第二十四話・ツンデレさんいらっしゃい
「わーい!」
キルシュバオの街に戻ったラフィンたちは、旅と戦闘の疲れを癒すべく宿に戻っていた。既に夕刻、あと三十分もすれば今日も太陽が沈み、徐々に夜がやってくるだろう。
そんな中、宿の食堂で休んでいたアルマは己の身が元の――少年に戻ったことを確認して嬉しそうに声を上げた。服装もちゃんと元の通常服に戻っている。それを見てラフィンたちの胸にはようやく安堵が滲んだ。
「は~、やっとメイドさんから解放されたわぁ……やっぱスカートとかヒラヒラして動きにくいったらないな」
「お前はスカートくらい穿け、だからアバズレなんて言われるんだ」
「アバズレ言うたの後にも先にもお前だけやんけ!!」
まさかメイドさん事件の犯人が百合神アイドースだとは思わなかったが、無事に解決したことでそんなやり取りの後にも愉快そうな笑いが洩れる。既にこの言い合いも日常茶飯事、一種のコミュニケーションだ。
シェーンは手にしたカップをソーサーの上に置くと、不愉快そうに眉を寄せながら視線のみでラフィンを見遣る。
「アバズレだと? 女性に対してそのような……信じ難いほどに下品な男だ、サル呼ばわりすることさえサルに失礼なレベルだったか」
「言ってくれるじゃねーか、お坊ちゃんよ」
「ま、まあまあ……」
またしても一触即発。
ラフィンとシェーンの間に火花が散り始めると、デュークが慌てて二人の仲裁に入る。シェーンが加入してからと言うもの、デュークの心労が尋常ではない。
アルマは今日も今日とて大好きなブドウジュースをすすりながら、緩やかに小首を捻り――とんでもない爆弾をひとつ投下した。
「ラフィンとシェーン、すっかり仲良くなったね」
「「なってない!!」」
にこにこと笑いながら向けられた言葉に対し、ほぼ同時に同じ言葉を返す様を見れば確かに仲は良さそうだ。しかし、やり取りの内容は決して仲良しな二人組が交わしているものではないのだが。
一体どこをどう見ればそんな解釈になるのかと、プリムは苦笑いを浮かべながらアルマを見遣る。けれども逆にアルマは不思議そうに目を丸くさせて、今度は反対方向に首を傾かせた。
「だって、シェーンがさっき神殿で言ってたから」
「ぼ、僕が? 一体なにを……」
「より厄介な方を潰しにかかるとは思っていた、って。それって、ラフィンの強さをシェーンなりに認めて解釈した結果ってことでしょ?」
その返答にラフィンとシェーンのみならず、プリムやデュークもぽかんと口を半開きにした状態で固まった。だが、そこはやはりパーティのいじり要員か、プリムはいち早く我に返るとニヤニヤと企み顔で笑いながらシェーンに目を向ける。
続いて片肘で彼の脇腹を小突き、早速とばかりにひとつ言葉を投げつけた。
「……ほほ~う。そやなぁ、アルマちゃんの言う通りやんなぁ? 確かに改めて言われてみればウチよりもラフィンの方が強いって認めてるっちゅーことやんか、そ~かそ~かあぁ」
「な……ッ!? バ、バカを言うな! 誰がこんな下品で野蛮でデリカシーの欠片もないような奴を認めるものか!」
「へえぇ、なるほどな。これが俗に言うツンデレってやつなのか、へええぇ~」
「き、貴様のような下品な野蛮人は考えもなしに暴れ回って番人が目をつけると思ったんだ!」
「おい、デレがねーぞデレが」
「あるかそんなものッ!!」
最初はどうなることかと思ったが、これはこれで上手くやっていけそうだ。ただ素直ではないだけで、内心ではラフィンのことも――無論、他の仲間のことも認めているのだから。それは、シェーンの白い頬が赤く染まっていることから容易に窺い知れる。
だが、次はどうからかってやろうかとプリムが愉快そうに思考をぐるぐると働かせる最中、ふとこちらに歩いてくる男女二人組を視界に捉えた。
「あ、あの……」
控えめに声をかけてきたのは女性の方だ。
誰だろうと思って、そこで思い当たる。オレンジ色の艶やかな長い髪を持つその女性は、メイドさん事件の依頼人――エリアだ。
アルマやプリムの服装が元に戻ったのと同じように、彼女も既にメイド服姿ではない。半袖の白いブラウスに、下はふんわりとした裾広がりの黒いシフォンスカート姿だ。
「お、エリアさん。ちゃんと普通の服装に戻ってんな」
「はい、お陰さまで街のみんなも戻れました。本当にありがとうございます」
「エリアの依頼を聞いてくださって、なんとお礼を言えばいいのか……あ、こちらが報酬です」
確かに女性はエリアなのだが、彼女の隣にいる男性には見覚えがない。見たところ年頃は二十歳前後ほど、恐らくエリアと同い年か一歳、二歳くらい上だろう。色素の薄い茶の髪を片手で掻きながら、人の好さそうな笑みを浮かべている。
差し出された報酬はプリムが受け取ったが、中身よりも彼の正体の方が気になる。
すると、ラフィンたちの不思議そうな表情に気づいたらしく、一拍遅れた末に男性がやや慌てたように頭を下げた。
「――あ、はじめまして。俺はミスティオと言います、エリアの……まぁ、昔馴染みというか……」
「なにが昔馴染みだよ、ちっさい頃からラブラブだったくせに」
男性――ミスティオの言葉に横から口を挟んできたのは、食堂に居合わせた宿の店主だ。近くのカウンター奥から、ニヤニヤと笑みを浮かべながら揶揄を飛ばしてくる。その言葉を皮切りに、あちらこちらの席からはやし立てるような声や口笛が上がり始めた。
――どうやら、このミスティオとエリアはイイ仲らしい。それも、街の者たちから祝福されている様子だ。
「も、もう……行きましょ、ミスト。それでは、みなさん……本当にありがとうございました」
心なしかエリアの顔が赤い。赤くなるということは、彼女もまんざらではないのだろう。なんとも微笑ましい光景だ。
エリアは慌てたようにラフィンたちに頭を下げると、ミスティオの腕を引っ張って宿を出て行った。ラフィンたちは暫し彼らが出て行った扉を見つめていたが、アルマはグラスをテーブルに置くと膝の上で両手をぎゅ、と握り締めて俯く。
「(エ、エエエリアさん、ちゃんと相手いたんだ……! そ、そうだよね、あんなに綺麗な人ならいて当たり前だよね。なのに僕は勝手にヤキモチ妬いて……!)」
あの時は発情期を迎えていたということもあるのだが、ラフィンがエリアに惹かれているのではないかと妙に焦っていたことを記憶している。非常に勝手な話だ、アルマは内心でエリアに申し訳なくなった。
そして次に浮かぶのは、去り際に繋がれていた両者の手。
ちら、と視線のみを隣のラフィンに向ける。続いてその目線を彼の手に下ろしてみた。
「……えへへ……」
「……? どうしたアルマ、ニヤニヤして……」
不意に洩れた笑みにラフィンは親友に目を向けるが、声をかけても返る言葉は「なんでもないよ」の一言だけ。
現在のアルマの頭の中では、ラフィンと仲良く手を繋いであちこち冷やかして回ったヴィクオンでの光景が思い起こされていた。懐かしい光景ではあるのだが、当時と今とでは心境がまったく異なる。
「(いけないことだっていうのはわかってるんだけど……僕、やっぱりラフィンのこと好きだなぁ……)」
告げてはいけない想いだ、アルマは元々は男なのだから。
だが、もし――もしこのまま完全に男に戻れなかったら少しでも希望はあるのだろうか。そこまで考えてアルマは小さく頭を振る。
そんなのは好意の押しつけだ、ラフィンにはラフィンの人生があるし、彼にだってこれから色々な出逢いがあることだろう。そうなった時に足枷になってしまわないように欲張らないでいよう――そう決めると、アルマは改めてグラスを手に取り、中身をすすった。




