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スタート  作者: 円周
14/30

第14話

遠くでチャイムの音が聞こえる。


固いコンクリートの上で眠ってしまった僕の身体は、節々が強張っていた。

「いたた……」

その場でゆっくり起き上がると、身体の動きに合わせて、そこら中がボキボキと音を立て、起き上がった身体からは、掛けられていた上着がパサリと落ちた。


「あれ……?」

ここへ上がって来る時、僕は上着を着て来なかった。

膝の上に落ちた上着を拾い上げると、それは祐太のものだった。


僕に上着を掛けてくれた祐太はというと、大きな身体を小さく丸め、少し寒そうな様子で眠っている。

「ふふ……やさしいんだ」

眠る祐太にそっと上着を掛けてあげると、伸ばした袖口から腕時計の文字盤が見えた。


……14:10!?


「ヤバッ、昼休み終わってるって!」

もう少し眠らせてあげようと思った祐太の大きな身体に手を掛け、ゆさゆさと激しく揺さぶる。


「うーん……チキン棒」

「チキン棒!?」

チキン棒って確か、から揚げを串に刺して売ってるアレだよな……って、寝言まで食い意地張ってるし。


「ちょっと、祐太!寝惚けないで、起きてよ!」

なかなか起きない祐太を起こす為、両頬を平手でパシパシと叩く。

「うーん……なんだよ、トモ。もう少し寝てようぜ……」

「6時間目始まっちゃうよ!」


僕にとって、授業をサボるなんて行為は有り得ないし、やった事もない。


焦りと苛立ちで更に祐太を激しく揺さぶると、

「このままサボっちまおうぜ……」

なんて呑気に言いながら、一度開いた目蓋を閉じて、再びうとうとしてしまう。


「まったく……」

たまにはこんな日があってもいいのかな?

だって今の僕には、考える時間も必要だから……。



ぼんやり遠くを眺めながら、ポツリ、僕は小さく語りだした。


「あの日……おばあ様が亡くなった日あのから、僕は自分の進む道が分からなくなっていたんだ。それまでの僕は、我慢する事、目立たない事、兄を引き立てる事が一番重要だと言われ続けてた。 その言葉に従う事で、僕という存在価値が認められる様な気がしてたんだ。 だけど小さな僕にとって、それは辛く寂しい事だった。 だってそうでしょ?おばあ様の目に写る僕は、≪杉浦智弘≫という人間ではなく、≪杉浦家の次男≫という存在でしかなかったんだから……。それでも僕は我慢し続けた。いつかおばあ様に認めてもらう……それが僕の目標だったから。なのにいきなりその人は居なくなり、『自由に生きていいよ』と言われても、僕にはどうすることも出来なかった。狭い水槽から、いきなり大海原へ放り出された魚みたいなもんだよ。

どこへ向かっていいのか、どうやって進んだらいいのか……進み方が分からないから、僕はそこに留まるしかなかったんだ……。そして……道に迷った僕を導いてくれたのが……祐太なんだ」


そこで言葉を切ると、隣で眠っている祐太の身体がのそりと動いた。


「祐太と同じ高校を受験して、同じ部活に入って、少しでも同じ時間を共有したかった。祐太と一緒に大好きな水泳を続けられるなら、どんな事でもやろうと思ってた。だから、キツい練習にも耐えられたし、合わないフォーム変更も受け入れた。全ては水泳を続ける為、それ以外の感情なんて無かった。なのにいきなり、そんな僕を『目標にしてた』なんて言うヤツが出てきて……正直僕は混乱している。こんな僕の、何を目指して来たのって?」


「なに感傷に浸ってんだよ」

てっきり眠っていると思っていた祐太が、突然むくっと起き上がった。


「トモ、おまえはなあ、自分で思うよりずっと評価されてるんだぞ。結城センパイだってコーチだって、お前が出来る奴だと分かっているから期待しているんだ。我慢してる?そうじゃない。あの練習についていけるのは、それだけの力があるって証拠。

そんなお前を目指すヤツがいたっておかしくないと思うし、もっと自信持っていいと思うぞ。目立ったっていいじゃないか。だって、兄弟を差別するばあさんはもういないんだぞ。お前はお前らしく、堂々と生きていけよ。そんな辛そうな顔なんて見たくないぜ」


ニカっと笑う祐太の顔は、太陽みたいに輝いていて、冷えた僕の心を暖めてくれる。


「悩んでこその青春なんだよ、っていうか青春だから悩むんだろ!こんな俺でも、自分の生き方に疑問を持つ事だってある。どこに向かっていいか分からなくなる。分かんない時は、とりあえずがむしゃらに進むんだ。一生懸命生きていくんだ。そしたら先が見えてくる。そんなもんだよ、青春なんて……」


熱く語る祐太の両手が僕の肩に掛けられた。


……熱い、熱すぎるよ……祐太。

青春語らせたら日本一だと思うよ。

だけど、そんな祐太だから親友になれたんだ。

暑苦しいくらいの気持ちが、嬉しいんだ。


「ぷッ、祐太熱すぎ……」


熱く語る祐太を茶化しながらも、その存在が僕を強くしてくれる、僕を変えてくれるんだと実感する。


「おう、俺はいつでも熱い男だからな。誰が何と言おうと、トモはトモ。俺と一緒に、今を一生懸命熱く生きようぜ!」


熱く生きられるかどうかなんて自信ないけど……祐太とはずっと親友でいたいと思う。


「僕も自由に生きてみたいな……」


見上げた空を、鳥が飛んで行く。

風に乗り、気持ち良さそうに……。


「自分の人生は自分で勝ち取るもんだ」

そう言って立ち上がると、祐太が大きく伸びをした。


太陽に向かって手を伸ばす祐太の姿が、羽ばたこうとする鳥の姿と重なって見えた。


「うん」

僕もゆっくり立ち上がると、太陽に向かって伸びをした。


「はあ……」


肩の力がすうと抜けたら、少しだけ自由になれた気がした。


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