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スタート  作者: 円周
16/30

第16話

メガホン越しのコーチの声をかき消さんとするかのように、バシャバシャと激しい水音が響く。


「もっとキックだ、キック!」

乳酸が溜まって重くなった腕を振り回し、攣りそうになる足を蹴り下ろして、前へ前へと泳いでいく。

「遅いぞ、遅い!休むなッ!」


いつもの僕だったらそんなコーチの怒声が聞こえても、常に一定のペースを保ち、前を泳ぐ人との間隔が開いていっても一向に気にしなかった。

だって、泳げればそれで良かったから……。

速くなろうなんて気持ちで練習してなかったから……。


僕の前を泳いでいるのは祐太。

得意種目はバタフライだけれど、他の種目も実は速かったりする。


筋トレをこよなく愛し、よく食べよく寝る祐太は、パワーもスタミナも部内ナンバーワン、後半バテる僕と違って、常にガンガン泳いでいく。


そんな祐太のペースについて行くのはかなりキツイけど、『たまにはついて行ってみるか』なんて、ちょっと頑張ってみたりする。

……うわ、結城センパイも速ッ!

泳ぎながら隣のコースを見ると、結城センパイが泳ぐのが目に入ってきた。

祐太と、結城センパイ、どちらにも遅れをとらない様に必死でついて行く。


「はあはあ……」

キツイ……いつもこんなペースで泳いでるの!?


練習はまだ中盤だというのに、既に僕のスタミナは尽きかけていて、短い休憩時間の間中、コースロープに凭れ掛かって身体を休める。


「なんか今日のトモは違うな!」

あまり息の上がっていない祐太が、ニコニコしながら話し掛けてくる。


「いつもこんなペースで泳いでいるの?かなりキツイんだけど……」

「トモはサボり過ぎなんだよ。お前だって本当は速いんだから、これ位ついて来れるだろ?」

「無理……スタミナ切れ……」

ぶくぶくと、プールの中に沈んで、疲れてる事をアピールする。

「だったらこれ飲んで元気出せよ!」

そう言って、祐太は特製スポーツドリンクを手渡してくれた。

「何これ……」


透明なボトルの中には、怪しい色の液体が入っている。


「各種アミノ酸に、プロテイン、スポーツドリンク、はちみつ、レモン汁……」

それだけ混ぜて身体に良いのか悪いのか……恐ろしくて飲めないから、飲んだフリして祐太にボトルを返す。

「あ、ありがと……」

「旨いだろ?これ飲んだら、後半の持久力が違うんだよ!」


そう言ってボトルを口に運ぶと、恐ろしい色の液体が祐太の口に流れ込んだ。


「よし、後半行きますかッ!」

足りないスタミナは気合と根性で埋めて、残りのメニューをこなしていく。



「お疲れ様でしたーッ!」

プールに響く挨拶と共に、プールに向かって礼をする部員達。


「トモ、今日は居残りしないのか?」

ヘロヘロになっている僕をからかう様に、祐太が声を掛けてきた。

「ムリ、腹減った……」

今日も居残り練習する純を横目に見ながら、祐太と共に部室へと向かった。



部室のドアに手を掛けたところで、部屋の中の会話が聞こえてきた。


「結城……杉浦に何か言ったのか?」

この声は部長の丸山さんだ。

「何かって……?」

結城センパイの穏やかな声も聞こえる。


「今日の杉浦、いつもと違っただろ?やる気が違うっていうか……」

「僕は何も言っていないよ。でも……やる気になるのは、いい傾向じゃない?必死になってるトモの顔も可愛かったし」


……可愛かった!?

結城センパイの発した言葉に、思わずコケそうになる。


「トモのやる気の源は、僕じゃないからね。いつも支えてくれる、強い味方がいるから頑張れるんじゃないかな?」


やっぱり、結城センパイは何でもお見通しなんだな……。

一人感慨に耽っていると、目の前のドアがさっと開いた。


「失礼しまーす!」

「あ……」

立ち聞きしてる僕を放置して、祐太はさっさと部室の中へ入っていった。


「おう、お疲れ!」

「お疲れ様です」

何事も無かった様に会話を交わしてるから、何も聞かなかったフリをして部室へと入った。



水泳部の着替えは早い。

濡れた髪と身体をセームで拭き取って、身体に貼り付く水着を脱ぐ。

塩素臭さは残るけど、汗はシャワーで流してあるから、後は制服に着替えるだけ。


「トモ、何食って帰るー?」

「うーん、からあげ棒」

ネクタイを締めながら、今日のおやつの相談をしていると、結城センパイが近付いてきた。


「僕も一緒に良いかな?」

「え……あ、どうぞ……」

たまにお店で会う事はあっても、3年生と一緒に帰る事は少ないから、僕は少しだけ緊張した。


「じゃ、俺も!」

僕らの会話を聞いていた部長も便乗して、結局4人で帰る事になった。


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