第九話・毒キノコの除去
騒がしい朝食を終えたラフィンたちは、村人の案内でピルツ村の近くにある林へと足を運んでいた。
ちょうどよい環境なのか、いつもであれば林の中には種類豊富なキノコや山菜が多く生えているらしい。
けれども、現在の林にはなにやらおどろおどろしい雰囲気が漂っている。
木々は枝がしんなりと下を向き、辺りに生える草花は地面に倒れてしおしおになっていた。枯れる寸前だ。
それだけでなく、よくない瘴気が漂っているようだった。人体にもよくなさそうだ、あまり長時間この場にいるのは得策ではない。
アルマは両手でマスクを押さえながら、周囲に目を向けた。
現在の彼らはマスクに分厚い合羽、長靴に手袋という防護っぷり。これならば多少の瘴気くらいは問題ない。
「こ、これがベネノダケの効果なんですか?」
「ええ、あの毒キノコは猛毒の胞子を撒き散らすのです。林全体が腐敗しているような状態ですね……」
「ウ、ウチらここにおって平気なん?」
「林をダメにしちまうような胞子だ、できるだけ早めに切り上げた方がいいだろうな」
この林を訪れた理由は、ベネノダケのことだ。現在、林がどのような状態になっているのかを見るために来たのである。
必要であれば引っこ抜こうと思ってはいたのだが、林全体が毒の胞子にやられてしまっているとなると、その数を把握するだけでもひと苦労だ。
「どうするんだ、掘り起こすのか? やるなら徹底的にやった方がいいだろう、根ごと掘り起こして熱湯でもかけてやれば……」
「いえ、それはいけません。そのようなことをすればベネノダケのみならず、近くに生えるはずの食用のキノコや山菜まで完全に息絶えてしまいます」
シェーンは枯れた草花に片手を触れさせながら、軽く眉を寄せて複雑な表情を滲ませた。
ベネノダケによる被害は村人の姿で目の当たりにしたが、自然までがこのように汚染されているとは彼も知らなかったのだ。
ピルツ村の人間が食用のキノコを採る場所は他にも多いと聞くが、村から一番近い林がこの有り様では不便をすることも多いだろう。
手っ取り早い解決法として告げたのだが、デュークから早々に却下が返ればやや苛立ったように形のいい眉が寄った。
「いいですか、土には無数の微生物が存在しています。草花や山菜などは、この微生物がなくてはうまく育ちません。いくらベネノダケを死滅させるためであっても、土そのものにダメージを与えてしまってはそれらの微生物まで殺してしまい、他のキノコや山菜などが生きられない環境になってしまうのです」
「……」
淡々と返答を向けるデュークを暫し見つめて、ラフィンとプリムは互いに無言のまま顔を見合わせた。
「……ラフィン、シェーンと同じこと考えてたやろ」
「お前だってそうだろ……」
背中に届くそんなやり取りに、デュークは肩を落として思わず項垂れた。
どうやらラフィンもプリムも、シェーンのような力業での解決を考えていたらしい。それを理解して脱力したのだ。
デュークがいなければどうなっていたことか――その様子を見守っていた村人は、彼らが交わす言葉の数々に眉尻を下げて笑う。
「じゃ、じゃあ、全部引っこ抜いて様子見るしかないのかな?」
「とは言っても……確か、触るのも危険だったはずです。手袋を填めていても大丈夫かどうかは……」
「え、ええ、毒キノコを調べようと触った者もあのように皮膚がただれたりして……ですが、ベネノダケが生えた頃に比べれば随分と瘴気も落ち着いている方です」
「こ、これで落ち着いとる方なん!?」
現在ラフィンたちの目に映る林は、見るからにおどろおどろしい雰囲気に包まれている状態。身体によくないものが漂っている、そうとしか言えない空気だ。
にもかかわらず、これでも落ち着いている方だと村人たちは言う。プリムは思わず絶句して改めて林を見回した。それまではどのような有り様だったのか、考えるのも恐ろしくなる。
「……もしかして、昨日アルマがファヴールの祈りを捧げたから少し落ち着いた、ってことはない……か?」
「あ……そっか。じゃ、じゃあ、僕もう一回やってみるよ」
ラフィンがひとつの可能性として呟くと、アルマが胸の前でポンと両手を叩き合わせた。なるほど、とでも言うように。
ファヴールの祈りはその時その時で最適な効果をもたらしてくれるものだ、昨日捧げた祈りが村の近くにあるこの林の瘴気を和らげてくれたのかもしれない。
そう思ったアルマは両手を天に伸ばして、そっと目を伏せる。少しでも広く祈りが届いてくれるようにと。
程なくしてアルマの身からは白い光が溢れ出し、昨日の昼間と同じように今度は林全体をその光で包み込み始めた。
すると、プリムが思わず声を上げて近くに見えたベネノダケを指し示す。
「ラ、ラフィン、あれ見てみぃ!」
プリムが示した先には濃い紫色をした毒々しいキノコが生えている、これが猛毒を持つベネノダケだ。
そのベネノダケが、まるで嫌がるように――ゆっくりとだが、しぼみ始めたのである。それと同時に徐々にではあるものの、林に漂う瘴気までもが薄れていく。
その光景に、シェーンも村人たちも思わず驚きの声を上げた。
そうして、アルマは次にその場に屈み込んで大地に両手を添える。空と大地から、両方に渡ってベネノダケを取り除こうというのだ。他の植物には被害を与えずに。
「毒キノコが……小さくなっていくぞ……!」
それを見て、村人たちは子供のように目を輝かせて大喜びした。
林全体を覆っていた瘴気も次第に晴れていき、ラフィンたちの表情にもそこでようやく安堵が滲んだ。
* * *
「……セラピアの祈りを持ってる奴ってのは、あのガキか?」
「そうです、あの白いガキです、あれが今回のアポステルだとか。オリーヴァの街で見たんですがね、間違いないと思いますよ」
「ほう……」
ラフィンたちが林でベネノダケの駆除を行っている間、そんな彼らを見つめる不審な影があった。平原に立つ大きな木の傍らに荷馬車を停め、林の中を単眼鏡で覗く様は見るからに不審者だ。
装いこそ行商人のような衣服を身に着けてはいるものの、人相は非常に悪い。一人は恰幅のいい色白の男で、服が小さいのか丈が短いのか、大きく前に突き出た腹部分が露出している。
そんな彼が声をかけるのは、兄貴分と思わしき男だ。こちらは対照的に色黒で細身、すらりと伸びた長身である。
「だが、あのガキがアポステルなら傍に守護者がいるはずだ。大丈夫なのか?」
「見てみてくださいよ、周りにいるのは村人を除いて女子供ばっかりです。力業で充分イケますって!」
「それもそうか、ククッ……こりゃ、いい金儲けができるな」
細身の男は納得したように小さく頷きながら笑い声を洩らすと、覗き込んでいた単眼鏡を下ろして荷馬車を振り返る。そうして早々に馬の元へと駆け寄った。
「さっさと戻るぞ、ボスに報告だ!」
「うす!」
男たちは大急ぎで御者台に乗り込むと、改めて林の方を振り返り――口角を引き上げて不敵な笑みを浮かべてから、しならせた鞭で馬の尻を叩く。
すると荷馬車はゆっくりと進み始め、徐々に林近郊から遠ざかっていった。




