表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スタート  作者: 円周
19/30

第19話

「いてて……」


教室の椅子に腰掛けようとした途端、下半身から背中にかけて、イタ気持ちいいような感覚が走った。

自分の若さと体力を過信し、いきなり始めてしまった筋トレのせいで、普段使うことの無い筋肉が筋肉痛を起こしていた。


……おっかしーなあ。

自分で言うのも何だけど、普段の練習は休む事なく参加してるから、それなりの筋力はあると思ってた。


「おはよーん!トモトモ!」

椅子に座ってストレッチをしていると、背後から飛びついてきた祐太が、全身筋肉痛の身体を思いっきり抱きしめた。


「うわ、痛いよ!やめて、筋肉痛なんだ」

祐太の腕から逃れようと必死にもがくけれど、10cm近くある身長差と筋肉痛で弱った腕力じゃ、祐太に太刀打ち出来ない。

「ふーん、筋肉痛なんだ」

祐太は僕の筋肉痛のなどお構いなしに、嬉しそうに身体の痛いポイントを突いてくる。


「やめッ、祐太!くすぐったい……いたッ!」

痛みとくすぐったさは紙一重のようで、祐太の攻撃を受ける僕の口からは、支離滅裂な言葉が飛び出していく。

「うんうん、いい感じで張ってるねー!ちゃんと筋トレしたんだ」

もがく身体を解放すると、今度は少し離れた場所から、僕の全身を眺めている。


「俺さあ、オリンピック選手になれなかったら、絶対水泳コーチ兼トレーナーになりたいんだよね。んで、祐太みたいなヘタレスイマーを世界一にするのが夢なんだ」

……へえ、祐太ってそんな事考えてたんだ。

オリンピック選手になるっていうのは、子供の頃から聞いてたけど、トレーナーとかコーチって言うのは初耳だな。


……それより。


「なんだよその、『ヘタレスイマー』って」

確かにヘタレだけど、はっきり言われたらちょっと傷付く……僕は祐太の言葉にむくれて頬を膨らませた。

「気の抜けた練習しかしてこないから、たまにちゃんと練習するとすぐにヘロヘロ、スタミナ切れ。軽い筋トレで筋肉痛。こんなヤツをヘタレと言わずして何をヘタレと言うんだ!?」

自慢の二の腕を見せつけながら、ずいと僕に詰め寄ってくる。


「はいはい、どうせ僕はヘタレです」

「分かればよろしい」

祐太は満足そうににっと笑うと、むくれた僕の頬をむにっと摘んだ。


こんな茶番劇を毎度見せられているクラスメイトの反応は冷たい……いや無反応だ。

しかし、そんな2人に熱い視線を送ってる者が一人だけいた。


「そのやり取り、大好物です!ご飯3杯はいけます!」

廊下の窓越しに、小型のデジカメで2人の姿を収めている人物……祐太にラブレターを出し、水泳部では要注意人物扱いとなっている、藤田奈々子だった。



「大会まであと3日。大会に出る奴も、そうでない奴もしっかり気を引き締めておけ。自分は出ないから、なんて気を抜くな。何が起きてもすぐに対応できるよう、きちんとコンディション整えておけ」

大会が近付き、モチベーションの上がっている部員達に激を入れると、今日の練習が始まった。


今回の大会は、僕が得意とするブレストに、3年の先輩と1年の純が選ばれてしまった。

桜楓の水泳部に入部してからずっと、桜楓高校水泳部として参加する大会では、必ず1種目以上エントリーしていた。

しかし今回のように、完全にレギュラーから外されたのは初めてだった。


今度の大会は、お世話になった先輩方の引退試合でもあるので、どうしても一緒に泳ぎたかったのだけれど、これが僕の今の実力。

一緒に泳げなくても、応援することは出来る。

頑張ってる姿を見せる事は出来る。


とにかく今は、自分に出切る事をやろう……それが僕から先輩達へ向けてのはなむけだから。


朝より筋肉痛は治まってきたものの、腕を上げると少しだけだるさが残っている。

「よし……」

キャップを被り、ゴーグルをぎゅっと目に押し当てる。

「トモ、行くぞ!」


祐太の声を合図に、僕はプ-ルの壁を蹴って泳ぎ出した……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ