世界Ⅲ
コチ…コチ…コチ…
揺らいでいる
たゆたゆと雲の上を佇むように
いや、ここは雲の中だろうか
視界の全てが真っ白で、目を開いているのかも、閉じているのかも分からない
ふと、左手を何かに覆われる感触
はじめは小さく、やわらかい
さらにそれを覆うようにか細く、しかし力強い
共に優しくて、そしてあたたかい
そのあたたかさに包まれて、そっとその手を握り返す
◆◆◆
ベッドに横たわったまま、左手をかざし見上げる。壁に掛かった古時計の針は朝の6時を差している。
ベッド脇に設けられた木製の窓からは目を細める程の陽光―。
何の変哲も無い、穏やかな朝の目覚め。
俺はベッド脇に足を下ろして、しばらく虚空を眺める。
コンコンとノックの音―
「おはようございます。勇者さん」
「おはよう…開いてるから入ってきなよ」
両手で覆うようにカゴを抱えて、彼女が部屋へ入ってくる。
「今日もぴったり6時にお目覚めですね」
彼女はクスっと笑ってみせる。
「ああ…そうだね」
そう言って俺は、枕元の懐中時計を手に取る。
( ごめんな )
「朝ごはん出来てますから。あ、それと昨晩は暑かったですからシーツ、替えておきますね」
「ああ、いつもありがとう」
そう言いつつも、ベッド脇から動こうとしない俺を、困惑した表情で彼女が見つめる。
( 少し、やつれたな )
「……どうしたの?」
( ごめんな、ずっと気づかなくて )
俺はゆっくりと腰を上げ、彼女の前に立った。
( 俺はずっと自分の事ばかりで、君たちの事をちゃんと見ていなかった )
「一緒に、どうかな?」
「え?」
左手の懐中時計をギュッと握りしめる。
時を刻む鼓動が全身を巡る。
…コチ…コチ…コチ
「今日は天気が良いから、みんなで一緒に朝食を食べないか?」
彼女は少しだけ目を細め、いつものその笑顔で、俺を優しく包んでくれるあの笑顔で「はい」と言って、小さく微笑んだ。
…コチ…コチ…コチ
大丈夫
ちゃんと帰れるから。
その先が、また繰り返しの『毎日』でも、
大丈夫
またこの懐中時計が導いてくれる。
左手に視線を落とす。
真鍮製の裏盤面に刻まれたメッセージ。
…コチ…コチ…コチ
帰るべき証は確かにここにある。
『 To my dear Dad
Thank you for everything
You are my hero
―Misaki・Keito 』
最後までお読み頂きありがとうございました。