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桜と鈴  作者: 星夏
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番外編 雪は氷は白く

その小さな村は冬になれば全てが雪に埋もれ隠れてしまうような山間にひっそりと存在していた。

冬は世界から隔離されたように雪によって閉ざされる。けれど冬以外であっても土地柄か村人の気質からかとても閉鎖的な村であった。

その村には雪女の伝承が昔から口伝で語り継がれていたーー。


代わり映えのしない日常だけが過ぎていく村に白結しらゆいという一人の娘がいた。

光に当たると少し青みがかるような黒髪をもつ穏やかで優しい年頃の娘だった。


ある年、冬の足音が迫るその日、村の近くで行倒れた男が一人。

それがどんな年よりも寒い寒い冬の始まりだった。


優しき白結は村の人間が余所者を助けることに難色を示す中、唯一助けるべきと声を上げ、面倒は自分がと名乗りを上げた。

人道的でないと言われようと元々閉鎖的で村外の人間と関わることを避けていたのもあったが、近づいた冬の備蓄は余所者の分などそもそも勘定にはなく村人が難色を示す理由があることにはあったのだが。

この村で生まれ育った白結であったから村人たちの考えを勿論理解していたが、余所者に対して排他的な意識の薄い彼女にとっては男を見捨てることができなかった。

たとえこのまま男が行倒れたまま命を落としたとしても、すぐに冬が連れてきた雪によって白に埋もれ春まで全てを覆い隠して忘れさせてくれるとしても……。


村人は白結の訴えに渋々といった体で、目覚めればできるだけ早く男を追い出すことを条件に余所者を村にいれることを了承した。


それから数日甲斐甲斐しく看病する白結のおかげか男が目覚めた。

だが男を村に入れた日、まだ少しではあるが猶予があると村人たちが思うよりも早くその年の雪が降り始めた。

目覚めればという約束があったが村は雪によって閉ざされ、容易には外に出ることはできなくなった。

雪が降り始めれば各々自分の家にこもり、穏やかな時には皆それぞれやらねばならないこともあり男のことにかまける時間はないと忙しない。


目覚めた男の記憶は曖昧らしく、名前を聞くと“一彦かずひこ”と名乗った。

すべてを覆い隠そうと降る雪の中を歩くのは容易ではないうえ、記憶が曖昧でどこから来たのかもおぼろげな男を村から追い出すこともできずに、村人との約束を違えることになるとわかりながら白結は一彦を追い出さなかった。


動けるように回復した一彦は働き者で助けられたお礼、置いてもらうお礼にと白結や白結の家族、村人の手伝いを率先して申し出た。

勿論村人は彼を煙たがりほとんど相手にしないが、時たま嫌がらせのようなことを言いつけたりしたが一彦はそのどれにも嫌な顔をせず真摯に向き合い答えた。


いつの日からか働き者で聡明、村人とは違う空気を纏う一彦を誰もがいいところの倅ではないのかと噂した。


白結には年の近い友人がおり名を千雪ちせつ

千雪は唯一白結の味方となり一彦のことを邪険な扱いをせずに接していた。

白結にとって千雪は大切な友人でありどんな話でも打ち明け、楽しいことも悲しいこともあらゆることを共有できる無二の友人と思っていた。

この冬も全てを覆い隠す雪が和らぎ手の空いた時には白結のもとにきてはお喋りに興じ、年頃の娘らしく笑いあっていた。


そして白結は年頃の娘らしく恋に落ちた。

白結のことを命の恩人と感謝し聡明で穏やかで村人とは違う空気を纏い、けれど村人たちに負けないくらいに働き者の男に。

この小さな村で結婚相手となれば選り好みなどできない。ましてや自分で選ぶのではなく親同士が決めてしまうのが当たり前だった。


だからこそ恋に恋い焦がれていたのもあったのだろう。


千雪はそんな白結の気持ちに気づき沢山の言葉をかけ励まし、背中を押した。

貴方の想いはきっと一彦に届くわ、と。

白結の想いを聞いた男は驚き逡巡したあと想いを受け入れ、二人は恋仲になった。


けれどこの村にはいられないだろう。

だから冬の終わりとともにこの村を二人で出ようと誓った。


幸せな日々であった、長く冷たく凍てつく冬が終われば好きな男と夫婦になれるそれはどんなに白結の心を温めたか。

本当にただ幸せだった。両親や友人を残すことが気がかりであったが、何も無くあるのは凍てつく冬と雪女の伝承だけの小さな村から出れることがさらに彼女の胸を弾ませた。


けれどけれど、それは突然。

雪の穏やかな日、愛した男と無二の友人の裏切り。

人目につかないその場所で見つけた二人、そして途切れ途切れに聞こえた声はーー。


“……愛してなどいない!俺は白結をあいしてない!違うんだそう違うんだ愛してなんかいないんだ………”


“そう、そうね。貴方が愛してるのは………。ええ大丈夫よ。私はわかっているわ”


“俺は………俺は”


“大丈夫よ。私は貴方の…………”


愛していない、白結のことを愛していないと叫ぶ声。

慈しむような声。

そしてそっと男の耳を塞ぐように優しく回された女の手。


全てを耳にできたわけではなかった。

けれど聞こえてきたその言葉たちは、白結の心を大きく、大きく揺らした。


揺らして揺らして、


真っ白な雪が白結の心を更に揺らして、


そして愛は憎しみに、


心は白く染まり、


全てが白に覆われた、


(おめでとう。新しい、憐れ、な、雪女、の、誕生、に、祝福、を)




「あっは。あはははははははははははははっ!」


一面真っ白な世界のどこからか笑い声がした。

白、それは雪である。見渡す限り全てが雪しかない。雪下に何が覆い隠されているのか。

真っ白な雪の中の一箇所が盛り上がると人の形をしたものが現れた。


雪色せっしょくの髪と同色の瞳、青白い肌、相反するように紅い唇。

その紅い唇から漏れ出るのは笑い声。

愉快そうに、どこまでも愉快そうに。


(とても、とても、愉快、な、もの、が、見れた、ね)


と、どこからか声がする。それは空気を震わせて聞こえる声とは違い、脳に直接響く声“たち”。

声は幼子から老人まで幅広く、そして全てが女の声色。一つ一つの言葉を代る代る区切りながら紡がれる雑然とした声。


「あははは!あっは、あぁ。馬鹿な男。馬鹿な白結。ねぇそう思うでしょ」


不思議な声たちになんの疑問も持たずに女の形をしたものがそう問うように返す。


(あんな、に、簡単、に、壊れて、くれる、なんて、思わな、かった、よ。本当、に、人、とは、おもしろい、ね、ちせつ)


真っ白な雪の上にゆっくりと天からまた雪が降りている。それを女は心地良いと、冷たければ冷たいほど好きだと思う。


「ねぇ、白結。貴方、私が暇つぶしに人のフリをして、友人だと思い込ませて近くにいたのに、いつからか心から私を友人だと、無二の友だと思ってくれていたわね。ふふ。ねぇ私と貴方はおんなじよ。おんなじ雪女。これで本当に友人になれたわね。ねぇ、しらゆい」


想いを感情を心を大きく揺さぶられ、雪によって白く染め上げられた生まれたばかりの雪女。

その雪女は恐怖、後悔、現実からか逃れるためか何処かへと走り去っていた。

光に当たると少し青みがかる黒髪から薄花色へと変わった髪、怯えを含んだ髪と同色の瞳、日焼けなど知らないような青白くなった肌、紅い紅いどこまでも血よりも鮮やかな唇。

しらゆいの変化を一つ一つを思い出しながら雪色の雪女は、千雪と名乗っていた雪女は嗤う。


「おんなじよ。おんなじ」


嗤う、哂う。


「ねぇ恋に恋をして、そして本当にあの男のことを愛するようになっていた白結。貴方はなーーんにも知らないのよ。あの男はね、一彦じゃないの」


無二の友人へと優しくとっておきの秘密を打ち明けるように雪女は語る。


「あの男はね。死んだ兄にならないとって、ならなければならないとって心を歪めていたの。でもね、どんなに努力しても兄のように上手くいかなくて逃げたの。逃げて逃げて、そして自分を壊して一彦になろうとしたからか、全てが曖昧になってあの男は一彦とあの時名乗ったのよ。一彦ならどうするか一彦ならどう話すのか全て無意識に、自分ではなく、“一彦”が外へと出てきたの。働き者なのも、聡明なのも、優しく穏やかで村人と違った全てが一彦のもの。あの男は心が弱かったのよ」


吐く息は白く染まらない、ちせつには人にあるような温もりがないからか。


「一彦にはね、許婚がいたの。だからね、私あの男、“一彦”にね許婚のことを尋ねたの。そしたらみるみる血の気が引いて、私まるで雪みたいだって思ったわ。ふふふ。周りはいつも兄と自分を比べるから、唯一といっていいほど自分に優しく甲斐甲斐しく介抱してくれたから、貴方をきっと好きになってしまったのね、馬鹿な男。だからきっとまた無意識に忘れようとしてたのよ、一彦には婚約者いるってこと」


人として血が通っていれば、温もりがあれば熱に浮かされたように話すちせつの頬はきっと桃色に染まっていたのだろう。


「思い出してしまった婚約者の存在に、一彦としての矛盾が生まれて、貴方のこと否定してしまったのね。愛してないって。ふふ。だから私、貴方の味方だと言って、貴方は“一彦”よと言ってあげて、耳を目を塞いであげたのよ。全てから耳を目を逸らして一彦になるために。白結、貴方が見ているのに気づいていたから、どうするのかしらて思っていたら貴方は白く染まってくれた。勿論彼女たちが貴方を誑かしたようだけれど」


伸ばした手のひらに落ちた雪を強く握り込む。


「白く染まった貴方は!愛した男も友も家族も村人も村全て!雪で覆い壊して見えないように全て白く染めた。あぁ私は壊れてないけど、ふふふ。おんなじね。おんなじ雪女。嬉しいわ。しらゆい、離れていても貴方は私の無二の友人よ」


あははと笑いだす紅い唇とは違い、雪色の瞳からぽろりぽろりといつからか氷がこぼれる。それが雪色の雪女の涙かーー。


「恋、とは、愛、とは、なんて馬鹿らしく、歪ませやすく、脆く、壊したくなるのかしら」


笑みは止み、氷だけは止まらない。

全てを白く覆い隠して追いやった遠い遠いあの日の記憶、その残滓が理由もわからず、自分で気づかないままに雪色の瞳から氷の涙を落とし続けているのか。知っているのはきっとーー。


(本当、に、おもしろい、ね、人、と、は)


白く覆われた村には雪女の伝承があった。

百も千も空から降り注ぐ白い雪にそそのかされ、恋に狂い心を白く染め上げ雪女に変わった女の話。

伝承と同じように雪女となった村娘がいたが、それを語り継ぐ村人は一人もいない。伝承は途切れ忘れ去られていく。


だが雪も雪女も愉快そうにわらっているだろう。


そして故郷を離れ雪女として生きていく女は何も知らない。

いつか雪色と薄花色は出会うのだろうか。

それとも何も知らぬままいつか溶けるのだろうかーー。

一彦と名乗った男

優秀な兄と比べる周りの目と、自らの心の弱さで壊れた男。


雪たち

無邪気さも老獪さも持つ雪の精。人のことも雪女ですら暇つぶしの玩具と思っている。


千雪

白結の無二の友人。ちせつが人として振る舞っていた姿。


ちせつ

遠い遠い過去雪女へと変わった、雪色の雪女。恋や愛を歪ませたい壊したいと思う心を持つ。

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