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スタート  作者: 円周
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第1話

窓から差し込む光が水面に当り、反射した光は天井に揺らめく模様を映し出している。


「ヨーイッ」

屋内プールに響く掛け声に合わせぐっと重心を下げると、すうっと息を吸い込んだ。

「ピッ!」

ホイッスルの音と同時にスタート台を蹴り出すと、イルカのように跳ねた身体が水中へと吸い込まれていく。

ザブンという水音を立て飛び込んだ僕の周りを取り囲んでいるもの、それは白く輝く沢山の気泡とプールの床を映し出した水色の世界。

しなやかな肉体をのびのびと動かしながら、若いスイマー達は優雅なストロークで進んでいく。



「お疲れ様でしたー!!」

プールサイドに並んだ若者達はプールに向かって一礼すると、後片付けをするもの、シャワーを浴びるもの、再びプールに入るもの、とそれぞれ思い思いの行動に移った。


ここは、私立桜楓学園の屋内プール。

先程までここで泳いでいたのは高等部の水泳部員達……。

県下有数の進学校でありながら部活動にも力を入れており、全国大会に出場している部も幾つかある。

自由な校風とともに文武両道を目指していることから、日本各地から生徒が集まってくることでも有名な学校だ。

中でも水泳部は常に全国上位の常連校であるため、全国から集まった精鋭が揃っている。

しかし桜楓は進学校ということもあり授業内容も濃く、それについて行くだけでも大変なのに、各部の練習もかなり厳しくて、毎年夏休み前までに4月の入部希望者の半分以上が退部していってしまう。

結局残るのは、勉強も運動もデキル奴になってしまう。

一般生徒からすると部活動に所属している連中は、なんとも嫌味なエリート集団でしかない。



「よお、トモ。なんか食ってこーぜ!」

きつい練習でお腹は空いているけれど、帰ればすぐ夕飯だというのいうのに、そんな誘いを掛けて来たのは須賀祐太すがゆうた

祐太とは幼稚園のころからの付き合いで、同じスイミングスクールに通いながら、お互いがよきライバルとなって刺激しあい、切磋琢磨してこの学校へ入学した。



『ザパンッ!』

練習が終わり、ほとんどの部員が部室へ戻った後のプールに激しくターンする水音が響いた。

「誰だ?」

祐太と共に振り返ると、厳しい練習を終えたばかりだというのに、さらに自分を追い込んだ練習をしている部員の姿があった。

1年のすみだ。

今年入部してきた新入部員の中で一番の有望株で、中学時代には全国で3位になったこともあるという奴だ。

ただ単に速いというだけでなく、人一倍練習熱心な面もあるから、3年生からも一目置かれた存在となっている。

ただ一点を除いては……。



「あー、ありゃ純だな。しっかし、よく身体持つよなー。俺なんてもうヘトヘトだよ」

黙々と練習する純の姿に、うんざりしたような表情を浮かべながら祐太が呟いた。

「でもあの練習が、すごい記録生んでるんだもんねー」

僕は感心しながら答えた。

「あれで性格良けりゃ、尚いいんだけどなー」


そう、祐太が言うように、1年の純は性格が悪い、というかねじれてるんだ。


アイツが入部したての頃、部活開始の時間にコーチが遅れてきた事があった。

生憎その日は3年生達も、進路相談会の為練習への参加が遅れていた。


部活の始まる時間となり、仕方なく2年生のマネージャーが『監督が来るまで』と、臨時の練習メニューを考えた。

しかし純は、『そんなの練習にならない』と、一人勝手に泳ぎだしてしまった。


マネージャーはオロオロするし、周りの奴らはそんな純の態度にざわつき出すし。


自分勝手な態度の純を見かねた祐太が、泳いでる純を無理やり止めると、

「おい、純!なんだその態度は!先輩に向かって」

と叱りつけた。

しかし純はふてぶてしい態度で、

「言っちゃなんですが、先輩だってあのメニュー物足りないんじゃないんすか?そもそも、うちのレベルに合せたメニューも組めないマネージャーに問題あると思うんですけど」

平然と答えた。

「メニューが気に入らないんだったらもっと別の言い方あるだろ、『もっと多目のメニューにして下さい』とか」


祐太は爆発しそうな怒りを必死で抑えながら、不貞腐れた純を諭している。

「そんな言い方じゃ通じないから、はっきり言ってやったんだよ、無能なマネージャーに!」

しかし純は語気を荒げるばかりだった。


当のマネージャーはというと、祐太と純のやり取りにハラハラしながら、見詰める瞳にうっすら涙を浮かべていた。



「あーもう……二人ともケンカしないでよ。このメニューがもの足り無い人は各自サークル短くしていけばいいでしょ?丁度いいと思う人はこのままでいこうよ、それで問題ないでしょ」

治まる様子のない争いに、僕はしぶしぶ仲裁に入った。


純はムッとしながらも、

「じゃあ、それで行きます、それでいいです」

と不満そうな顔つきで答えた。

そんな純の態度に怒りの収まらない祐太は、カッカしながらもマネージャーの出す合図に合せて練習を始めた。


とりあえずその場を治めほっとした僕は、プールサイドに立つマネージャーを見上げた。

「あッ、ありがとう。助かっちゃった……ごめんね」

「気にしないでいいんじゃない?純はああいう奴だし、祐太は熱いからねー。それに、メニュー組むなんてむずかしいもんね、しょうがないよね」

そう言って僕も練習を始めた。


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