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第十七話・アジトへ


「あッ、ラフィン君……! そ、そんなに強く抱き締めちゃダメだよ、熱烈なんだからもう……!」

「変な声出すんじゃねーよ! 前見て走れってんだ!」


 ラフィンたちはキルシュバオの街を後に、平原を南下していた。

 迷子センターでエリシャやハンニバルと共に迷子に関する話を聞いたのだが――大会中に迷子になった子供たちは、ただの一人も見つかっていないとのこと。いくらなんでもおかしい、事件性を考えてこうして彼らに同行しているというわけだ。

 結局親玉の姿を街で確認することはできなかったが、今はともかく彼らのアジトを叩いてみるべきだろう。


 そのアジトに向かう道すがら。ラフィンは馬を駆るハンニバルの後ろに乗っているのだが、速度を出せば馬の上は案外揺れる。落馬しないようにと目の前の彼に掴まったら、先の戯言(たわごと)だ。

 先頭を駆けるエリシャの後ろに乗っているプリムは、そんな彼らを馬上から振り返り乾いた笑いを滲ませた。


「ハンさん、相変わらずなんやなぁ……」

「ハンニバルの奴め、私だってラフィン君に抱き締めてもらいたいものを……ッ!」

「(この姉弟イヤすぎやろ)」


 しかし、すぐ間近からもそんな言葉が聞こえてくることにプリムは力なく頭を左右に振る。が、エリシャは女性である分、ラフィンにとってハンニバルよりはいい方だろう。

 ライツェント家特有の遺伝子のせいなのだろうが、彼らを負かしてしまったばかりに変なのに懐かれたものだとプリムは内心でラフィンに同情を寄せた。


「(……ってことは、デュークの中にもこんなしょーもない遺伝子が入っとるんやな)」


 そこまで考えて、ふと――胸の真ん中辺りにモヤが広がっていくような錯覚を覚えた。

 もしデュークが誰かに負けるようなことがあれば、その相手に強い好意を寄せてしまうのだろう。マリスに負けた時は、相手が生き物ではなかったためにノーカウントだったようだが。

 ちらりと、斜め後方を走る馬へ視線を向ける。そこには手綱を握るシェーンと、その後ろに乗るデュークの姿。


「(……あかん、ウチなに考えとんねん……)」


 デュークと一緒にでばがめをして以来、随分と彼を意識するようになってしまった。彼は名家の人間で、自分では釣り合わないのだと理解はしているのに。

 しかし、一度気になれば、勝手に目が向いてしまうものなのである。

 自然と熱が集まり始める頬を片手でペチペチと叩きながら、必死に思考を切り替えた。今はとにかく、アルマが無事かどうか――それがなにより気がかりなのだから。


「しかし、二人でアジトを襲撃するつもりだったのか?」

「あはは、まさか。部下を見張りに残してるよ。ボクと姉上が戻ったら一斉攻撃をかけることになってるんだ」


 シェーンはハンニバルが駆る馬の隣辺りに位置づけると、他の騎士の姿が見えないことに対して思った疑問をぶつけた。

 ハンニバルはとんでもない、とばかりに笑ってみせると小さく頭を左右に振る。この姉弟のコンビネーションはオリーヴァの街では有名だったが、いくら手練れであってもアジトを二人だけで制圧するのは難しいだろう。彼らとて当然それは理解している。至極当然のように返答を続けた。


「そのギルドの親玉とは、どのような者なのですか?」

「ハオス・ロジーニっていう男なんだけど、今の名前はわからない。色々な名前を使い分けてるんだ。見た目は結構不潔っぽいおっさんだよ」


 いくつもの名前を使い分けるということは、それだけで「怪しいことしてます」と言っているようなものだ。そうでなければ堂々と本名を名乗っているだろう。

 やがて見えてきたアジトを見据えながら、ラフィンは固く拳を握り締める。午後の決勝開始時間までには、街に戻らなければならない。それまでにアルマを見つけられるか――気持ちばかりが焦った。


 * * *


 洞窟の中に爆発するような物音が響く。今の音を聞きつけて、すぐにでもギルドのメンバーがやってくることだろう。

 アルマはメリッサに外してもらったことで自由になった両手の具合を確かめながら、ぶち開けた穴の中に子供たちを逃がす。念入りに岩壁を叩き比較的薄い層を選んでクラフトの祈り――と呼べるかはわからないが、祈りを叩きつけたのだ。

 すると岩壁には大きな穴が空き、やや大きめの通路へと繋がってくれた。扉の方には見張りがいるはずだが、反対側ならば上手くいけば逃げられるかもしれない。


「僕が引きつけるから、見つからないように出るんだよ。どこでもいい、近くに村や街があればそこに逃げ込んで保護してもらうんだ」

「で、でも……アルマは……どう、するの……?」

「僕なら大丈夫、心配しないで。さあ、早く!」


 アルマの言葉に、メリッサは非常に不安そうだ。今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべながら、先に飛び込んだ子供たちとアルマとを何度も交互に見つめる。


「……メリッサ、みんなが無事に逃げられてここのことを話してくれれば僕も助かるんだ。だから……さあ、行って」

「ア、アルマ……ごめん、なさい…………あり、がとう……」


 メリッサはぎゅ、と口唇を噛み締めると他の子供たちと一緒に穴の中へと逃げ込んだ。けれども、こちらも急がなければ――メリッサたちの方に見張りが反応したら、彼女たちが危険に晒されてしまう。

 アルマは慌てて部屋の出入り口まで駆け寄ると、ちょうど聞こえてきた足音に息を殺す。開かれるだろう扉に隠れる形で壁に背中を張りつけ、やや大きめの石を両手で持って口を真一文字に引き結んだ。


「おい、ガキども! なんだ、今の音は!?」

「(うわああぁ! ごめんなさいッ!)」


 次の瞬間、蹴破るほどの勢いで扉が開かれると男が怒鳴り込んできた。

 アルマは内心で男に謝罪を向けながら――両手で持つ石を振り上げ、その後頭部へと叩きつける。ガツンッという音に胃がぎゅうぅ、と縮むような錯覚を覚えつつ、その場にばったりと倒れ込んだ男を見下ろしてアルマの口からは深い息が洩れた。

 だが、休むような暇もなく、その腰に据えつけられた剣を鞘ごと引きはがし、大慌てで部屋を飛び出す。


「(僕が脱走したことを他のギルドメンバーに報せないと……そのためには、できるだけ大きな騒ぎを起こすしか……)」


 アルマがマタルトローパのメンバーを引きつければ引きつけるだけ、メリッサたちの方は安全に逃げ出せるはずだ。

 洞窟の外、それもできるだけ近い場所に街や村があってくれることを願いながら、アルマは薄暗い洞窟の通路を駆け出した。


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