第3話
結城センパイは、どんな時でも僕を優しく支えてくれるんだ。
でも……。
「せ、センパイ……、ほ、惚れちゃうって、何ですか!?」
センパイの優しい態度に危うく聞き流してしまいそうになった『惚れちゃう』という言葉……それは期間差で僕に衝撃を与えた。
これってもしかして≪男性からの告白?≫と、焦りながら祐太を見ても、我関せずといった表情でポテトを貪り食ってやがる。
『友人の一大事だぞ!何とかしろよ!』
必死の形相で訴えかけると、祐太がふっと顔を上げた。
「仕方ない……トモがいいって言うなら、俺はお前のこと諦めるよ。これからは、友達としておまえ達を応援する!たとえそれが男同士の恋愛でもな!」
なんて言い出してしまった。
センパイは男の僕から見てもうっとりしてしまう程キレイな顔を近付けて来ると、
「一緒に幸せになろうな……」
なんて真剣な顔して恭しく僕の手をとり、大きな掌で優しく包んできた。
え……何?何なんだ!?
これじゃあまるで、プロポーズみたいじゃないか!
男同士の恋愛なんてありえないよ!
だって僕には、好きな女の子がいるんだ……。
「あの、セ……センパイ、大変申し訳ないんですが……今僕には好きな人がいまして……。えーと、それから……男の人には興味無いんです……」
センパイに失礼がないようにと必死で言葉を選びながら真剣に答えていると、目の前の二人が突然大爆笑しはじめた。
祐太はテーブルをドンドン叩きながら仰け反って爆笑してるし、結城センパイはお腹を抱えて涙まで流してしまっている。
「あははは……ご、ゴメン、ゴメン。冗談だよトモ。軽く流してくれると思ったのに、そんな真剣な返事するなんて……。やっぱりトモらしいよ。あはは……」
笑い声に言葉を途切れさせながら、結城センパイが謝ってきた。
「いいか、トモ。こういうときはなー、『実は僕も前からセンパイのことが……』的なノリで返せばいいんだよ。ボケてきた相手に乗っかる、それがお笑いの基本だろ!っつーか、トモに好きな奴がいるなんて、俺は聞いてないぞ!」
ボケに乗っかるって?
お笑いの基本て?
なんだかよく分からないけど、とりあえず二人にからかわれていたという事だけは分かった。
それより……好きな人がいるって、この前祐太に相談したばっかりじゃないか!
何で覚えてないんだよ、ホント祐太は忘れっぽいんだから……。
自覚してないんだけど、周りの人から見たら僕は≪冗談が通じない人間≫に見えるらしいんだ。
よく言えば素直で正直、悪く言えば融通の利かない堅物、といったところかな?
しかし目の前にいる二人には僕のそんなところがツボらしく、二人が揃うと必ずといっていいほど何かしらの方法でからかわれてしまうんだ。
「あー、おもしれー、マジでおもしれーよ、トモ。一日一回トモの慌てた顔見ないと落ちつかねーんだよ」
「ホントだねー。なんかさ、トモっていつも一生懸命だから、ついつい嗜虐心煽られるんだよね!」
……嗜虐心て、何のことだ?
笑い続ける二人に不貞腐れた顔を向けると、結城センパイは子供をあやす様にヨシヨシとボクの頭を撫でた。
「トモはね、何事に対しても真面目で、練習も一生懸命やるし、飲み込みも早いよね。泳ぎだって決して遅いわけじゃないんだよ。むしろ将来有望なくらいだと僕は思ってる。だけどトモには一つだけ足りないものがあるんだ……」
先程までの軽やかな口調をがらりと変え、センパイの顔と口調が真面目なものになる。
「僕の……足りないもの、ですか?」
恐る恐る聞き返すと、センパイが小さく頷いた。
「そう、それはトモにとってすごく必要で、とても大事なものなんだよ」
……僕に足りない、大事なものって何なんだろう?
「トモに足りないもの。それはね、『闘争心』だよ」
……『闘争心』。
確かに僕と『闘争心』は、ずっと無縁のものだった。
競泳をやっているはずの僕に、『闘争心』が無いなんておかしな話だよね。
でも僕は物心ついた頃から既に、他人と戦わない術を身につけてきたんだ。
僕の家は『杉浦家』といって、この辺じゃそこそこ名の知れた由緒ある旧家なんだ。
そして僕は、その家に生まれた三人兄弟の次男坊。
2つ上の長男は子供の頃から割りとしっかりした性格だったし、跡継ぎとして厳しく躾られてきたおかげで、どこへ出しても恥ずかしくないほど立派で、尊敬できる兄貴として育っていった。
3つ下の三男は末っ子ということもあり、明るく奔放な性格に加え、祖母に散々甘やかされてきたお陰で、甘え上手でちょっと我侭に育ってた。
次男の僕はというと、そんな二人の間に挟まれ常に自分の居場所が見つけられずにいた。
そんな僕が家の中で唯一必要とされる場所は、≪兄貴の引き立て役≫というポジションだった。
次男である僕は、跡継ぎである兄貴より優れてはいけなかった。
目立ってはいけなかった。
だって、跡取りより出来の良い弟は、杉浦家には必要ないから……。
だから、色々な事をずっと我慢して育ってきた。
誰かと競うなんて……特に兄貴と競うなんて……絶対有り得なかったし、競おうなんて思ったことは一度も無かった。
そんな僕が水泳を始めたきっかけは、兄貴が野球を始めたから。
本当は兄貴と同じ様に野球をやりたかったけど、兄貴と同じ競技を選ぶなんて僕には出来なかった。
だって同じ競技を選んでしまったら、他人は絶対に兄弟を比較する。
それだけは避けたかった……。
それに、僕が水泳を続けてきたのは……泳ぐのが好きだったから。
がんじがらめな生活の中で、唯一自由になれる場所だったから……。
そうやって兄貴と競うことを避けてきた僕は、自然と他人と競うことも避けるようになっていた。
だから、今回みたいにメンバーから外されても、それが僕の決められたポジションだと思い、納得して、その事に関してそれ以上考えるのをやめてしまうんだ。
そんな僕の姿を、祐太はいつも歯痒い思いで見つめていた。
祐太は知らないかもしれないけれど、僕はその事にちゃんと気付いているよ……。
普段はボケッとしていたり、オレ様になってしまうこともあるけれど、いざってときには頼りになる僕の大事な友達だ。
祐太は俺のこの性格を直そうと何度も忠告してくれたり、あらゆる方法を試してみたり、と色々がんばってくれた。
でもそのたび僕は、『熱くなるなんて僕らしくない、僕には僕のペースがあるんだ』、と祐太の気持ちを突っぱねてきた。
熱くならない、それが自分のペースだ、と自分自身に言い聞かせながら……。