第6話
僕の手から滑り落ちたペットボトルが、ゴトン!という鈍い音を立てて床を転がっていく。
「ちょ……」
目の前に立つ祐太は、腰に生地が食い込むほどピチピチの競泳用水着を身につけ、ご丁寧に水泳キャップとゴーグルまで装着していた。
『どこの変態だよ……』
面白い、というよりちょっと痛い祐太の姿に、ふうっと溜息が漏れる。
呆れながら祐太の全身を見ていると、何を勘違いしたのか全身に力を込め、ボディビルダーのように筋肉を強調させてポージングまで始めてしまった。
「祐太君、キモいんですけど……」
これ以上見ていられない……視線を逸らしながら、思わず本音を洩らしてしまった。
「何!?キモイだとッ!俺達の原点の水着に向かって何という事を……」
「俺達の原点……?」
紐のように食い込んでいるから気が付かなかったけれど、よく見るとそれは、通称『いるかパンツ』と呼ばれていたものだった。
『いるかパンツ』とは、僕と祐太が通っていたスイミングスクールの水着で、前身ごろの左腰の辺りに『DSS(ドルフィン・スイミング・スクール』、そしてお尻には飛び跳ねるイルカのでっかいプリントが付いている。
たしかに、原点といえば原点だけど……。
子供用の水着は、でっかく育ちすぎた祐太の身体にはあまりにも小さ過ぎて、見たくないモノが色々はみ出している。
ずっと一緒に泳いできた仲だけど、部屋の中で見る水着は場違いなカンジがするし、祐太のおぞましいモノを見せ付けられたら、返す言葉も出てこない。
「……」
呆れる僕なんか無視して、いつものように祐太が暴走を始めた。
「たらら~ん♪」
なんてワケの分からない歌を歌いながら、腰をくねらせ謎のダンスを踊る。
『もしかしてフラダンスのつもりかな?』
踊りながら、クルリ、祐太が後ろを向くと、水着に収まりきらなかったお尻が、半ケツ・・・というより全ケツに近い状態でさらされていた。
「祐太くん、それはウォータボーイズ?それともフラガールですかねぇ?」
とりあえず声をかけてみるけど、自分の世界に入り込んでしまった祐太の耳に僕の声は届かない。
「な、すげーだろッ、けっこう入っちゃうもんだよなー」
なんて自慢げな様子で腰をくいと突き出しながら、僕のほうに向かってずんずん迫ってくる。
「や……マジお願いだからさ、祐太くん。それ脱いでくれないかな?早く洋服に着替えてよ……っていうか僕に腰突き出さないでーッ!」
子供の頃から見慣れた祐太の裸でも、ピチピチパンツからはみ出してる部分は……正直見たくない。
「いやー、なんかさあ、急に穿きたくなっちゃったんだよ、『いるかパンツ』」
そう言いながら、チラリ、僕に向けられた祐太の視線に嫌な予感を感じた……。
「トモくんも、もちろん穿きたいよね?」
「うわ、やめろッ!!」
でかい身体が僕に飛び掛ってきた。
178cmもある祐太にタックルされた僕は、抵抗することも出来ずに呆気なく床張りの廊下に押し倒された。
全裸に近い祐太に圧し掛かられたら、ボフッという音がして、肩の辺りでポテトチップの袋が破裂した。
「やめろッ、祐太!そんなもん穿きたくねーよッ」
「一緒にこれ穿いて、初心に帰ろうぜ!」
でっかい身体で僕を押さえつけると、ウキウキしながら僕のズボンのベルトを器用に緩め……。
「いちゃつくなら、部屋の中でやってもらえませんかぁー?」
暴走する巨大生物と必死の格闘をしながら、僕は声のするほうへ顔を向けた。
「お兄ちゃん、わたしお兄ちゃんの趣味にとやかく言うつもりは無いけど、さすがに廊下では……やめてよね」
ダメな兄貴にビシリと釘を刺す声の主は美佳、中学3年になる祐太の妹だ。
僕達がふざけあう姿は散々見てきているはずなのに、今日の美佳の声はなぜか冷たかった。
『あれ……なんで?今日の美佳、やけに冷たくない?』
なんて考えながら、僕は自分の置かれた状況にハタと気が付ついた。
微妙に下げられた制服のズボンからは、ワイシャツがはみ出し、その隙間からは下着が覗いてる。
僕の上に覆い被さった祐太の姿は、美佳の方から見たら、全裸に見えているのかもしれない……。
「お兄ちゃん、トモ君と合意の上でしょ?じゃないと強姦になるよ」
実の兄が友人(男)を襲っている(様に見える)場面に遭遇して、冷静すぎるこのコメント……。
「え!?ご、ゴーカンて……」
『今時の中学生は、何てこと言うんだよ……』
妹みたいに可愛がってきた美佳の口からそんな言葉を聞かされた僕は、何気にショックを受けていた。
暴走していた祐太も、美佳の言葉でやっと我に返ったらしく、
「み、美佳……いたんだ。おかえり、っていうか、なんてコト言うんだ!女の子がそんな事言うもんじゃないぞ!お兄ちゃんはな、トモを元気付けようとしてただけなんだぞ!」
と、一生懸命この状況を説明する。
『元気付けようと……?』
そっか……気にしてないつもりだったけど、やっぱり元気ないように見えてたんだ。
だからってこの励まし方って、突拍子も無いというか、なんと言うか……。
でも、変な慰めの言葉掛けられるより、うん、なんだかこの方が祐太らしいや。
「でもさ……」
考えれば考えるほど祐太の行動が可笑しくなってきて、気が付けば大爆笑していた。
「あはははは……なんで……いるか……パンツ……あはは」
涙まで流して笑う僕に、始めは戸惑って祐太も、そのうち一緒になって笑い出してしまった。
「面白いだろ?な?……ははは」
大笑いしながら廊下を転がりまわる僕達を、呆れたように美佳が見詰めていた……。