三.人生は何が起きるか分からない
ダメ人間ライフを満喫する竜馬であったが、彼が12の時、転機が訪れることになる。
竜馬の母である幸が病死したのだ。
元より体の弱かった幸は、竜馬が12歳になった年に病に倒れ、そのまま回復することなくこの世を去った。
竜馬は泣いた。
そんじゃそこらの大泣きではない、体中にある水分全てが両目から流れ落ち、干からびんばかりに竜馬は泣いた。
幸は年の離れた末っ子の竜馬を大層可愛がっており、竜馬もその愛に甘えていた。
『最愛の母の死』
その重さが幼い竜馬の心に圧し掛かる。
竜馬を信じてやまなかった乙女もこの時ばかりは流石に焦りの色を見せた。
(だ、大丈夫やろうか? このまま竜馬はつぶれてしまわんやろうか? ・・・い、いやいやいや! 竜馬は文字通り竜と馬の両方の特性を持つハイブリット小僧! 心配するだけ野暮じゃ!)
乙女の焦りは、ほんのわずかの間だけであった。
彼女は竜馬を信頼していた。
『何があろうと竜馬を支え続ける』
これは竜馬の名付け親であり、竜馬の実の姉である自分の使命だと理解していたからだ。
そして、竜馬は姉である乙女の期待に見事に応えることとなる。
母の死より数か月後。
ようやく母の死を受け入れた竜馬は、近所にある小栗流の道場を持つ日根野弁治の元に通うことになった。
悪い意味で有名人の竜馬を見た日根野は、
(あ~これはダメそうやな。噂通りのポンコツ小僧のようだ。)
と、腑抜け面の彼を見て思わずため息を吐いてしまった。
初対面の人間に対し失礼極まりない動作であるが、竜馬は全く気にしなかった。
今まで、「ダメよ、ダメよ、あの子はダメよ~ん!」と言われ続けた竜馬のメンタルは尋常ではない。
周囲の目を気にすることなく竜馬は道場へと通い続け、一心不乱に剣を振った。
飽きることなく、めげることなく、弱音も吐かず、彼は己の腕を磨き続けた。
するとどうだろう?
道場に入門した当初はフルボッコにされていた彼であったが、見る見るうちに腕を上げ、齢14になるころには道場屈指の剣術家へと成長した。
『健全なる精神は健全なる身体に宿る。その逆もまた然り。』
健全なる身体を手に入れた竜馬は健全なる精神も手に入れていた。
竜馬の顔つきはキリッと引き締まった顔になり、以前のような腑抜け面は影をひそめた。
そしてやがて、城下にこう言う評判が上がった。
『竜馬は強い!』
新生『坂本竜馬』誕生の瞬間である。