お父さん。妹になる
世間はゴールデンウィークでしかも今日は土曜だと言うのに出勤し、4時間の残業を終えた俺は少しふらつく足で家に着くと玄関の扉を開けて家に入るとリビングに向かう。
「おかえりなさい。今日もお疲れ様」
「おかえりなさい!お父さん!」
リビングに入ると愛する妻と娘が笑顔で出迎えてくれ、1日の疲れが少し取れたように感じる。
「ああ。ただいま」
スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを外すとソファーにかけてダイニングに向かい、遅めの夕食を食べる。今日の夕食はコロッケとサラダに味噌汁だ。
「はい。あなた」
妻の沙織がコップにビールを注いで差し出してくれる。
「ありがとう。…ぷはぁっ!」
コップの半分くらいまで一気にビールを飲むと心が軽くなった気がする。
「お父さん。明日は休みなんだよね?どこか行こう?」
今年で小学4年生になる娘の秋穂が期待を込めた目で見てきた。
「あー。ごめんな。秋穂。明日はゆっくり休ませてくれ」
俺がそう言って頭を撫でると秋穂は悲しそうな顔で俯いてしまう。
「うん…。わかった」
そして、そのままドボドボと自分の部屋に行くため出てってしまい、俺と沙織は暗い表情で顔を見合わせる。
夕食を食べ終え、リビングでテレビを観ていると沙織が隣に座る。
「あなた。明日は本当に無理なの?」
沙織の言葉に棘は感じない。
「ああ。人員不足なのに営業が無理に仕事を取ってきた所為でゴールデンウィークが潰れたばかりが毎日。残業だったからな。明日はゆっくりしたい」
俺が言うと沙織は少し考えてから口を開く。
「なら、来週はどうなの?」
俺は来週の予定を思い出し、来週も残業と土曜出勤が有るのを思い出す。
「来週も残業と土曜出勤があるな」
その言葉を聞いた沙織は再び考える様な仕草をする。
「あなたが小さな子になれば残業も土曜出勤も無いから秋穂と遊んであげれるのにね」
沙織は苦笑して言う。
「そんな事が起きるわけないだろ」
沙織の冗談に笑うとコップの底に残っていたビールを飲み干した。
酔いが少し冷めたのでシャワーを浴びてパジャマに着替えると俺と沙織の寝室に向かう。
「ふぅ。今日はもう寝るよ」
寝室に置いてあるテーブルの前に座り女性雑誌を読んでいた沙織に言うとダブルベットに潜り込む。
「ええ。おやすみなさい。私もすぐに寝るわね」
沙織は微笑んで言うと雑誌に目を戻す。首元まで布団に入り、枕に頭を預け俺は目を閉じて眠りにつく。翌朝。とんでもない事が俺の身に降りかかる事を知らずに…。
翌朝。少し重く感じる布団の中で目を覚ました俺はベッドサイドのミニテーブルに置いてある時計を確認する。
「まだ、7時にもなってないか…ん?」
いつもの俺の声じゃない様な気がする。俺の普段の声は低いがさっき俺が出した声はあまりにも高く幼い声に聞これる。
「あー。あー。こ、声がた、高い?」
ますます混乱する俺は何が自分の身に何が起きたか確認する高いベッドから出て姿見に向かう為に体を起こす。
「あれ?いつもより視線が低い…?」
ベッドの上に座っているとは言え、いつもより視線が低い様にも感じる。そして。ふと、自分の体を見下ろすと俺は驚きのあまり声を失ってしまった。
俺の視線の先にはぶかぶかになったパジャマが下にずり落ち、白い肌と薄いピンク色をしたぽっちが見えている。パジャマから抜いて目の前に持ってきた手は秋穂の手よりも小さい。
「え?何が起きたんだ?」
とりあえず、全身を確認する為にベッドから出て姿見の前に向かおうとした時。パジャマのズボンに足を取られ盛大に転けてしまう。
「ふみゃっ!?い、痛い…」
俺らしくない悲鳴をあげたばかりか転んだ時に床にぶつけた鼻が痛くて涙が出てきてしまう。
「うぅん…。あなた。起きてるの?」
俺の隣で寝ていた沙織が目を覚ましたらしい。
俺は沙織の声に驚いて動きを止めてしまう。
「あなた…?え…?だれ?」
沙織の言葉にゆっくりと俺は振り向き沙織と視線を合わせる。
「し、信じてもらえないだろうけど、俺だよ沙織。智弘だよ」
沙織は俺をまじまじと見つめてくる。
「うーん。智弘の誕生日と私の誕生日。それと秋穂の誕生日と私達の結婚記念日は?」
沙織の矢継ぎ早な質問に俺は1つ1つ答える。
「俺の誕生日は4月15日で沙織の誕生日は7月21日。秋穂の誕生日は6月3日。俺と沙織の結婚記念日は2月14日」
答え終えると沙織は目を見開くが、すぐに表情を引き締める。
「全部正解ね。……それじゃ。私の体にあるほくろの位置は?」
沙織の体には普段は服に隠れて見えない位置にほくろがあり、これの場所を知っているのは沙織の両親と秋穂。そして、裸を見たことのある俺だけだ。
「お尻の右側」
俺が答えると先ほどよりも大きく目を見開く。
「せ、正解。まさか。本当に智弘なのね」
家族しか知らないほくろの位置を言い当てた事でようやく信じれくれた様だ。
俺はベッドに腰掛け、目の前にはしゃがみこんで俺に視線を合わせる沙織がいる。
「なんでまたそんな事に」
沙織はそう呟くと俺の体を見回す。
「わ、わからないけど、起きたらこうなってたんだ」
どうやら、俺の体は子供のしかも女の子の体になったらしく、沙織は5歳か6歳の女の子に見えると言っている。
「うーん。元に戻るの?」
「わ、わからない」
沙織の言葉に俺は首を横に振りながら言う。
「そっか。こうしてじっくり見てみると秋穂に似てるわね。鏡見てみる?」
沙織の言葉に頷き姿見の前に立ち、鏡に映る自分の姿を見て俺は息を飲む。鏡の中には肩まで伸びた黒髪に玉子型の顔。つり目がちの二重まぶたに茶色の瞳で小さな鼻と口の贔屓目に見ても可愛らしい幼い少女がこちらを不安げな目で見ていた。
「これが…。俺…?」
確かに沙織のいう通り秋穂が6歳くらいの時に似ていて、違うのはタレ目がちな秋穂に対して俺はつり目がちという点だ。
「ええ。これが今のあなたよ。可愛らしいわね」
沙織の言葉に恥ずかしさで顔を赤くして俯いてしまう。
沙織と話している内に7時をまわっていたようだ。
「あ、秋穂にはなんて説明する?」
「ありのまま説明するしかないでしょ」
沙織は信じてくれたが、秋穂は信じてくれるかわからない。不安で目が潤んできた。
「大丈夫よ。きっと信じてくれるわ」
微笑んで言った沙織は俺の頭を優しく撫でる。頭を撫でられた俺は不思議と落ち着き少し溢れていた涙を拭うと寝室から沙織と一緒に出てリビングに向かった。
リビングの前に着くと沙織は俺をリビングの外で待つように言い入っていく。
「秋穂。おはよう」
すでに起きてアニメを観ているらしい秋穂に沙織が声をかけるのが聞こえる。
「おはよう。お母さん。お父さんはまだ寝てるの?」
「それなんだけど…。実際に見た方がいいわね。入ってきて」
沙織の言葉にゴクリと唾を飲み込みゆっくりとリビングの扉を開けて中に入る。
「え?お母さん。その女の子だれ?」
秋穂は驚いた表情で俺を見ている。
「信じられないでしょうけど、お父さんよ。朝起きたら女の子になってたみたいなの」
沙織に言われた秋穂は最初は驚いた表情をしていたが、みるみる内に笑顔になる。
「あの夢本当だったんだ!あのね!私。お父さんが女の子になって私の妹になってたくさん遊ぶ夢をみたの!」
そう言いながら俺の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねる秋穂。
「信じてくれるのか?」
飛び跳ねる秋穂に声をかけると秋穂は飛び跳ねるをやめて俺に抱きつく。
「もちろん信じるよ!だってお父さんいつも嘘をつく様な奴にはなるなって言ってるから、そんなお父さんが嘘をつくわけないもん」
そう言うと秋穂は俺に頬擦りをしてくる。少し擽ったいがなんだか安心できる。
「信じてくれたみたいね」
「うん…」
信じてくれたのは嬉しいが女の子になったのを喜ばれるのは複雑な気分だ。
「うーん。お父さんはなんでぶかぶかのパジャマのままでいるの?」
秋穂の言葉に俺と沙織は顔を見合わせた。
沙織が押入れの奥に入れておいた衣装ケースから秋穂が今よりも幼い頃に着ていた服を取り出すとそれを沙織に着せられてしまう。
「うぅ…。まさか秋穂が6歳の時に着ていた服が合うなんて…。娘の服で女装する事になるとは」
娘の服で女装していると思うと羞恥で顔が真っ赤になるが男物の服は大き過ぎて着れないので仕方ないと諦める事にした。
「えー。似合ってるのにー。それにお父さん。今は女の子だから女装じゃないよ」
確かに秋穂のいう通り、着替えを終えて姿見の前に立った時。あまりにも似合っており可愛いと思ってしまった。女装に関しても体は女の子だから女装ではないが心の問題だ。
「服はとりあえず、これでいいとして問題は下着よね」
そう。服は取り置きがあったが、下着は捨ててしまっているので残っておらず、今。秋穂が使っている下着は今の俺には大きくてぶかぶかになってしまう。例え。着れたとしても流石に娘の下着は着れないが。
「い、いいよ。下着は。明日には戻ってるかもしれないし」
と言うか戻っていて欲しい。
「戻っちゃいや!お父さんは女の子のままがいい!」
そう言って秋穂は首を振る。
「どうして?」
沙織が優しい声色で秋穂に聞く。
「だってお父さん。毎日。お仕事が忙しくてすごく疲れた顔でお家に帰ってくるし、お休みの日も寝てて私と遊んでくれないもん!女の子のままだとお仕事で疲れる事もないし、お休みの日も私と遊んでくれるから女の子のままがいい!」
秋穂の目からは涙が溢れている。確かに最近は残業と土曜出勤の連続で疲れふらつく足で帰宅して、休日もその疲れを取るために一日中。家で休むから秋穂となかなか遊べていない。
「そ、それはそうだけど…」
秋穂の姿に言葉が詰まる。
「あなたの負けよ。戻れるか分からないんだし、しばらくは女の子の生活を楽しんでみたら?」
どうやら、沙織も秋穂に味方するようだ。俺は諦めて頷いた。
下着は近くのスーパーが9時30分には開店するので、開いたら直ぐに買いに行く事になった。
「それじゃ。お父さんは今日から私の妹だね!」
秋穂の言葉に度肝の抜かれる。
「な、なんで!?」
「だって今のお父さんは私より小ちゃいもん!それに私。妹が欲しかったし」
確かに今の俺は小学4年生の秋穂に比べたら身長も低く、見た目は6歳くらいだ。だからと言って秋穂をお姉ちゃんと呼ぶ謂れはないはずだ。
「お、俺はお前のお父さんだぞ!?」
「今のお父さんはお父さんに見えないもーん」
秋穂の言葉に何も言い返せないのが情けない。
「良いじゃない。明日には戻ってるかもしれないんでしょ?それなら1日くらいお姉ちゃんって呼んであげたら?」
沙織は苦笑して言う。
「はぁ。わかったよ。お、お姉ちゃん」
顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
9時30分になり沙織は俺の下着を買いに車で出かけて行った。
「智子ー。おいで!」
俺を呼ぶ秋穂の声。俺は秋穂の元に向かう。智子と言うのは俺の女の子としての名前で智弘から取った。命名者は沙織だったりする。
「な、なに?お、お姉ちゃん」
俺がお姉ちゃんと呼ぶ度に秋穂はとても良い笑顔になる。それを見た俺は今日くらいは良いかと思い始めていた。
「えへへ。一緒にこれ観よう!」
そう言って秋穂が取り出したのは女児向けアイドルアニメのDVDだ。
「う、うん」
正直。興味は無いが娘のお願いを理由も無く断るのは気がひける。
「やったぁ!」
秋穂は満面の笑顔でDVDをプレイヤーに入れるとリモコンの再生ボタンを押した。
1時間程してDVDが終わる。
「お、面白かった」
「でしょ!今の智子の顔。すっごくキラキラしてていい笑顔だよ」
そう言う秋穂の顔はとても嬉しそうだ。女児向けアイドルアニメがこんなに面白いとは思わなかった。可愛い衣装を着て可愛い歌を歌う主人公の女の子がとても輝いて見え、良いなぁと思うと俺がいる。
「続きも観る?」
「うん!」
秋穂の定案に俺は満面の笑顔で頷いた。
第2巻に収録されている第3話のエンディングを観ている時だった。
「ただいまー」
玄関から沙織の声が聞こえる。どうやら買い物を終えて帰ってきたようだ。
「あ!お母さんだ!いこ。智子」
そう言って秋穂は玄関に向かう。
「待ってよ!お姉ちゃん!」
自然と秋穂の事をお姉ちゃんと呼んだことに気付かないまま俺は秋穂の後を追う。
「おかえりなさい。お母さん」
「おかえりなさい」
俺と秋穂は並んで立つと靴を脱いでいる沙織に言う。
「ただいま。あらあら。すっかり仲良し姉妹ね」
俺が何のことか分からず首を傾げると沙織は俺と秋穂の間を指差す。沙織の指の先を目で追うとそこにはしっかりと握られた俺と秋穂の手があった。
「えへへ。当然だよ!私と智子は仲良しだもん!ね!?」
「う、うん。俺とお姉ちゃんは仲良しだよ」
俺は顔を赤くして頷く。そして、顔を上げると沙織と秋穂がじっとこちらを見ていた。
「だめだよー。智子。女の子が俺っていったら。女の子は私。だよ!」
「そうね。今のあなた…じゃなくて智子が俺って言うのは違和感しかないわね」
そう言うことかと納得する。
「わ、わかったよ。わ、私は女の子だもんね」
私と言うのには別に羞恥はない。社会人なら一度は使うからだ。だが、女の子として私と言うのは少し恥ずかしい。
沙織の買ってきた下着を着た俺は1日中。秋穂と遊んだ。15時には3人で洋菓子店に行って買ったケーキを食べてとても幸せな気分になった。以前の俺は甘い物があまり好きではなく、食べる機会は少なかったのだが、女の子になって初めて食べたケーキの味は今まで食べた物の中で1番の美味しさだった。夕食後のお風呂は秋穂と一緒に入って背中の洗いっこをしたり、シャボン玉を作って遊んだりしてから出た。体を秋穂に拭いてもらい沙織の用意した下着を着る。どうやら、下着と一緒に女児用のパジャマも買ってきていたらしく、可愛らしいクマの絵が描かれたパジャマに袖を通す。
「わぁっ!すっごく似合ってて可愛いよ!智子」
パジャマを着た俺を見て秋穂が手を叩いて褒めてくれるのがすごく嬉しい。
「えへへ。ありがとう。お姉ちゃん」
俺が恥ずかしそうに笑いながらお礼を言うと秋穂が抱きついてきたので俺も抱きしめ返す。
今は21時30分位だが、とても眠く早めに寝る事にした俺は寝室に向かう為にリビングから出ようとする。
「あ。待って智子。今日は一緒に寝よ?」
そんな俺を秋穂が呼び止める。
「え?明日起きたら男に戻ってるかもしれないしけど、いいの?お姉ちゃん」
首を傾げて言う俺に秋穂は笑顔で頷く。
「もちろんだよ!それに男って言ってもお父さんだから大丈夫!」
そんな笑顔で良いよと言われたら断れない。
「うん。一緒にねよ。お姉ちゃん」
俺は笑顔で頷き、秋穂と手を繋いで秋穂の部屋に行き一緒のベッドに入る。
「おやすみ。智子」
「うん。おやすみなさい。お姉ちゃん」
そうして俺は目を閉じ眠りについた。
私が女の子になってからちょうど1年が経った。結局。男に戻ることはなかったが今はそれで良いと思う。
「ただいま。秋穂。智子」
買い物を終えたお母さんが帰ってきたので、私とお姉ちゃんは玄関までお出迎えに行く。
「おかえりなさいお母さん」
「お母さんおかえり」
私とお姉ちゃんは手を繋いで声を揃えて言う。
「そうそう。里奈ちゃん来てるわよ。智子」
里奈ちゃんは私の小学校の友達だ。男だった私。つまり智弘は仕事の疲れか失踪して行方不明と言う事にした。収入に関しては沙織…お母さんがそこそこ人気のある喫茶店を営んでいるから不安はない。そして、私の戸籍は市長だった沙織の父親。前の私の義父で今の私のおじいちゃんに頼み込んで作ってもらった。最初は信じてもらえるか不安だったが、なぜか簡単に信じてもらえ内緒で作ってくれた。そして、今年の4月から私は女子小学生としてお姉ちゃんと一緒に学校に通い、そこで里奈ちゃんと友達になった。
「ほんと!?遊びにきたのかな?」
時刻は13時過ぎだから遊びに来たときしても不思議じゃない。
「お姉ちゃんも一緒に里奈ちゃんと遊ぼうよ!」
「うん!3人で遊ぼう!」
私とお姉ちゃんは靴を履くと外で待つ里奈ちゃんの元に駆けて行った。
私はつくづく思う。女の子になってよかったと。お姉ちゃんの妹になれて良かったと。だって、お姉ちゃんと一緒にアニメを観たりお風呂に入って洗いっこをするのがすごくすごく楽しいからだ。お父さんがいきなり女の子になっても受け入れてくれて、毎日。遊んでくれるお姉ちゃんが私は大好きです!