第2話
「あーッ、ちくしょー、やりてーッ!!」
ファーストフード店の店内に、ハンバーガー片手に叫ぶ祐太の声が響いた。
『やりてーッ!!』に反応し、こちらを見つめる他のお客さんの視線が痛い。
「ちょっと、ちょっと!」
祐太の恥ずかしい叫びに、思わず双子のお笑い芸人のような突込みをしてしまう。
「一緒にやりてーもんは、やりてーんだよ」
祐太が言っている『やりたい』はもちろんイヤらしい意味ではない。
この時期はほぼ毎週のように『~大会』とか、『~記録会』といった大会がある。
僕たちはそれぞれの目的や体調に合わせて大会に参加しているため、結構忙しい週末を過ごしている。
そして祐太は、今度行われる大きな大会の選手に選ばれた。
この大会は全国大会の予選を兼ねたもので、上位者だけが全国大会へのチケットを手に入れられるのだ。
ところが今回の大会で、僕はいつも一緒に出場しているリレーメンバーから外されてしまった。
この采配に一番ショックを受けているのは僕のはずなのに、祐太があまりにも悔しがるからショックを受けている暇がなかった。
拳でテーブルをドンと叩きながら、
「ちくしょー、なんでだよー!納得いかねーッ!」
僕のために大声で文句を言い続ける祐太の姿が何だか嬉しい。
「まあまあ、祐太さん。これでも食って落ち着いて」
僕は食べかけのポテトを祐太に勧めた。
「そんに『やりたい、やりたい』言ってると、警察に通報されちゃうよ」
笑いながら声をかけてきたのは3年の結城センパイだった。
180cmを超える長身に、すらりとした手足。
少し彫りの深い顔立ちと鍛え上げられた肉体はまるで美しい彫像、そんな容姿を持った人なんだ。
背泳ぎが速いという事に加え、容姿までもが美しいから、先輩は雑誌などにたびたび取り上げられ、『桜楓高校期待のプリンス』なんて呼ばれていた。
「結城センパイ……『やりたい』って、別にやらしいこと言ってる訳じゃ……」
突然のセンパイの登場に、慌てて言い訳する祐太がなんだかおかしかった。
結城センパイは慌てる祐太の態度に、『そんなこと分かってるよ』といった表情で笑っていた。
「一緒にいいかな?」
センパイはそう言うと、祐太の隣の席に腰を下ろした。
結城センパイは、僕達が新入生として入部した時からとても可愛がってくれた人なんだ。
きつすぎる練習中酸欠で倒れた僕を部室まで運んでくれたり、高校最初の大会で緊張のあまりスタートに失敗し、人目もはばからず大泣きした僕を優しく慰めてくれたのも結城センパイだった。
「今回のことは、本当に残念だったね」
センパイも辛そうな表情で僕を見詰めている。
今度の大会で3年生は部活を引退することになっている。
引退試合となる大会でトップを目指す先輩達は、出場メンバーから僕を外し、その代わりに1年生部員の純を入れた。
純は中学時代、全国3位になったこともある実力者だ。
今の僕の実力では、どう足掻いたって純に敵わないのは分かっている。
分かっているけど、僕だって大好きな先輩達と一緒に最後の大会を泳ぎたかった。
それに僕にだって2年生としてのプライドや、ずっと頑張ってきたという気持ちもある。
だけどそれだけじゃダメなんだ……。
入部して1ヶ月足らずの下級生にレギュラーの座を奪われてしまった僕は、悔しいというより、正直情けない気持ちのほうが強かった。
そんな僕の気持ちをセンパイは見透かしているようだった。
「ホントはね、最後の大会だからこそ、トモと一緒に泳ぎたかったんだ。でもね、勝つためには今のトモの実力ではダメなんだよ……」
センパイの言葉にしょぼんと項垂れると、センパイは僕の髪をくしゃくしゃと掻き上げた。
「あーあ、引退したくないなー。こんな可愛い後輩と一緒に泳げなくなるんだもんなー」
寂しそうにそう言うと、クシャクシャになった僕の髪をやさしく撫でてくれた。
僕はセンパイが大好きなんだ。
結城センパイは、優しくて、頼りになって、泳ぎが上手で……。
大好きなセンパイと過ごした日々を思い出すと、熱いものがこみ上げてきて、僕の瞳から涙が溢れそうになった。
「こらこら、トモ。そんな目で見詰められたら惚れちゃうよ」
センパイはやさしく笑いながら、今にも泣き出しそうな僕のほっぺをむにゅっと掴んだ。
「ふふ、変な顔」
そうやって優しく慰めてくれるセンパイが大好きだから、その優しさが、今の僕にとっては余計辛かった。