契約書の文面にご注意ください
引き続き、読んでいただきありがとうございます。さて、ラスト。
予想はついてる? そう、正解ですとも!
季節は二つ過ぎ、とうとう冬がやってきた。
尋常じゃなく、寒い。
辺境の村も大概だが、この駐屯地は村よりもずいぶん寒い地方にあるのか、はたまた、高山地帯にあるのかは分からないが、ひたすら寒いのだ。
村にいるより、確実に薪を燃やしているのに隙間風がひどくて、足もとから凍える。
スケルトンの使用人が色々布の類を持ってきてくれたけど、私が欲しいのは狼人の毛皮だ!
そう言いたいが、「狼人の毛皮」っていう単語は習ってないし、「狼人・皮・持ってくる」って書いたところで意味が分からないだろう。皮はぎ虐殺指令か?ってなるだろう。
どだい、スケルトン使用人たちに皮膚の感覚機能はない。おまけに受容体もない。
だから寒さなんて感じない!
考えるな、感じろ!と叫びたい。
何が問題って、ここ数日、スケルトン隊長が部屋に来ない。
隊長は辺境の村を多く抱える地域の管理者らしく、担当区域がかなり広いようだ。
特に任務内容を話すことはないけれど、三日は来られないから宿題を出す、と言ってかなりの量の課題がしばしば出る。
今回も、その調子で、机には読まなきゃいけない本や、写さなくてはならない事典が積んである。
が、寒くてペンは震えるし、顎の骨は始終カチカチいうし、進むことがない。
そして、まずいことに、悪寒がしてきた。
私は丈夫な方で、ストレスにも負けないけれど(なんたって現在住んでいるのはニワトリ足の着いた骨屋敷だ)、寒さには弱いのだ。
ただでさえ寒い冬なのに、風が強い。
聞いたところによると、風速1メートルにつき、体感温度は1度下がる。
この部屋が何度かはわからないが、感覚は氷点下だ。
暖炉はあるが、一つしかない。
前を温めれば、背中が寒い。背中を温めれば、額が痛い。
布団に入ったところで、芯から凍えていて、さらに冷たい棺に横になりたくない。
「ううー、隊長、早く帰ってきて・・・」
なるべく隙間風をふさごうと、家具を壁に寄せたり、ラグを扉の下に押し込んだりしたけれど、意味がない!
天井から雪が降って来たんですけどーーー!
せめてどうにか暖を取ろうと布にくるまって火のそばにいくのだが、風で炎は大きく揺れる。
『火の取り扱いには注意してくれ。焼け死にたいなら別だが』という、初期に言われた隊長の言葉がよみがえってくる。
骨はかなりの高温じゃなければ焼けきらないから、この屋敷は無事かもしれないけれど、私は火事になったらおしまいだ。
仕方がないので、すこし火から離れると、すぐに寒さは私を捕まえにやってくる。
おばあちゃんの『冬の日に外で寝るな!寝たら死ぬぞー!』という忠告が聞こえたような気がして、私は必死に睡魔と戦った。
が、無理だった。
ごめん、ばーちゃん、人は三大欲求には勝てないってことだよね・・・
ゆっくり、ゆっくり、私は夢とうつつを行き来した。
『おい、ナオミ、おい!!』
と、隊長さんの声がしたような気もしたけれど、とにかく眠くて仕方なかった私は、返事をしたような、しなかったような・・・
・・・あれ?おばあちゃんが手を振ってる。
・・・あ、お母さんがいる。
おばあちゃんは、黒い髪、黒い目をして、小柄な人だった。
とんでもなく強かったし、かなりめちゃくちゃで自由奔放な性格だった。
お母さんはそれを反面教師としてまじめだったけれど、かなり不器用だった。
お父さんはそんなお母さんの不器用さがほっとけなくて一緒になったって笑っていた。
おじいちゃんは、覚えていない。
お母さんが生まれる前に死んでしまったらしい。
おばあちゃんは、おじいちゃんと住んでいたところの思い出が強すぎて、逃げるようにお母さんとジェ・スルッテンヤーレンに来たと言っていた。
男神の地でおじいちゃんを亡くしてしまったから、女神の下で生きることにしたと言っていた。
おばあちゃんは文字も書けなかったし、読めなかったけれど、色んな不思議なことを知っていた。
どうやって風が吹くのか。どうして雪が降ってくるのか。
教会の神父様とは全然違うことを言っていて、だから、おばあちゃんは皆には秘密だよ、と言ったのだ。
決して、言ってはいけないと。
言ってしまったら、私たちはここには居られなくなると。
おばあちゃんが死んでしばらくして、お父さんとお母さんも一緒に事故で死んでしまった。
私が辺境の村でなんとか家と畑を一人で切り盛りしていけたのは、おばあちゃんが色々教えてくれたからだと思う。
でも、一人で寂しかった。
魔物たちが近くに来ていることも、私は知らなかった。
誰も私に教えてはくれなかったのだ。それを恨んではいない。誰もが、誰かが私に伝えただろう、と思っていたのだと思う。
私には言ってはいけない秘密があって、あんまり村の人と話をしなかったし、父譲りの茶色い髪をしてはいても、黒い目は異質だったのだ。
時々、金物屋さんのおかみさんの青い目が羨ましかった。でも、この目の色はお母さんの色。この目の色はおばあちゃんの色。
隊長さんの黒い髪の毛にほっとした。
今でも黒い色は魔物の色としてあんまり好まれていない。たぶん100年前はもっと差別があったのだろう。
だから隊長さんは自分の顔が嫌いだったのだろう。
容姿について何も言うなと口止めしたように。
私には黒は懐かしい色なのに。でも、目は前髪で隠せても、髪は伸ばしても色は変わらないから。
黒い色は嫌いで、生まれ変わって、骨の色しかなくて、全身真っ白で、安心した?
どこにも、過去の自分の色がなくて、うれしかったの?
骨の色は、白い色。
白という言葉を作るときに、おばあちゃんの生まれたところでは、変わらない白いものってなんだろうって、王様は部下に聞いたんだって。
雪はどう?
だめだ、汚れる。
布はどう?
だめだ、染まる。
雲はどう?
時とともに変わってしまう。
変わらない白は骨の白。
汚れないし、染まらない。変わらないし、どこにでもある。
貴方にも、私にも。
髪の色は違っても、目の色は異なっても、肌の色は一致しなくても。
貴方は教えてくれたよね、文字が読めること、書けることは身を守ることだって。
私もわかった。本を読んで、この世界にどこにも逃げ場がなくっても、本を開けば、そこに誰にも邪魔をされない世界があるって。
知識は誰かに伝えてゆくものだって。
紙の白と、インクの黒には、体の色は反映されない。ただ、誰かに伝えたい思いだけが残っているんだって。
そこに色はないんだって。
ただ、心で思い浮かべる色はある。
私の白は骨の白。きっと、もう、この先、白をみれば隊長さんを思い出すよ。
青を見れば、隊長さんの目を思うように。
火を見れば、たくさんの蝋燭の色を。そして、骨の匂いも。
蝋燭の匂いが骨の匂いなんて、おばあちゃんでも教えてくれなかったのに。
でもさ、やっぱりちょっと、知りたくなかったな。
この冬が終われば、契約も終わる。私は先生をなくして、また誰ともあんまり話さない日々になる。
貴方は元人間で、魔物で、骨は一緒だけど、やっぱり魔物で・・・冷たくて・・・
あったかい?
あれ?なんだか、ちょっとあったかい。
あれ?
なんだか、生きてる音がする。
なんだろう。
このあったかさって、そう、冬の日におばあちゃんが抱きしめてくれた温かさ。
お母さんが慰めてくれた時の暖かさ。
お父さんが背負ってくれた温かさ。
家族の、あったかさだ。
と、いう、幸せな夢から目覚めたら、そこに、美形がいるとかね。
なんか、やたらとあったかいなあって思ってたんですよ。
ええ、なんとなく、夢から覚める時にわかるじゃないですか。
なんか、いるんじゃね?って。
「えーっと、この状況って、人命救助であっていますかね?」
私は目の前のスケルトン隊長(肉と皮付きバージョン)に向かって言った。
あんまり意識したくないけど、これ、おばあちゃんが言ってた、雪山で遭難した時に他に人がいたならこうしろ、って言うサバイバル術の一つですよね。
ちなみに、一人の時は雪に穴を掘って、小さな空気穴を確保しつつ、体温で雪洞内の空気を温めろ、でした。
枯草的断熱材があるなら、なお良し。
空気って大切ですよね。
「お互いの人命救助だな。契約者を命の危機にさらしたら、私の命もなくなる」
「あ、なるほど・・・お手数おかけしました」
あれ?肉がついたら血液循環であったかくもなるんだろうか?
「私には血はない。この体温は魔術による熱量だ」
あ、魔物は骨や肉はあっても、血も涙もない、と。
「涙はあるだろう、ゼヌもよく泣くが、ゴランも・・・オーガだって泣く。戦争中に泣いている場合じゃないからな。漏らしながらでも、戦ってるだけだ」
あー、ちょっとうすうす気づいてましたけど、隊長って、貴族様の割には時々勢いよく、ざっくりした表現使いますよね。
「生まれ変わってからは、ずっと戦場育ちだからな。別に身分を詐称しているわけじゃない。お前もそうだろうが」
あ、やっぱりばれました?
私も、隊長さんが後で律儀に紙に写してくれた契約書読んでて気が付いたんですけどね。
契約書、『勇者の子孫であるナオミ・ホワイトハート』って文言になってましたよね。
自称でいいからっていうのは確かに話してはいたけれど、契約の神が重視するのは事前交渉ではなく、契約文章。
契約文章に自称でいいとは、書いていない。
そのざっくりした表現って、契約の神と契約するとき、色々と駄目ですよねー。
ちょっと黙る美形。たぶん、裸体。
うわー、ちょっと、彼氏ナシ、兄弟なしの16歳の乙女には刺激がきついっす。
考えるの、やめよ。
っていうか、あれ?
私、さっきから所々しゃべってないよね?
「・・・低体温症で危険な状態だった。生命力を契約線でつないだ回路から入れているから、思考もつながる」
思考も?つながる?
「ちょっと、今のなしーーーー!!」
私の絶叫が骨の城に響いた。
「命の安全と、身の安全は保障したが、精神状態までは契約書の中に入っていない。あと付け加えると」
貞操の危機も、補償範囲外ってことだとささやかれたのは、聞かなかったことにしたい。
なにこれ、ちょっと私の横に、魔物がいますよ。
狼の皮もかぶってないくせに!スケルトンのくせに!
命の危険の次がこれって、展開早すぎませんか?心の準備も、ロマンもないよ。
「身の安全に、含まれているはず!絶対無傷!!傷物許可設定は受け付けていません!」
布から出ようかと思うけど、自分の裸体を視線にさらすのは嫌だ。
もう、骨になってください。
「傷物になったら、責任取るとかじゃないか?新たな契約にすれば、『契約更新しない』には当てはまらない」
そりゃ・・・と詰まってしまったのは、たぶん、顔をまともに見てしまったからだ。
ううう、その表情はずるくないですか?
イケメン、反対!それは視覚と判断力への暴力とみなしたい!
「時代は変わるものだな。100年たったら人の美意識も変わるとは。私の時代は、男女ともにふくよかさが美形の第一条件だったんだが」
ああ、飢饉的な世相だと、豊かさ=ふくよかさ=美しさなところあるよね。
って、え、なにそれ、つまり黒髪コンプレックスで容姿に言及するな、じゃなくて、単純な美醜基準に対する引け目なの?
「ちっちゃい・・・器がちっちゃい!!あんた、ちっちゃい男だわー!ええい、私の共感を返せ!」
叫んだ私は悪くないと思う。
そういえば、おばあちゃんが「男に変なことされそうになったら、ちっちゃいって言い切れ!」って、親指立てて教えてくれたけど、100年前の男性にはあんまり通じなかったみたいです。
「ていうか、いつも淑女って言ってるくせに、なんなのさ!」
と言ったら、「男から手を出すものだろう?」と真顔で言ったので、今、現代において夜這いは合法じゃなくなっていることを真剣に伝えたい。
まあ、最終的にいえば、私の契約は更新されず、新規契約になりました。
それで、どうして魔王様が勇者の子孫を探しているかと聞いたなら、勇者の遺伝子を取り込んで軍事力アップにつなげる作戦の一環だったらしい。
「え、ちょっと、この新規契約って、つまり、セルヴァンの職責の一環・・・?!」
そこに愛はあると信じたいんですけれど。
まあ、寒がりな私のために、寝室が風が入ってこなくしてくれたり、寝るときは肉を身に着けてくれたりしているので、愛はある・・・よね?
「出世欲と、肉欲ってことないよね?」
『教え子とのいけない夜』とかいうタイトルの本を本棚の後ろから見つけたことについて、今現在、小一時間ほど、問い詰めたい。
「ちょっと、場合によっては殴りたいから、肉付けしてくれます?旦那様?」
■ END ■
契約魔法は見たことない設定ですけど、それ以外の魔法はおばあちゃんのを見ています。あんまり強くないけど、戦える子。だから、きっとメリケンサックの作り方も知ってる。
読んでいただき、ありがとうございました。