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スタート  作者: 円周
11/30

第11話

僕の通っていたスイミングスクールには、プールの様子を眺める事が出来る観覧席が設けられていた。


熱心な親御さんの中には、ガラス越しのプールに向かって、『もっとキックしろーッ!』とか、『腕の掻きが悪いーッ!』などと、周囲の迷惑など顧みず大きな声で叫んでる人もいる。

そういった行為は、同じ観覧席に腰を下ろす親御さんは元より、練習指導をしているコーチや僕達にとってもかなり迷惑な行為となっていた。



ザワザワ騒がしい観覧席の一角では、とある母親グループが子供達の練習そっちのけで何やら盛り上がっていた。


「杉浦さんの所、最近経営状態が良くないらしいわよ」

「ええッ!本当ですか!?」

「トモ君の練習代も出せない様な状態なんですって」

「そうなのー、だからトモ君練習来ないのね」

「もしかして、この前の全国大会お休みしたのも?」

「交通費無かったからだったりして!」



人の不幸は蜜の味……。

どこからともなく流れ出したのは、地元の名士杉浦家の財政状況に関する噂……。

この不穏な流言の出所はもちろん……祐太のママさんだ。


大会を欠場した僕の事を聞いてきた他のママ達に、

「うーん、杉浦さんのところも色々あるみたいで……。その影響でトモ君も……って、いけない!他の方には言わないで下さいね」

たったこれだけの話が、1日足らずであっという間に広まった。

しかも相当な尾ヒレを着けて……。


『他の方には言わないで』……この一言がつくだけで、人の口は2倍、いや3倍は軽くなる。

特に暇をもてあましている主婦達の間では……。



「ママ、変な噂流しただろ」

スイミングから帰った祐太は、荷物を下ろす間も惜しんでキッチンへ向かう。


スイミングの帰り道、祐太は他のスイミング仲間に、『トモ君はお金がないから練習に来ないの?』と質問された。

「何のことかしら?」

詰め寄る祐太を前にしても、動じる様子を見せないママ。

「だってみんなが……」

「しーらない、ママは余計なことは言ってません」

だって勝手に噂が広まっているだけだもの……いつも天使のように優しいママの笑顔が、その時だけは悪魔に見えた。

そんな笑顔を見せ付けられたら、『この人に逆らってはいけない……』と、本能的に悟ったのは言うまでもない……。



どんなに頑張ったって、おばあ様にとって『水泳』は、所詮『水遊び』でしかないんだ。

いずれ辞めさせられるだろうと思っていた僕は、自主的に練習を休んでいた。


再びおばあ様から呼び出された時は、最後の審判が下るものだと思ってた。



「智弘さん、何故水泳教室を休んでいるのですか?」

冷ややかな表情と、感情のこもらない声に威圧された僕は怯えていた。

「それは……お兄様の勉強の邪魔になるといけないと思ったので……」

おばあ様の視線に射竦められた僕は、消え入りそうな声で答えた。


「将弘さんへの気遣い大変結構です。しかし、あなたが水泳を辞める必要はありません。このまま続けなさい」

「え、あの……」

予想に反した言葉に、僕は戸惑いの色を隠せなかった。

「ただし、大会など人目を惹くような行為は慎みなさい」

それだけ言うと、おばあ様は唇を固く結び、それ以上語ることは無いという目で僕を見た。


「わ、分かりました、ありがとうございます」

畳におでこを擦り付けるほど深くお辞儀をして礼を述べると、おばあ様の気が変わらないうちにと、慌てて部屋を後にした。




「うちの財力を持ってすれば、庭先にプールを作ることだって可能な事です。智弘さんが水泳教室に行かないというだけで、あんな噂が立つなんて……杉浦家も甘く見られたものだわ、今に見てらっしゃい!」

今回の事が切欠となり、おばあ様の経営に対する意欲は更に強くなった……。



翌日から、僕はスイミングの練習に復帰した。

ガラス張りの観覧席を見上げると、祐太のママさんが僕に手を振っているから、それに応えるように僕も大きく手を振り返す。


何がおばあ様の気持ちを動かしたのか……僕にはさっぱり分からなかった。

だけど、僕から水泳を取り上げないでくれたこと……それが何よりも嬉しかった。


「ずっと休んでたから、心配したぞー」

含みのある笑顔を浮かべた祐太が、ママさんに手を振りながら側に寄ってきた。

「うーん……なんかね、お教室は辞めなくていいっておばあ様が……」

頭の上に沢山の疑問符を飛ばしてる僕を見て、祐太の顔に益々笑みが広がる。


「やっぱり、うちのママに任せてよかっただろ?」

「う、うん……」


得意気な顔でそう言うから、僕はつられて頷いた……。


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