一.竜と馬
天保6年11月15日(1836年1月3日)。
この日、土佐(現在の高知県)の坂本家に1人の男児が生まれた。
その男の子は不思議なことに、背中一面に旋毛(=うずまきになった毛)が生えていた。
その背中を見た、子の両親は、
「なんじゃこの子は?馬でもないのに鬣が生えちょる。こりゃ何とも奇怪じゃ。」
とケラケラと笑った。
それにつられて笑う家族一同。
しかし、1人、笑いもせず、真剣な表情で生まれた子を見つめる女の子がいた。
「父上!この子は奇怪な子じゃありません!!私の可愛い弟です!!!」
そう言葉を発したのは一月後、4歳になる『乙女』という名の女の子であった。
乙女は家族の皆が生まれた子をケラケラと笑うのが子供心に気に入らなかった。
というのも、子供が生まれるのを一番楽しみにしていたのは彼女だったからだ。
誰よりも、誰よりも楽しみにしていた。
そして今日、ついに子供が生まれたのだ。
しかし、家族は生まれた子をケラケラと笑った。背中に毛が生えているからという、しょうもない理由でだ。
『弟を馬鹿にされて黙っている姉がどこにいるか!!』
3歳ながらにしっかり者の姉は、笑う家族にこう告げた。
「この子は馬であり竜じゃ!馬の様に素早く駆けて、世界を飛び回る竜じゃ!この子を笑うな!!!」
「本当に3歳の子供かよ!」という野暮なツッコみは無しとして、この言葉を聞いた乙女の家族たちは笑うのを止めた。
笑うのを止めた家族に乙女が言葉を続ける。
「・・・背中に毛が生えているのは正直私も面白いです。でもそこまで笑うのは可愛そうです。」
「うむ。確かにそうだな。・・・にしても馬であり竜か。・・・乙女よ、お前も中々面白いことを言うの。」
父親の『八平』は、今度は馬鹿にした笑いではなく感心した笑い声を上げた。
そして、「ふふふ。」と一笑いした後、乙女と家族の皆に対してこう述べた。
「・・・『竜馬』じゃ。乙女の願いを込めて、この子の名前を『竜馬』とする。・・・皆はどう思う?」
姓と名を合わせて『坂本竜馬』。
父より名を聞いた家族は皆、「ひゅー!かっこいい!!」と大いに賛成した。
皆がワイワイと喜び笑う中、乙女は竜馬に近づき、彼を優しく抱きかかえた。
「竜馬・・・これから私がお前を強く育ててやる。強くたくましい竜と馬のように。」
傍にいた母の『幸』にも聞こえるように、ハッキリと乙女は宣言したのであった。
この物語は、後に『幕末の風雲児』と呼ばれる坂本竜馬の生涯を描いた物語。
馬の様に素早く駆け抜け、動乱の時代を自由気ままに飛び回った竜の物語。