年給・麦30袋で契約します
短編の分量にしては多いような気がしたので分けました。
「いいかぁ、よっく聞けー、この村にいる勇者の子孫とやらを出せ!隠し立てしても無駄だ!こっちは村人皆殺しにしてもいいんだからな!村長とやらを呼んで来い!」
目の前の狼人は巨大なシミターを突きつけながら叫んでいた。
狼人の後ろには、ゴブリン、コボルトが立ち並び、奥にはずらっとスケルトンたちがひしめいていた。
総勢、100は超えているかもしれない。
辺境のこの村では自衛手段など、鍬か手斧くらいで、第一に戦える人などいない。
この村は、終わりだ・・・村人の誰もがそう思い、目の前の魔物の群れに抵抗しようなどという気力などまったくなかったのだろう。
だが、しかし。
「あの・・・この村に、勇者の子孫なんて、いませんけど・・・」
私は、目の前の突きつけられたシミターに震えながらも必死で言葉を押し出した。
村長はこの村の最年長で、御年76歳。辺境の村でこれだけの長寿は珍しいが、思考力は年相応だ。たぶん、返事はできないだろう。アルツハイマー的な何かで。
っていうか、家から出てこないだろうし。
それに、あれだよね、今、たまたまタイミング悪く私がここにいるけど、他のみんな、逃げちゃってるよね。
抵抗しようって気力?
魔物の姿を見て、条件反射的に逃げるのが辺境の開拓地で生きるものの知恵ですよ。
「ああん?言い逃れしてんじゃねーよ!いいかあ、こっちはちゃんと調べがついているんだからな!ジェ・スルットヤーレンの村に勇者の子孫が潜んでいるってことはな!」
シミターを引っ込めると、代わりに懐から羊皮紙とおぼしきものを取り出して、狼人は私に突きつけてきた。とりあえず、私には学がないので読めません。
「えーっと、ここはジェ・スルッテンヤーレンです。スルットヤーレンではありません。その、村違い、では?」
私の突っ込みに、ちょっと黙っちゃう狼人。片目を眼帯で覆っているし、顔にかなりの傷があるからそれなりの迫力なんだが、黙っちゃった後、へにょっと垂れた黒耳が可愛い。
そして、そそくさと魔物の群れに帰っていく狼人。
「え、ちょっと、なんだよ、これ。指令書、違っちゃってるじゃん」
「いや、大体、ヒト族の村の名前、わかりにくいんだって。ジェ・スルッテンヤーレンとか、ジェ・スルットヤーレンとか、ジグ・スルッテンヤーランとか。なんなの、ほんと。もっとわかりやすくしてほしいよな」
狼人のささやきに、愚痴るように答えるゴブリン。
ちなみに、ジェというのは「~に捧げられた」という意味でスルッテンは「女神」である。スルットは「男神」で、ヤーレンは「第2」、ヤーランは「第3」、あと、ヤーソンは「第5」だったりする。
確かに響きは似ているだろう。なんせ、辺境の村なんて開拓地の最前線。歴史なんてありはしないし、便宜上つけられた名前が定着しちゃっただけなのだ。
「ええー、ちょっとこれ、どこからきてんの」
コボルトが指令書と思しき紙をひったくって末尾のサインを見る。
「第八文書隊のゴランじゃん!だめだよ、オーガは書類仕事に向いてないって、なんで上はわかんないかなぁ。脳筋に文書仕事なんて無理!適材適所って言葉、知ってる?!」
「いや、俺に言われてもさ、とりあえず、隊長に聞いてみないと」
コボルト(口調から女性?)の剣幕に、尻尾を脚の内側にしまいながら狼人はそそくさと隊の奥に向かっていった。
言ってはいけないのかもしれないが、どうみてもコボルト(犬人)の方が精神的上位に立っている気配が感じられる。
「セルヴァン隊長ー、ちょっとトラブルがー」
狼人が叫ぶと、ゴブリンやコボルトの黒い群れの奥、ずらっと並んだ白いスケルトンたちが一斉に動いた。
『ヤー!』
と叫ぶと(あれ?スケルトンって声帯あるの?)、ざっとスケルトンの群れの真ん中に一本の道ができた。
左右に分かれたスケルトンの群れの奥から、古めかしい貴族服と思われるものを着込んだ骨人が現れた。
「どうした、ゼヌ?」
意外といい美声で骨人が狼人を呼ぶ。
「ちょっと、隊長、この指令書間違ってますって。この指令書だと…なんだっけ、イリーナ?」
振り返る狼人に、
「第17軍隊管轄区域!」
と叫ぶコボルト。
「あ、そうそう17分署のところっすわ。うちの管轄じゃないのに間違って指令が来たみたいです」
狼人の言葉にちょっと首を傾ける骨人。たぶん表情筋がないから動作で表現する癖がついちゃってるんだろうなーとさりげなく観察しながら私はゆっくり後ずさった。
運悪く、ここにいたから答えた(っていうか、第一村人の立場になった)だけで、本来私は学もなければ親もない、身内もなければ、美貌もない、ないないづくしの平凡村娘なのだ。
今回、うすうす感じながらも見ないふりをしていた「運もない」が確定しそうな状況だが命まで失くすわけにはいかない。『命もない』・・・笑えない。
「指令を受け取ったのは誰だ?」
という骨人隊長の言葉に一斉にカタカタ首を振るスケルトン部隊と、ぶんぶん首をふる肉付き部隊(コボルト隊+ゴブリン隊)。そしてこそこそ囁きだす狼部隊。
「ああ……早退したテッドだよな・・・」
「奥さんが産気づいたっていう情報のすぐ後にきた指令書だったから・・・」
「あいつ、初めての子供、3歳で失くして、それからようやくできた子供だったからな・・・」
おい、テッドの個人情報ダダ漏れですがな。しかも、ちょっと重いよ。
「確認ミスだな」
つぶやくスケルトン隊長の美声に、ざわりとゆれる狼部隊。
「え、この場合、どうなんの?」
「百人部隊長まで出てる事態だし、これ、魔王近衛部隊から回ってきた指令書だろ。テッドも、ゴランも・・・降格?え、クビ?」
「いや、テッドもそうだけど、ゴランってようやく出世して第八文書に移動だろ?もう前線にでなくていいって、病気がちな母親のそばにいれるって喜んでたじゃん・・・」
「俺、あいつがこれで妹の結婚資金を貯めれるって泣いて喜んでたの、聞いた」
「それ、俺も聞いた・・・」
じんわりとなにか微妙な空気が部隊を包み始めた。
なんだか、色々と聞いてはいけない内部情報が飛び交っている気もするが、私には関係ないはずだ。そもそも、第一村人の役割なんて、本来『やあ、旅人さんかい?ここはジェ・スルッテンヤーレンの村だよ』って言うことくらいだと思う。
「隊長・・・あの、テッドは・・・」
恐る恐る、骨人をうかがう狼人。
まあ、骨人の顔色なんて窺っても、年がら年中白一色にしか見えないけど、魔物の黒い目では補正がかかって認識できるんだろうか。うーん、私にもわからない。白いなー、くらいの感想しかない。
「この指令書では『ジェ・スルットヤーレンと呼ばれる村にいるという勇者の子孫を捕らえよ』と書かれているだけだ。勇者の子孫がこの村に逃げてきた可能性もあるはずだ」
いきなり、落ち着き払いながら何を言い出すんだろうか、この美白スケルトン隊長は。
「そして勇者の子孫であるという判断は我々にはできない。つまり、「勇者の子孫」だと名乗る人間がいればいい」
なんか、隊長さん、こっち見てません?
その虚ろな眼窩は空洞ですけど、めっちゃ視線を感じるんですけど。
「えーっと、つまり、勇者の子孫って言ってる人間がいれば、万事うまくおさまると」
コボルトがちらっちらっとこっちを見てる。そしてツンツン狼男の裾を引っ張る。
いぶかし気にコボルトを見た狼人は、一瞬遅れて、はっとこっちを見る。
やめて、見ないで。
「ええっと、この村に勇者の子孫なんてイマセンケド・・・」
私は100の魔物の視線を避けて地面に向かってつぶやく。
地面っていいね、目がないから。安心するし、ほっとする
今日ほど、自分の前髪を、がっつり長く伸ばしていて良かったって思う日もなかったよ。
視界が遮られてるって、精神的な安全地帯だなあ。
「なーんか、勇者の子孫の匂いがするなー、私の鼻がそう言ってる」
コボルトが空を向きながら呟く。
「ああ、俺も気が付いていたぜ。なんせ、真っ先に目についたからな」
狼人がなんか近づいてくる。
「魔王様は使えない人材の首を切るのが好きなのだ。老いた母親や妹が頼もしい身内をなくし、子供を亡くした母親が赤子を抱えて、今度は夫をも亡くしてしまうかもしれんな・・・」
骨人(美声)がなんか語っていますが。ちょっと、それ、設定おかしくない?そういうのは魔王軍で生贄を選ぶべきじゃない?
首を切るって物理ですよね、そうですよね。そんな中に戦闘能力ゼロの村娘を突っ込んだところで、私、確実に死にますよね。関係ない人間を身代わりにって、なんて理不尽、ヒトデナシー(魔王軍)!
「私、ただの村人なんで、祖父も父も由緒正しい開拓民ですけど・・・」
「安心しろ、身分詐称は容疑者の常套手段だ。たとえ本物の勇者の子孫だろうと答えは同じ。つまりその答えを出したところで、嘘をついていると思われるだけだからな」
嫌だ、このスケルトン隊長、笑ってる!表情筋ないのに、なぜかしっかり伝わってくる!
「細かいこと、気にすんなよ、お前がちょっと『勇者の子孫』って言ってくれれば丸く収まるんだ」
ポンッと、肉球を乗せて狼人が笑って言う。
「この村も救える。優しいオーガの息子も救える。子煩悩なワーウルフも救える。もう、あんた聖女の素質あるって。つまり勇者の子孫だよ、自分では気づいていないだけ」
優し気に諭すように言わないで、コボルトさん。
「たった一言。それだけですべて救われる。俺たちも給料、減らされない」
本音、ダダ漏れだから、ゴブリン!!
ちょっと、やだ、なにこの魔王軍、ぐいぐい脅してくるけど、私関係ないよね?
助けて、おばあちゃん!!(故人)
「ふむ・・・タダでは動かない、か。自己犠牲精神の低い娘だな」
あきれたような声がしますが、自己犠牲=リアル生贄(死亡)。
そんな精神、犬にでも食われてしまえばいいと思います。辺境で孤独に生きる人間のサバイバル精神なめんな。
「なら、聞こう。村娘よ、お前、時給いくらだ?」
スケルトン隊長は懐からなんだか重そうな袋を取り出して振って見せた。
じゃらんじゃらんと金色っぽい硬貨の音がする。
「ジキュウって、なんですか?」
文脈からしてお金に関係しそうな感じだけど、ちょっとよくわからなくて私は首をかしげた。
「時給制じゃないのか、じゃあ、日給・・・月給、か?」
月給っていうと、あれだ。村長の孫娘のミーナさんが町でもらっているお金の単位だ。
「えっと・・・この村はほぼ、自給自足なので、月給いくらとかはなくて。しいて言うなら、一年で麦3袋くらい?」
「安っ」
コボルトが叫ぶ。
失礼な、身寄りもない辺境の村の娘なんてそんなもんだよ。親の残した畑を維持していくので精一杯です。
学がないから、ミーナさんみたいに町でも働けないし。
「じゃあ、1年で麦30袋でどうだ?条件は勇者の子孫を名乗ること。別に嘘はついていない、そんな気がするっていうだけでいい。命も身の安全も保障する。衣食住はこちら持ち、三食昼寝付き、契約期間は1年間。1年後には本物が見つかっていればいいからな」
好条件をこれでもかって積み上げてくる骨美声。しかし騙されちゃいけないわ、私。
おばあちゃんが言っていた。
うまい話には裏がある。みぐるみはがされて最後はぼろ雑巾のように捨てられるって。
「そんな、魔物の言葉、信じられません」
応えた私に
「なら、契約の神の元で誓えばいいか?」
さらっと投げ返すスケルトン隊長。
意味が分からない言葉、パート2だよ。いや、契約の神くらいは知っているけど。
「ああ、魔族が神と契約できるのが分からないって顔だな。神は万物を作り給うた。つまり魔族も神の被作成物ということだ。だから神との契約はヒト族と同じようにできる」
へえー、それは知らなかった。
「この村には手を出さないということも誓おう。契約の神との間で取り交わした契約にどちらかが違反した場合、神を偽ったということで、魂も肉体も滅びることになる。私はスケルトンだから肉体はないが、魂はあるからな。私から契約に反するような愚は起こさない」
さあ、どうする?と言って、スケルトンはちらっと後ろを振り返った。
振り返った先は魔物の群れ。
そうですよね、結局、色々条件出してくれましたけど、最後は物理ですよね。
あの100の魔物の群れに、ただの村娘が逆らえるわけはない。こちとら花も恥じらう16歳。まだ死にたくないし、恋もしたい。年30袋分の麦があれば、単純にかなりの財産だ。
「わかりました・・・身の安全、命の安全、麦30袋の一年間契約、結びます。でもでも、更新はしませんからね!あと、自称するだけですからね!戦いませんよ!」
私の必死の交渉に、ふっと笑うスケルトン。なに、その、雰囲気イケメン。髪もないくせに。
「では、契約の神の名のもとに。私、セルヴァン・ド・レッドブラッドが誓う。…娘、名前は?」
「あー、ナオミです。ナオミ・ホワイトハート」
「ふむ、姓があるのか。なら2級契約が可能だな。他者からの契約閲覧禁止レベルⅡを設定しておける」
そう呟くと、スケルトンは袖を振って、空中に青い発光体を描き出した。
おー、とか感心したような歓声を上げるゴブリンたち。
まあ、私もこんな契約魔法なんて初めて見るし。
「いつ見ても、魔法ってすげえな」
「綺麗だよねー、貴重な体験だわ」
狼とコボルトも楽しそうだ。見世物だな、完全に。
この世界で魔法なんて使える人は本当に少ない。神の加護を受けた勇者くらいって言われている(教会談)。魔物が使うのは神の加護じゃないっていう話だったけど、スケルトン隊長の言うことが本当なら、魔物も神の加護で魔法を使っているってことなのだろうか。
でも、この表情肉付き部隊の様子では(スケルトン部隊だと表情が分かりません)、魔王軍でも魔法が使える存在って貴重ってことかな。
そういえば、この隊長、百人部隊長とか呼ばれていたし、こんな辺境に派遣されるには実力が高いのかもしれない。
なんてことを考えていたら、青い発光体は一つに連なり、私とスケルトン隊長の胸と胸をつないで、一瞬、赤く染まって消えた。
痛みも何もなかったけれど、びっくりした。
「よく見たな?よし、契約は完了した。ゼヌ、撤収の合図を。イリーナ、伝令を飛ばせ。任務を遂行したと。引き続き、こちらで尋問したうえで王都に送ると伝えておけ」
え、なに、尋問ってなにさ。王都ってどこよ。ここの国の王都じゃないよね……魔王ってのがいるところのことですかね・・・
「安心しろ、尋問の期間は一年だ。どうせここから王都までまともに移動したら数年かかる距離だ。契約の期間の一年間を無事に過ごすためにもとりあえず、尋問で監禁しているっていうのが安全な手段だな」
そう言って、スケルトン隊長はスケルトン部隊の前に立って、解散、と叫んだ。
ガラガラと骨の崩れる音がして、あっという間に骨部隊は地面の底に沈んでいった。
「骸骨兵士は現地調達が可能で、兵站の負担もない。文句も言わなければ、命令に対して絶対順守。臭いも少なければ、排せつもしない。完璧だな」
呟くと、こっちを見る。いや、服装でわかるけど、私は服装が変わったら兵士と隊長の違い、判りませんからね。
そんなどや顔(雰囲気)で言われても、ネクロマンサーじゃない私にとって、共感できませんから。
「骨って、素晴らしいだろう?」
やめて、共感を求めないでください。そんな契約はしてませんけど。
「えーっと、あのカタカタいう、骨のぶつかる音は消せないんですか、魔力緩衝材的ななにかで」
と、私が聞くと(とりあえず空気を読んで質問してみた)ちょっとムッとしたらしい。
「あの音がいいんじゃないか。軽快で、乾燥具合がよくわかる。兵士の健康管理の確認には必須なんだ」
常識らしい。骨の音で健康状態が分かる生活をしたことがないんですけど。
「まあいい、どうせそのうち聞き分けられるくらい慣れるだろう」
さらっと言いましたけど、え、ちょっと、私の今後の生活環境は骨に囲まれるってことですか?
三食昼寝付きって骨に囲まれての24時間×365日でしょうか。
「新鮮で元気なゾンビが一匹増えたようなものだ。世話については安心しろ。こう見えても元は人間だから、大体は飼育方法もわかっている」
ざっくり飼育方法って言いました?
「隊長、気を付けてくださいよ。野良はしつけが大変ですから」
撤収作業を進めながら、ゴブリンAが言うと、
「すぐ脱走したりな。そのたびにこっちはゴミ箱の影とか、側溝の蓋を開けなきゃならない。そのくせ飯の時間になると平気で戻ってきたりする」
巨大な盾を背中に括り付けられながらゴブリンBが頷く。
「どこでもマーキングさせないでくださいよ」
ちらっとこっちを見るゴブリンC。
マーキングとかってしないから!ちょっと、ゴブリンってこんなに口が悪いの?
種族特性で毒舌ってどうなの。
「さて、分署に戻るぞ。とりあえず・・・ゼヌ、こいつに猿ぐつわをしたうえで、簀巻きにしろ。舌をかまないようにしっかりしろよ」
隊長の言葉に、ため息をついてこっちにくる狼人。
ええー、ちょっと身の安全、保障されないじゃない!契約の神様、違反者ですよ!!
「色々うるさそうなんで、とりあえず気絶させときますね」
叫ぼうとした私の後ろから、笑みを含んだ声がして、首筋に衝撃が走った。
視界が暗転する。
その声がコボルトのものだったことを認識することもなく、次に気が付いた時、私はすでに村から遠く離れた魔王軍の駐留地帯に移動していたのだった。
ちくしょう、コボルト、覚えてろよ、とか思ったのは、残念なことに次に目覚めた時だった。
こういうのって、薄れゆく意識の中でなんか聞くとかないんですね。
所詮は、油断しきった村娘。そりゃ華麗に躱すとか基本できないですけど。
今後、狼人も、コボルトも、ゴブリンも出てきません。名前、忘れても大丈夫!