鈴との出会い
時代は明治頃。
のどかな村の一郭にある家。他の家よりも広く、立派な桜の木がある家。
その家の一室には、布団から起き上がり読者に耽る青年。部屋は静かで、本を捲る音と時折外から聞こえる鳥のさえずりしか聞こえない。
だが、その空間に、ドタバタと近付く足音。足音に混じって時折、カラン、カラン、という音も聞こえる。
そして、勢いよく開く障子。そこから、また勢いよく飛び出してきたのは、小さな少女。
「さよい。家の中は、走り回らないよ」
青年は、本に目を向けたまま静かに告げた。
「それぐらい別にいいじゃないか」
少女、さよいは、赤い着物を着て、黒髪はおかっぱに頭の両側には大きな鈴を赤い布で結びつけている。頭を動かすたびにカラン、と音がする。
さよいは頬を膨らませて。
「だいたい、ボクは、お兄ちゃんにしか見えてないんだから」
青年は、その言葉に口元を綻ばせ、本を閉じさよいを見た。
「で、何か、用があったんじゃないか」
「あ、そうだった。お兄ちゃん」
言われ、思い出したように、自分が入ってきた障子をさらに開ける。青年は、開いた障子から入ってくる、風と柔らかな春の日差しを感じ障子の向こうに目をむけた。
「どうだ、綺麗だろ。お兄ちゃん」
障子の向こうには、庭がある。青年の部屋は、家の裏側にあり、庭に面している。庭には、立派な古木の桜があり、さよいはその桜を指差して笑っている。
「綺麗だな。今年もちゃんと咲いてくれたな桜」
さよいは青年の言葉に、胸を反らしながら。
「あたりまえだよ。だって、ボクは、人を幸福に出来るんだから」
青年は、その言葉でふっとあることを思い出した。
「そういえば、もう十年経つのか」
小さく呟かれた言葉。
「そうだね。しん、お兄ちゃん」
青年、しんは、さよいから自分の事をしんと名前で呼ばれる事が、ひどく久しぶりで驚きながらさよいの方を見た。さよいは、変わらず桜の木を眺めている。さよいは、ただなんとなくそう呼んだだけだろうとしんは思た。
しんはさよいが、自分の事を名前で呼んだことでさらに昔の事を思い出した。
あれは、今日と同じ春の日。その日も、桜が満開だった。幼いしんは、その日も部屋で寝ていた。体があまり丈夫に生まれてこなかったしんは、昔から部屋に居ることが多かった。
だが、外から聞こえる子どもの声とたまに混じるカラン、カラン、という音が気になり、障子を開けてみた。障子の向こうには、自分と同じか少し年下くらいの少女が、桜の木の下を走り回っている。しんは、気になり声をかけてみた。すると少女は、よく通る元気な声で言った。
『ボクは、さよい。座敷童子のさよい。人を幸福に出来るんだ』
笑いながら、言われた言葉を幼いしんは、理解できなかった。だけど、一緒にいるうちにわかった。さよいが自分以外の人に見えていない事。自分が成長していくのに、さよいは、何も変わらない事で。しんはその事を気にしていた。けれど、さよいは笑いながら。
『ボクはボクだし、しんはしんでしょ。何も変わらないよ』
だから、しんはその事を気にしないことにした。
そして、しんが成長していくにつれ、さよいはしんの事を“しん”と呼ばず、“お兄ちゃん”と呼ぶようになった。その事が、気になり初めの頃さよいに理由を聞くと。
『ボクの勝手でしょ』
と、珍しく目を逸らしながら答えた。その時の、さよいの顔は忘れられない。
思い出しながら、ぼんやりと桜を眺めていた。
どれ程かして、目の端に人影が見えた気がして、そろそろと目を向けた。そこには、白い着物に青い番傘を差した、雪の様に白い女性が立っていた。
ただぼーと見ていると、隣にいたさよいもその女性に気づき、驚いた様子で。
「……しら…ゆい…?」
と、呟いた。しんが、「えっ」と言いながらさよいを見た時には、さよいは女性の元へと走り出していた。女性の元にたどり着くと、親しげな様子で話はじめた。少しすると、さよいがこちらを指差し、女性とこちらに歩いてきた。
「紹介するよ!」
そいうと、しんを指差し。
「しん。本が大好きなんだよ」
と、にこにこしながら。
「はじめまして。しんと言います。あっ、すいませんこのような格好のまま」
言いながら、布団からでようとしたが。
「いいえ。大丈夫ですよ。そのままでいてください。お風邪かなにか召されているのでしょう」
「昔から体があまり強くないので、こうしている事が多いんです」
今度は、女性を指差しながら。
「しらゆい。すごい美人でしょ」
と、女性、しらゆいを紹介した。
「さよい、そんなことないんだから美人なんて言わないで。はじめまして。しらゆいと申します。さよいが、こちらにお世話になっていると聞きやって来ました。さよいは、お転婆で迷惑はかけていませんか?」
しらゆいは、母親のような言い方をした。その言い方が気にいらなかったのか、さよいは、頬を膨ませ。
「しらゆい。ボクの事を子供扱いしすぎ。だいたいその言い方、母親みたいじゃないか」
しらゆいは、微笑みながら「いいじゃないの」と、言う、その光景は、微笑ましく思えた。
「しらゆいさん、さよいはいい子ですよ。でも、何度も言うのに家の中をドタバタと走り回りますけど」
笑いながら言うと、それがまた、気にいらないらしく頬をもっと膨らませた。そして、話を変えるように。
「それより、しらゆいは、ここに来ても大丈夫?ここら辺は結構暖かくなるよ」
「大丈夫よ。これくらいだったら」
言いながら、思い出したように。
「あ。まだ言ってませんでしたね。私は雪女なんですよ。驚きました?」
ゆるく首を振りながら。
「いいえ。実は、さよいからしらゆいさんの事を色々聞いていたので」
「え………さよいは何と言ってました」
「そうですね。いっぱい遊んでもらったとか、しらゆいさんはとても美人で優しいんだとか、いい人だとか。言ってました」
「そ、そうですか」
しらゆいの様子に気づいたのか気づいていないのかさよいは。
「しらゆい。ここの庭の桜、とっても綺麗だよ」
話を変えるように桜を指差した。
「本当ね………」
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