るからに賊と言える粗暴そうな印象を与えてくる者ばかり。荒くれ者、と称すに相応しいだろう。

 騎士団と荒くれ者、その他に見えるのは場には不似合いとしか言えない幼い子供たちの姿。ポロポロと大粒の涙を流しながら、覚束ない足取りで走り回っている。たすけて、たすけて、と声を上げて。


 先に駆け出したラフィンたちの真横を、エリシャとハンニバルが駆る馬が颯爽と駆け抜けていく。今まさに一人の子供の襟首を掴むべく手を伸ばした賊へ照準を定めると、エリシャは馬を止めることなく隣を駆け抜けながらその腕を的確に斬りつけた。


「ぎゃあああぁッ!?」

「賊の撃退は後だ、子供たちを守れ! 決して傷をつけるな!!」


 どうやら騎士団は、子供たちを保護するために野営地を飛び出して戦う羽目になったようだ。エリシャの一声で統率を取り戻した騎士たちは、あちこちで逃げ惑う子供たちの保護に奔走し始めた。

 街から誘拐された子供たちだろうと想像はできたが、なぜ賊の元から逃げ出せたのか。気にはなるものの、今はエリシャの言うように保護し、守り抜くことが重要だ。


 ラフィンたちは洞窟へ向けて駆けながら、辺りに視線を巡らせた。右や左、どこを見ても騎士たちが賊の手から子供たちを守りながら戦っている。これならば自分たちの出番はなさそうか――そう思った矢先。

 ふとシェーンの視界の片隅に、草の色とは異なる緑がちらりと映り込んだ。なんだろうと視線のみを動かして見てみれば、それは少女だった。少女が長い髪を大柄な男にがっしりと鷲掴みにされている。


「女に手を上げるか――野蛮だな!」


 その光景を確認するや否やシェーンは駆ける足を止め、躊躇いもなく腰元から剣を引き抜いた。勢いよく鞘から抜かれた剣の刀身は陽光を受けて美しく光り輝き、シェーンは思い切りそれを叩き下ろして虚空を斬る。

 すると、大地を猛烈な速度で風の刃が疾走した。草を薙ぎ払いながら駆け抜けた風は少女の髪を掴む男の身体に直撃し、程なくしてくぐもった声が洩れると共に男の身が吹き飛ぶ。休む暇もなくシェーンはそちらに駆け出すと、男が体勢を立て直す前にうつ伏せに倒れ込んだ背中に飛び乗った。


「ぐへえぇッ!」

「大人しくしろ、暴れれば無事は保証しない」


 保証しない――とは言っても、最初の一撃で男の身体は既にボロボロだ。片腕が裂け、わりと多めの出血が確認できた。これでは暴れようにも暴れられないだろう。

 ラフィンたちはやや遅れて駆けつけると、その状況に思わず苦笑いを零す。プリムは座り込んでしまった少女の傍らに駆け寄って怪我の有無を確認した。


「お嬢ちゃん、大丈夫か?」

「……っ……」

「……余程怖い想いをされたのですね、震えていらっしゃいます」


 シェーンが助けた少女は、顔面蒼白になって怯えていた。大きな目には涙をいっぱいに貯め、身体は憐れなほどに震えている。そんな様を見下ろして、デュークは痛ましそうに表情を曇らせると複雑そうに下唇を噛み締めて辺りに視線を向けた。

 こうしている間にも騎士団が子供たちを次々に保護しているようだが、アルマの姿はどこにも見えない。誘拐されたわけではないのか、別のなにかに巻き込まれてしまったのか――その安否ばかりが気にかかった。


「ラフィン君、アルマさんのお姿は見えますか?」

「いや……俺もさっきから探してはいるんだけどよ……」


 ラフィンがアルマの姿を見落とすはずがない、その彼の目にも留まらぬということは――この辺り一帯にはいないのだろう。

 だが、ラフィンとデュークの会話が聞こえたと思われる少女が依然として青い顔をしたまま、恐る恐ると言った様子で口を開いた。


「……ア、ルマ……? あなた、たち……アルマの、ともだち……なの……?」

「……!? アルマを……知ってるのか!?」

「洞窟、に……いる。……わたしたちを、逃がすために……騒ぎを起こして……囮に、なるって……」


 その言葉を聞き終えるよりも先に、ラフィンは弾かれたように洞窟へと向き直り――そのまま一目散に駆け出した。しっかり、シェーンに一言かけることだけは忘れずに。


「シェーン、その子は頼んだ!!」

「は? え? ちょ……ッ、おい!」

「ちょお待ちやラフィン、ウチらも行くわ!」


 そんなラフィンを見てプリムとデュークは互いに顔を見合わせると、大慌てで彼の後を追いかけた。だが、走れど走れど距離は開いていくばかり。今のラフィンはまるで獲物を追う野生動物のようだ、それほどの勢いで洞窟へと向かっていく。

 その目的に気づいたか、辺りにいた一人の賊はラフィンの前に立ち塞がったが、完全に自殺行為だ。それを目の当たりにしたラフィンは獰猛な野獣のように双眸を鈍く光らせて睨み据えると、立ち止まるようなこともなく突撃していく。


「行かせるかよ!」

「邪魔だッ! 退きやがれえええぇ!!」


 男はラフィンの進路に立ち、猛然と突撃する彼を真正面から迎え撃つ。手にした斧を振りかざし、その身を叩き切ろうというのだ。

 しかし、ラフィンは駆ける速度そのままに拳を握り締めると真っ向から斧を強打した。正確には刃のついていない天辺部分を。ハルバードなどの形であればこの部位にも刃がついているのだが、一般的に伐採になどに使われる通常のものであれば、刃物の類は斧の刃部分にしかついていない。


 ラフィンの渾身の一撃を受けた斧は男の手から弾かれ、後には骨が砕けたような腕の激痛と台風でも去ったような突風しか残されなかった。気づいた時にはラフィンの姿は既に洞窟の中、慌てて追いかけようにも後続のプリムとデュークを見れば、そうもいかない。

 それどころか、状況は明らかに不利。中には騎士団に捕まることを恐れて逃げ出す者もチラホラと窺える。男は暫しの逡巡の末、斧を拾うこともしないまま、一目散に洞窟とは反対方向へと走り出した。


「ラフィン君……」

「あいつ、アルマちゃんのことになるとほんまに……怪物やんな……」


 プリムとデュークは呆れたようにどこか乾いた笑いを浮かべると、ラフィンに追いつくことは半ば諦めた様子で洞窟へと駆けて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ