第二十一話・偽物と本物の違い
身ひとつで突撃し、勢いのまま愛用の得物を振り回すプリムの攻撃を難なく回避し、番人は依然としてにこにこと微笑みながら的確にカウンターを叩き込んでくる。チャクラムの刃が身体のあちらこちらに切り傷を刻んできて、非常に痛い。
がら空きの背中側に回り込むと、ラフィンは拳を握り締めて背中へと照準を合わせ――そのまま一撃を叩き込もうと大きく踏み込む。
だが、番人はそれさえも見抜いているかのように振り返ると、その表情を泣きそうなものへと歪ませた。
「ラフィン……ラフィンも、僕をいじめるの……?」
「――ッ!!」
その一言はラフィンの胸の深い部分にぐっさりと突き刺さった。
そして頭に浮かぶのは、ヴィクオンに住んでいた頃の光景だ。アルマはカネルたちに毎日のようにいじめられて、泣かされていた。
ラフィンもそうするのかと、まるでそう言われているかのような錯覚に陥ったのだ。
しかし、ラフィンがそうして怯むことなど番人にとってはお見通し。
僅かな隙を見逃すことはせず、片手に持つチャクラムを彼の腹部に叩きつけた。
「うぐッ……!」
「えへへへ、油断は禁物だよ~」
にこにこと可愛らしく微笑みながらの言葉とは裏腹に、その攻撃力は高い。刃が叩き込まれた箇所には深い裂傷が刻まれ、ラフィンは思わず奥歯を噛み締めた。
追撃を阻むべく即座にデュークが番人の足元から無数の氷柱を出現させたが、直撃するよりも先に軽い足取りで躱されてしまう。
見た目はアルマだが、中身はまったく異なる。流石は番人と言ったところだろう。
「この――!」
「わわわっ、へえぇ~祈りの剣かぁ。イイもの持ってるねぇ~」
「お褒めに預かり光栄だなッ!」
「わあぁん! やめてようぅ!」
シェーンが振り上げた剣を一息に振り下ろすと、呼応するかのように刃が淡く光り輝き、その刹那――衝撃波のように風の刃が疾走した。番人は泣き声を洩らしながら慌てて走り回ることで回避すると、高く跳躍し、上空でひとつ宙返り。
そして両手に持つチャクラムを勢いよく投げつけてきた。
猛烈な速度で飛翔してくる二輪にシェーンは眉根を寄せると、ひとつ舌を打つ。双眸を細めて軌道を読み、愛用の剣で弾くべく改めて剣を振るった。
「――なにっ!?」
だが、予想よりもその一撃は重かった。先に届くだろう片方に照準を定めて剣をぶち当てたが、あろうことかチャクラムを弾くどころか――逆に剣を弾かれてしまったのだ。
決して侮っていたわけでも、シェーンの力が弱かったわけでもない。番人が放ったチャクラムが、彼の想像以上の重さを持っていたのだ。
完全に無防備になったところへもうひとつのチャクラムが飛翔し、彼の右肩に深い裂傷を負わせた。それでもほとんど勢いを失うことなく、宙で大きく回転するとブーメランのように使い手の元へと戻っていく。
上がる血飛沫に、シェーンは忌々しそうに表情を顰めると逆手で傷口を押さえ、その場に片膝をついて屈んだ。
「そこです!」
「わっわっ! わああぁん!!」
手元に戻ってくる片方のチャクラムに手を伸ばし「わーい」と嬉しそうに声を上げる番人を見て、デュークは着地の隙を見逃さない。片足が地面に触れる間際、巨大な氷の塊を放った。
その塊は番人の身に真横から見事に激突し、奥にある壁へと押し潰す勢いで叩きつける。その際、番人の口からはなんとも情けない泣き声が上がった。
壁に激突した衝撃で巨大な氷の塊は大きく砕け、破片が更にその身を襲う。身体のあちこちに突き刺さる氷の刃に、番人はその場に座り込むと顔を上向けてわんわん泣き出してしまった。
「わーんわーん! 痛いようぅ!」
「……や、やりづらい……」
いくら偽者とはいえ、姿形はアルマなのだ。こうまで泣かれると流石にやり難い。
頭や肩、腹部に腕、足など至るところに太い氷柱が突き刺さっている様は確かに痛そうなのだが。
「(くっそ……どうしろってんだよ、アルマじゃねぇってわかっててもあんな顔されると……)」
ラフィンは腹部に刻まれた裂傷に片手を添えて、複雑な面持ちでその光景を見据える。
これは神さまの試練なのだから、このままではいけないということは重々承知しているのだ。けれども、ラフィンまで自分をいじめるのか――そう言われると、やはりその言葉が胸に突き刺さった。
頭では理解していても、身体がアルマを攻撃することを全力で拒否してくる。どうしろというのか。
アルマは両手を胸の前で合わせて負傷した仲間の治療をすべく祈りを捧げるものの、やはりセラピアの祈りは上手く効果を発揮してくれない。完全に不発とはならないものの、明らかに治療の効果が落ちている。
それでもラフィンやプリム、シェーンの身に刻まれた裂傷は塞がってくれたようではあるが、完全とはいかなかった。
「う、うう……なんで……」
自分には、これくらいしか取り柄がないのに。
その唯一の取り柄さえ満足に扱えなくなってしまったら――仲間の負担が増える一方だ。本格的にただのお荷物になってしまう。そう考えると、アルマの中には焦燥ばかりが生まれていく。
「わーんわーん! ラフィン、みんながいじめるようぅ!」
「……」
アルマのそんな焦りも露知らず、番人は座り込んだ床から立ち上がると両手で目元を覆いながらラフィンの傍まで駆け寄った。あちこちに突き刺さった氷柱をそのままに駆けてくる様は軽くホラーだし、ちっとも痛そうな様子ではない。
しかし、ラフィンはそこで確かな違和感を覚えた。それと同時に、目の前が開けたような錯覚も。
「ねぇねぇ、ラフィン。みんなが――!」
「……お前、やっぱアルマじゃねーわ」
ボロボロと大粒の涙を溢れさせながら縋りついてくる番人を見下ろして、ラフィンはそう一言向けると――きょとんと丸くなる双眸に構うこともせずに、固く握り締めた拳を番人の鳩尾に深くめり込ませた。
「がは――ッ!?」
すると番人は、突然の重い一撃に思わず双眸を見開いて大きく咳き込み始めた。予想だにしない攻撃だったらしく、その場に蹲ると自分の身を抱き締めるように両腕を腹部に回して深く項垂れる。苦しげに洩れる咳は、演技の類ではないだろう。
プリムやデュークは驚いたように目を丸くさせ、アルマとシェーンは口を半開きにした状態でその光景を見つめた。
「うぅッ……げほっ……! な……なんでえぇ……?」
「アルマはな、俺にそういうこと言いにこねーんだよ。誰にいじめられたとか、誰になにされたとか」
「え……」
「心配しても、いつだって大丈夫としか言わねー奴なんだ」
小さい頃から、ずっとそうだ。
カネルたちにいじめられてラフィンが慌てて駆けつけて「大丈夫か」と聞いても、アルマから返る言葉はいつも「大丈夫だよ」というものだけ。ラフィンが駆けつけたことが嬉しかったのか、心配させたくなかったのか嬉しそうににこにこと笑って。
誰々にいじめられたから助けて、仕返しして――などと、ラフィンは一度たりとも言われた覚えがない。
「俺がガキの頃から守りたいって思ったのは、そんなアルマなんだよ。姿形が同じでも、お前はやっぱ違う」
ハッキリと言い切ったラフィンを見上げて、番人は暫し呆然としていたものの――やがて愉快そうに声を立てて笑った。
そうして眦に浮かんだ涙を指で拭うと、腹部を押さえた手を離してその場に立ち上がる。その顔にはダメージの名残など微塵も見受けられなかった。
「へえぇ……いいよ、ここまでは合格。でも、本当に惑わされないで戦えるかなぁ? えへへ……ほらおいで、ここからは本気で相手にしてあげるから」
「――上等! やってやるよ!」
アルマを殴ることなどできないと、つい先ほどまではそう思っていた。
それでも――ラフィンが守りたいアルマは、この世のどこを探してもたった一人しかいないのだ。惑わされて、大事なものを見失うわけにはいかない。
アイドースがなぜこのような試練を与えてきたのか、その意味が少しだけわかったような気がした。




