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空想科学フェアリーテイル  作者: 宮原 桃那
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【63章】宵闇を照らす星の光

それは、全てに平等に。

 ――リカラズという国は、無機質さを抱かせる場所だった。

 建物の材質は石というよりコンクリートに近く、ぽつりぽつりと点在する灯りも、柔らかみなど欠片もない、蛍光灯に近いもの。

 何より静かで、人の気配が微塵も感じられなかった。

「……何だか、寒くないですか」

 砂漠の夜だということを差し引いても、今、里琉達が居るこの辺りには温度が無いようにも思えて、里琉は自分を抱きしめるようにしてわずかに震える。

「ああ、建築物の影響だと思う。どうも、この材質は温度を顕著にするようでね」

「平たく言うと、昼間は死ぬほど暑いし、夜は凍死しかねないほど寒いのよ。……だからこそ、建物の中は適切な温度管理がなされているわ。……ただし、第一階層から第三階層くらいまでの話だけど」

 現在居るのは、第一階層、つまり王族が生活するエリアだ。

 本来なら関所みたいな門は閉ざされ、特別なカードキーが無ければ入る事すら許されないが、事前にフィリアがセキュリティ解除を全面にしたおかげでフリーパス状態である。

 そしてリカラズは階段のように段を作り、それが山のような形をしている為か、てっぺんにある王属研究院という場所は電波塔のように先がとがった形のシルエットを月明かりの下で見せており、しかも大きかった。

「この国の最初の設立者はね、完璧な管理体制を求めたのよ」

 研究院は今や無人状態らしく、本来なら立っているはずの門番も居ない上、手動とはいえ扉も開閉自由になっている。

 それを開けながらフィリアは言った。

「完璧というものに際限なんて無いことも知らずに、まずは力を求めた。リカラズは遠い昔、力を意味して名付けられたの。……今もかしらね。まあそれはともかく、目に見える力はてっぺんに集めたそうよ」

 てっぺん、というのはこの場所の事だろう。

 中もまた外と同じく無機質で、病院のような廊下が広く長く続き、白い電灯が等間隔で天井から床を照らしていた。

 肝試しにはうってつけなシチュエーションだが、里琉は残念ながらホラーが好みではないので、フィリアの話を聞くことに集中する。

「権力、財力、そういうものを集めて、弱き者に従うよう命じた。従わない者は、躊躇なく他の者の前で処刑したというわ。……見せしめね」

「だが、それでも効果はあった。弱者は自分たちを弱いと信じ、逆らわなくなったんだ。そして強者を名乗る者達は、各々、持つ「力」を継続させようとした」

「……それは、普通に考えると、一族として繁栄した、ってことですよね?」

「もちろん。だが……そこには大きな落とし穴が潜んでいた。リル殿、強い者達を掛け合わせれば、必ず強い者が生まれると思うかい?」

「…………いいえ。遺伝子には優勢と劣勢があって、どこかで必ず劣勢が出るはずです」

 高校や中学で習った、遺伝子法則。今にして思えば、かなり恐ろしい実験だったのかもしれない。

「……近しい種を掛け合わせ続けると、遺伝子が異常を引き起こし、奇形などの状態で生まれる確率が上がる、と聞きました」

 強くなるどころか、どんどん弱くなる。だからこそ本能は、自分と遠い遺伝子を選ぶという。

 ダリド王子はそれに頷き、きっぱりと言った。

「姉上がその異常を持って生まれた。……生まれつき体の弱かった姉上だが、それ以上に精神が最初から異常だったんだ」

 彼女に欠けていたのは、罪悪感だった気がする。善悪の判断も無く、ただ己の為だけに多くを犠牲にしてきたのは知るところだが、まさか精神異常だったとは。

「父上と母上はそれを知っていたからこそ、姉上を幽閉していた。……私も、真実を知ったのが姉上の即位した辺りだったからね。知っていれば、また違った結果だっただろう」

 だから最初はあんなに慕っていたのだ。何も知らず、ただ同情だけで。

「どうして、分かったんですか?」

「……これでも、王となる為に教育されてきた身だ。違和感、異変、そういったものにある程度気付けなければ、いずれは消されるのだよ」

 ああ、と里琉はそれで何となく理解した。

 あの女王が両親を殺した時、何故、王子があの場所に飛び込んだのか。何故、姉が居ると分かっていたのか。

 ――気付いて、止めようとして、手遅れだったのだ。

「話を戻そう。姉上のような異常な子供は、これまでも何人か生まれていた。そして生まれる度に――実験台、あるいは危険分子と見なされ、秘密裏に消されてきたらしい」

「……だけど、おかげで分かっちゃったのよね。近親における種の存続は不可能だと。……何代かに一度、種に新しい血を混ぜ込む事で、その異常出現を減らそうとした。……それでも、生まれる時は生まれるし、生まれないと分からない。……何しろ、見た目には普通だけど頭が完全にやられてるっていう、女王のようなパターンがあったから」

 フィリアも研究者として、色々知っているのだろう。

「姉上が幽閉されていたのは、いずれ実験台として処理される運命だったからだ。……とはいえ、姉上はそこには気付かず、その上であの場所から出る為に入念な根回しをしていたのだから……精神異常と片付けるには、あまりにも恐ろしいと思わないかい?」

 ダリド王子の言葉に、舌打ちで返した。

「何で異常種が未だに出るかって、そりゃそうよ。……その異常種が正常を装って遺伝子交配を乗っ取ってたんだから」

 ああ、なるほど、と里琉は納得せざるを得なかった。

 そうでもしなければ生き残れない。生存本能というものは時に人が作り出す常識など、簡単に踏み越えるのだから。

 秩序も道徳も倫理も、全ては人が作り出した基準に過ぎない。

 人が人ではなくただ生物として存在するだけなら、そんなものは要らないのだ。

 分かっていたとしても、里琉には選べない道だが。

「姉上もそうなるはずだったんだろう。……王妃を娶っていなければ、今頃はあのキメラの子供でも産んでいたかもしれないな」

「止めてくれる? あんな奴の子供なんておぞましいにも程があるわ。ま、どのみちキメラにした時に……子供なんて産めないようにしてやったけど」

 ぞっとするほど冷たい声で、静かにフィリアが呟く。

 何をしたか、は問わない方がいいだろう。

「そういえばそうだった。さて、そんな姉上だが……果たして生きているのかな」

「……この悪臭漂う状態で、よく言えるわね。そんな台詞」

 ――そう、さっきから、廊下を歩いているだけなのに、腐臭のようなものが気分を悪化させているのだ。

「あ、あの……どこに向かってるんですか」

 行き先を知らないままだった里琉の問いに、フィリアが口元を布で押さえつつ答える。

「女王の寝室。まあ、結果は予想通りかしらね」

「……しかし、我々が居なくなってから一週間も経っていないはずだ。この腐臭は一体?」

 ダリド王子もさすがに耐えきれないのか、口元を袖で覆っている。

 ちなみに里琉は両手の袖で押さえているが、吐き気がしてたまらない。

「ううう……」

「吐くんじゃないわよ……っと、やだ、開いてるじゃない!」

 立ち止まったフィリアの言葉に、里琉は視線だけ上げる。

 豪奢な扉が見事に開いていた。そして悪臭はもはや防げるレベルではないし、何より。


「うぐっ!!?」


 大きな戸口の向こうには、グロテスクな肉塊が転がっていたから。

「……っ、ぐ、ぅ!!」

 駄目だ、吐く、と里琉はその場に膝をついた。

「ば、馬鹿ね、見るなんて」

「フィリア……無理を言わない方がいい。ひとまずここは閉めよう」

 この場の全員、顔色が非常に悪い事は見るまでもないだろう。

 ダリド王子が率先して扉を閉めてくれたが、悪臭は変わらないし吐き気も治まらない。

 さすがに生理的嫌悪に関しては、血は通用しないらしかった。

「行くわよ。……いつまでも居たら、私達まで腐りそうだわ」

「は、い……うぐ……」

 何とかよろめきながらも立ち上がるが、胃がきりきりと痛み始めている。

 ダリド王子が見かねたのか、肩を貸してくれた。

「まったく、とんでもない王妃だ……」

「同感ね。……仮にも自分の伴侶を肉塊にするとか、正気の沙汰じゃないわ」

 フィリアの言葉ももっともだが、それだけではないだろう。

(あの状態にするのは……相当な憎悪が無いと、無理だ)

 元の世界でも、死体をめった刺しにする事件があった。

 そういう時は決まって、怨恨の線が強かったらしい。

 とにかく、王妃はもはや話が通じない状態だと思っていいだろう。

 ふらふらと重い足取りで現場から遠ざかりながら、フィリアが呟く。

「王妃の姿が無かったけど……どこに行ったのかしら」

「この広い研究院を、しらみつぶしというわけにはいかない。……候補はいくつかある」

 ダリド王子が告げたのは三か所だ。上階にある王妃の部屋か、この研究院の地下にある総管理指令室、そして最後に、この階の奥にある謁見室。

「手分けしよう。……リル殿は一人で大丈夫かい?」

「はい。……何とか、落ち着いてきました」

「ならいいわ。私は総管理指令室へ行ってみるわね」

「では、私は王妃の部屋にしよう。リル殿は謁見室を頼む。……謁見室は、この先をずっと真っ直ぐ突き進んだ先にある、赤い扉だ」

「わかり、ました」

 ちょうど、階段のところで三人は分かれる。

 一人でよろよろと歩きながら、里琉は焦燥感に駆られた。

(早くしないと。イシュトが、ライラが、アルカセル王子が、それに……レイシアさん達や、ノアの王族……皆が、危ない)

 この世界に来て、多くの人たちと出会った。

 誰もが親しくなったわけではない。だけど、誰かと憎み合ったわけでもなくて。

 そういう意味では、リコスだけが例外だったのかもしれない。

(生まれて初めて、家族以外に大事な人が出来た。リコス王妃は……その人を、苦しめてた)

 あんな感情は要らないとさえ思ったのに、止められなかった。だから、リコス王妃があんなにも無残に女王を殺した気持ちが、分からないとは言わない。

 それでも、勝手だとは思った。

「自分だけが、辛いなんて……それで、他人を……苦しめて、いいわけ、ない」

 少しずつ、足に力が戻ってくる。悪臭は随分遠ざかり、吐き気も徐々に消えていた。

 だからこそ、里琉は前に進む。この先に、目的の相手が居る事を願って。

「これで、終わりだ。……全部、帳消しにするよ」

 犠牲など、もう要らない。里琉はその為に、ここに来たのだから。

 例え最初は巻き込まれただけだったとしても、今は違う。

「この世界を、見捨てる事は出来ない」

 視線を上げると、廊下の奥に赤い扉が半開きになっているのが見えた。

 ああ、と確信して里琉は足を速める。

 この先に彼女は居るのだ。

 待ち受けている姿がどんなものだとしても、立ち向かう覚悟で進み――そして、踏み込むと。


「……リコス、王妃?」


 ホールのような広い場所。奥に伸びる絨毯の道。その先の少し段が高くなった場所には、豪奢な金と赤の椅子。

 そしてその椅子に突っ伏すようにして、王妃が居た。

 ぴくりとも動かない彼女は、死んでいるのだろうか。

 どちらにせよ、里琉にはする事がある。

 一歩ずつリコスに近付きながら、里琉は流れるように言った。

「あなたは、勘違いをしていた。……人の心は、奇跡で操れるものじゃない」

 足音は絨毯に吸い込まれ、響かない。

「人の意思は、奇跡なんかじゃ変わらない。……むしろ、人の意思そのものが、奇跡のようなものなんです」

 この世界に来なければ、きっと分からないままだっただろう。

 他人と心を通わせること、その大切さを。

「あなたは、それを蔑ろにした。その報いが、今のあなたです。リコス王妃」

 とうとう彼女の前まで来ても、彼女は微塵も動かないままで。

 そしてその足元に、転がった石を里琉は見つけた。

 前と違って、禍々しい金色の光は感じられないそれを拾い上げる。

 飾り紐のようなものが巻かれているのを外しながら、理解した。

「……そして、あなたは自分に与えられた奇跡をも、否定したんですよ。あなたはこれが何か、分かっていなかった。いえ、あなただけではなく、この石を手にした誰もが、分からなかったのでしょう」

 安易に与えられてはいけなかった。彼らとこの石の根幹は同じものだったから。

 ぱらり、と飾り紐が床に落ちる。

 最初の頃よりも随分と小さくなったその石を、里琉は哀しい気持ちで見つめた。

「……この世界も、ウィルも……あまりにも不完全過ぎる存在だったんです。誰も、そこに至れなかった。ウィル自身でさえも」

 何故、こんな過ちを犯したのか。それはもう、この世界が生まれたから、としか言えない。

 この世界が消える以外に道はもう無いと分かっていても、里琉はそれを選べなくなっていた。

「だから」

 ぎゅっと、石を手のひらに握り込む。目をきつく閉じる。

「私が、ここで少しだけ、時間を稼ぎます。いつかは訪れる崩壊だとしても、もう少しだけ、猶予があったっていいはずだから」

 人は成長する。どんなに未熟でも、否、未熟だからこそ。

「可能性は、人が生み出すものなんです。私はそれを、信じます」


 ――そして、里琉は躊躇なく、黒い石を飲み込んだ。


 ほんのわずかな異物感と痛み。そして訪れる、体内の拒絶反応。

 どくん、と心臓が強く跳ねたと思ったら、全身から金色の粉のような光があふれ出した。

「ぐっ……あ、あああああっ!!!!」

 想像以上のエネルギーが、里琉の内側から湧き出す。


『哀しい、苦しい、寂しい、辛い、痛い――ひとりは、いやだ!!』


 一人にも、大勢にも思えるような声が、里琉の中で喚く。

 消されるもんか、と里琉はきつく手を握り締めながら、吠えるように叫んだ。


「ああ、一緒に居てやるよ! だからもう――――泣くな!!!」


 ドン、と爆発するような音と、目も開けられない程の眩い金色が、世界を満たす。

 そこで、里琉の意識は途切れた。




 同刻。

「なっ、何!?」

 フィリアが強い揺れを感じた、地下の総管理指令室。そこには誰も居なかったのだが、突如、消えていたモニターの全てに、映像が映ったのだ。

 そこには、金色の光を纏った、里琉の姿。

「リル!!?」

 慌ててフィリアは、その場を後にした。

 揺れが続く中、階段を駆け上がり、彼女が居るはずの謁見室へ駆ける。

 その途中でダリドが追ってきた。どうやら、同じく向かうところだったらしい。

「フィリア、これは一体!?」

「分かんないけど……リルが危ないわ!」

 状況が把握出来ない彼らは、謁見室の赤い扉と、金色に覆われたその向こうを見て。

「リル!!」

「リル殿!!」

 その中に飛び込もうとし――強い何かに、弾かれた。

「きゃあ!!?」

「うわっ!! ――リル殿! どうしたんだ、何があったんだ!! 返事をしてくれ!!」

 声を張り上げても、答えが無い。そして揺れはまるで部屋の向こうを中心とした波紋のように感じ取れて、それ以上動けなくなってしまう。

 更に金色の光はどんどん強くなっていき、二人はとても目を開けられず、袖で覆う。


 ――ドォン!!


 ひときわ強い揺れが二人を同時に襲った直後、全てが静寂に包まれた。

 何事も無かったかのように、そこはただ冷たく、薄暗い。

「……リル、どの?」

 困惑したダリド王子が先に目を開け、中を伺う。

「……う……何、今のは……」

 衝撃で気を失っていたらしいフィリアも、起きて中へと入った。

 だが、そこに里琉の姿は無く、代わりに――王妃が不思議そうな顔で玉座の前に居た。

「…………あたし、は……?」

「……リコス王妃。私が分かるかい?」

 ダリド王子が声を掛けると、彼女は目を瞬かせ、小さく首を傾げた。

「だ、れ?」

「分からないのなら、それでいい。だが、貴殿は許されない事をした」

「……ちょっと、王子。まさか……」

 フィリアは王子が何をするか勘付いて、今は止めようとするが。

「己の私欲の為に、多くの者達を犠牲にし、苦しめた。そして姉上亡き今、私がこの国を――終わりにする」

「な、に? どう、いう」

 すらり、と懐から彼は短剣を取り出し、鞘を抜き捨て、何一つ躊躇う事なくリコスの心臓をそれで突き刺した。

「――あ??」

 壊れた人形のように、ただ何も分からないような顔のまま、リコスは目を見開いて動かなくなる。

 あまりにあっけなくその瞬間が訪れ、フィリアが苦いため息をついて彼を見ると、彼は――驚く事に、泣いていた。

「王子……?」

「…………これで、リカラズは終わりを迎える。だが、どうしてかな。フィリア」

 フィリアを見ずに王子は言う。


「私は今、とても悲しい。……彼女がこの場に居ない事が、哀しい事だと……何故か、分かってしまったんだ」


 ――それには、異論はない。

 何故ならフィリアも、勝手に流れ落ちる涙の正体が、それだと分かっていたから。


 そして、時は静かに、新たな始まりを迎える。


そして、たった一つを失った。

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