第18話
「うわ!なんだこれ……」
自宅に戻り、先程祐太から手渡された袋の中身を出してみた。
そこには、水泳に関する真面目な本や雑誌に混じって、筋肉ムキムキの男性が笑顔でポーズを取っている表紙の雑誌、何故か海辺でウェイトトレーニングをしているパッケージのDVDなどが入っていた。
「祐太はいつもこんな本見て筋トレしてるんだ……あいつ、一体何目指してるんだろう?」
水泳選手は筋肉をつけ過ぎてしまうと、身体が重くなり沈んでしまう。
そのため、適度な脂肪も必要なんだ。
だから部内では、過度な筋トレを禁止してるし、むしろ僕なんか、もう少し肉を付けろと言われる位なのに……。
筋トレ命の祐太は、水泳選手が目指すべき方向と、真逆を目指しているに違いない!
なんて確信しながら雑誌をパラパラ捲っていると、ページの隙間から何かが落ちた。
『付箋の貼ってあるページの筋トレをすること!1日最低3セット、それがムリな日は、赤い付箋のところだけは絶対やること!!それと、DVDは必修科目だ、絶対一人で見ろ。 祐太より』
メモは少し右上がりの文字で丁寧に書かれている。
雑誌をもう一度見直すと、確かに赤・青・黄色の付箋が貼ってあり、赤はコアの筋力を鍛えるもの、青は大きい筋肉を鍛えるもの、黄色は水泳のポイントになるものと、それぞれ関連付けて付箋が貼られていた。
「うわ、マメだなー」
祐太の好意に感謝しつつ、早速部屋にあるテレビでDVDを見始めた。
「トモ兄ー。ちょっとこれ見てよー」
ノックもせずに部屋のドアを開けた章弘が、そのままの姿勢で凍り付いた。
「なに……してるの?」
いきなりドアを開けられた僕も、驚いた姿勢そのままで固まっていた。
テレビには、上半身裸なムキムキマッチョの外人さんが、爽やかな笑顔で鉄アレイを上げ下げする姿が映し出され、僕はその姿を見ながら、同じ様に鉄アレイを持っていた……下着一枚だけの姿で。
裸で筋トレなんて、あまり人には見せたくないのに、まさか弟に目撃されるとは……。
「何って筋トレだよ。見れば分かるだろ」
恥ずかしさを誤魔化す様に、強気な態度で答えてしまった。
「そんな筋トレやったら、マッチョ体系になっちゃうよ。トモ兄だったら、ヨガとかピラティスのが良いんじゃないの?」
弟は昔から自由気侭、世渡りも上手な奴で、どちらかと言うと軟派な感じに思われがち。
興味のあるものには何でも手を出す性格で、子供の頃から空手や柔道、剣道など、一通りの武道にも手を出したけど、今は空手一本に専念している。
そのせいだろうか?
最近の章弘は、精悍な顔立ちになった気がする。
僕が高校2年で身長170cmなのに対し、中学2年のくせに、既に章弘は175cmもある。
その上、武道で鍛えた身体は胸板も厚く、がっちりとして大きい。
一緒に歩いていると、僕が弟に見られるなんて事もしばしばある。
このまま成長したら、祐太の目指す体型に近付くんじゃないかな?なんて部屋の入口に立つ章弘を見詰めながら思う。
「で……何の用?」
「あ、宿題で分からない所があったから、見て貰おうと思ったんだけど……なんかお邪魔かなって」
弟も兄の秘密を見てしまった事を、気まずそうにしている。
「実はさ、祐太がこれ見てトレーニングしろって」
気まずい雰囲気を払拭すべく、鉄アレイを床に置き、祐太から渡された雑誌類とメモを章弘に見せる。
「ぷぷぷ……」
章弘は祐太のメモを見るなり笑い出した。
「なんか面白いこと書いてあった?」
「いや、トモ兄にこのメニューはキツイだろうなと思って。これは祐太君向けだよ。もっと負荷減らして、軽いメニューからやらないと肩とか膝壊すよ。泳ぐ為の筋トレなら、これとこれはいらないね」
そう言いながら、青い付箋の貼ってあるページのいくつかを指差した。
打撃での怪我を防ぐため、筋トレを欠かさない章弘はその辺に案外詳しい。
「へえ、さすが。祐太の言う通りやってたらどうなっちゃうの?まさか……密かに、ムキムキマッチョ化計画とか立てられてるのかな?」
「かもね。でもやだよ、トモ兄がマッチョになるの。そのスイマー体型がカッコいいのに。泳ぐのに邪魔になる筋肉はつけなくて良いんじゃない?」
子供の頃の僕と章弘は、正直あまり仲が良くなかった。
と言うより、お互いの存在を気に留めていなかった、と言った方が良いのかもしれない。
こうして仲良く話すようになったのは……いつからだろう?
「宿題分からないんだろ?見てやるよ」
多分、お互い色々経験して成長したって事かな……。
僕は章弘を、杉浦家の一人ではなく、きちんと≪弟≫として見ている事に気が付いた。