第三話・闘技大会に向けて
ラフィンたちは中央広場を離れてエリアの実家である病院へと向かったのだが、聞かされた話はとてもひどいものだった。
エリア本人の姿は院内には見当たらず、対応してくれたのは彼女の両親だった。二人の顔には覇気がまったく見受けられない。これまで大切にしてきた愛娘を突然領主に奪われたようなものだから、仕方ないのだが。
エリアが領主の提案を受け入れなければ、両親が営む病院を潰す。
詳しい話を聞かなくとも、告げられただろうその一言を聞いただけで充分だった。エリア本人の了承など、この病院を盾にして無理矢理に取ったものだ。
窓から外を見てみれば、庭にエリアとミスティオの姿を見つけた。なにかしら言い合っている様子だ。
それを見てプリムは隠すでもなく憤りを表情に滲ませると、固く拳を握り締めて顔を明後日の方に向けた。
「むっちゃ胸クソ悪い話やな」
「まったくだ、非常に卑怯な手を使う……」
そう洩らした彼女の呟きに反応したのは、隣に腰かけていたシェーンだ。
出されたカップを手に取り、ぐい、と呷ってから眉根を寄せて吐き捨てるように洩らした。
デュークはそんな二人を横目に見遣り、一度アルマに視線を向ける。アルマ本人はミスティオとエリアが心配なのか、ジッと窓の外を見つめて動かない。表情は――窺えなかった。
次にラフィンに目線を合わせると、今日は珍しく口数の少ない彼に声をかける。
「ラフィン君……どう、しますか?」
「こうなったら領主んとこ殴り込もうや! 領主だかなんか知らへんけど、女をなんやと思ってんねん!」
両親の落ち込んだ様子も、見ていられない。ひどく憐れだ。
父は難しい顔で目を伏せ、母は顔を俯けてハンカチで目元を拭っている。ラフィンの返答を待つよりも先にプリムは勢いよく席を立つと、仲間に目を向けた。
しかし、当のラフィンはと言うと彼女のその言葉に小さく頭を横に振ってから、静かに立ち上がる。
「バカ、そんなことしたら自警団と衝突するってさっきシェーンが言ってただろ」
「うう……せやけど……」
「やらせてやりゃいいじゃねーか、闘技大会」
その言葉にアルマは窓に向けていた視線をラフィンに戻し、プリムやデューク、シェーンは唖然とした様子で彼を見つめた。エリアの両親もぽかんと口を半開きにして言葉を失くしている。
けれども、そんな中。やはり真っ先に我に返ったのはプリムだった。その表情に怒りを滲ませ、顔を真っ赤に染め上げながらラフィンの傍に大股で歩み寄ると、彼の胸倉を掴み上げる。
「おまッ……! なんちゅーこと言うねん!」
「違うって、放置するわけじゃねーよ。いいか、その領主さまが闘技大会なんて開くのはなんでだと思う?」
「……は?」
エリアがワガママ領主と結婚することになってもどうとも思わないのか――彼女や両親はそう思ったのだが、どうやら違うらしい。
プリムは暫し怪訝そうな表情を浮かべてはいたものの、程なくして掴んだ胸倉を解放した。
「要は、無理矢理奪ったりすりゃ住民からの反発が強くなるのがわかってたからだろ? だからエリアさんを闘技大会の賞品にした上で自分が優勝すりゃ、一応は大衆の前で自分が優勝者でエリアさんの旦那になる権利があるってのを知らしめることになる」
「……そうですね、その決まりも領主の勝手で決められたものではありますが……」
「なら、逆に大衆の前でコテンパンにのしてやりゃいいじゃねーか。敗者にはエリアさんと結婚する権利なんかねーんだから」
あっさりと告げたラフィンの言葉に、彼がなにを言わんとしているのか理解したらしく――アルマは目を丸くさせた末に、その表情に笑みを滲ませ始めた。
デュークやシェーンは互いに顔を見合わせ、プリムは困惑したような様子で小首を捻る。
「い、いや、そらそうやけど……どうやって……」
「いやぁ、闘技場なんて久々だなぁ」
「お前が出る気かああああぁい!!」
どうやって領主をコテンパンにするのかと、プリムはそう言いたかったのだが――ラフィンの返答と反応で全てを理解した。
いそいそと、どこか嬉しそうに握った己の拳を逆手で撫でる様からは、やる気しか感じられない。
彼が――ラフィンが出場して、領主を決勝戦で徹底的に叩きのめしてやろうと。そういうことだろう。
アルマは胸の前で両手を合わせ、双眸をキラキラと輝かせながらラフィンを見つめている。いつだって、アルマにとっての彼はヒーローなのだ。
「し、しかし、そのような危険なことをして頂くわけには……!」
「へーきへーき、おじさんたちにはウチのアルマが世話になったし、胸クソ悪い話だからな。こんなん聞いといて放置なんかできねーって」
「そやそや、それにコイツとんでもなく頑丈やから大丈夫やって」
彼らに慌てて言葉を向けたのは、エリアの両親だ。
闘技大会にはいつも様々な参加選手が集まる。中には手練れの者も多く、参加すれば確実に大小様々な傷を負うことがわかっているからだ。
自分たちの事情に巻き込むわけにはいかないと、そうは思ったのだが――どうやら聞いてもらえそうにない。
けれども、娘のためにそうまでしてくれる。その気持ちがなによりも嬉しいと感じていた。
「登録する名前はノワールにしようね!」
「このまま行かせろよやだよ!!」
デュークは暫しアルマやプリムの様子を見守っていたが、程なくしてどこか安心したように表情を笑みに破顔させる。
シェーンは半ば呆然としていたものの、彼にも反対する気持ちはないらしい。ややあってから「やれやれ」とでも言うように軽く双肩を竦めて再び茶をすすり始めた。




