【6章】華に装い、美に飾る
磨けば磨くほどに、光る。
お金の音で耳が軽く遠くなった気がしながら、三時間目の場所へ宰相に案内される途中、里琉はぼやいた。
「なんだこの無茶苦茶な時間割……」
「仕方ないんですよ。空いた時間を使ってもらうか、空かない時間の中でどうにか教育してもらうか、どちらかしかなかったので」
確かに貴重な時間を割いてもらっているので、文句は言えない。
だが、教えられる順番はかなりめちゃくちゃだ。効率は無視していいのだろうか。
「あなたが努力を怠らなければ、すぐに全てこなせるようになるでしょう」
「……ブラック企業の匂いがする……」
宰相の言葉に思わず遠い目をしていると、彼はどうやら目的地に着いたらしく、布扉の前で止まった。
「というわけで、次はここです。時間になったら来ますので」
「……はーい」
同じセリフを既に二回聞いている気がする。一回目は少し違うが。
さておき、次は確か、貿易学だったはずだ。どんな大臣だろうかと思いつつ鈴を鳴らすと。
「おや、どちら様だい? ぼくは今、忙しいんだけど!」
――すごく奇抜な、道化師並みの格好をした男の人が出てきた。
かろうじて、化粧だけは道化ではない。
「……あの、ええと、貿易の勉強をしに……」
一応言うと、一瞬相手はきょとんとし、次いで驚きの声を上げる。
「ええっ!? きみが!? あの宰相殿の新しい部下かい!?」
「……は、はい。ええと、大臣様……ですよね?」
「そうとも、ぼくはネオ。この国の流行をいつも見極める役目を担っているのだよ!!」
――その格好が流行の最先端だとしたら、里琉としては流行遅れでも別に構わない。
心の中だけでそう呟いて、里琉は頭を下げた。
「では、よろしくお願いします」
「うーん……きみは女性だよね? 服装からしても」
「はい?」
何を唐突に、と思った里琉に、彼は嘆くように言う。
「美しくない! 女性というのは、磨き磨かれる、原石と同じ存在なのだよ! だというのに、原石のままでいいと言っているかのような、無造作なその出で立ち!! ぼくはとても、見ていられないね!」
「…………」
大きなお世話である。
だが、がしっと里琉の腕を掴むと、ネオ大臣はスタスタと歩き始めた。
「えっ、あの!?」
「来たまえ!! この国の流行を知りたければ、己を磨く事も必要だとまずは教えてあげよう!!」
「……何で???」
半ば引きずられるようにして連れてこられたのは、王宮でもどうやら端のエリアにあるらしい一室だ。
ちりりりん、と鈴を鳴らし、ネオ大臣は布の扉を開ける。
「失礼するよ!」
「ま、まあっ! 大臣様!?」
「どうなさったのです!?」
中には、女性が何名か居た。
どれも同じような格好をし、同じようにまとめた髪をしているので、女官だろうか。
しかし、そんな女性たちの部屋に堂々と入り込むこの大臣は、男である。
(モラル大丈夫か、この人)
さすがに白い目になりかけたのを、他の女官の言葉で思いとどまった。
「まさか、また輸入制限のかかる化粧品が出てしまったのでしょうか……?」
おろおろし出す彼女たちを、やんわりとネオ大臣は抑える。
「ああいや、今日は違うんだ。見たまえ、彼女を!」
そしていきなり、里琉を彼女たちの前に押し出した。
「……あ、あら……女の方?」
「それにしては、髪が随分と短くしてありますわね」
「化粧も施されておりませんのね。男の子かと思いましたもの」
きょとんとした女官たちの言葉に、里琉は軽く頭を下げる。
「……里琉と申します」
「ああ! あなたが、女官長様の仰っていた、新しい宰相様の部下様なのね!」
「やだ、そうならそうと言いなさいよもう!」
「それで大臣様、彼女がどうなさったのです?」
割と普通に対応する彼女たちに、ネオ大臣はまたも大げさに嘆いた。
「見ての通りだよ! 己を磨く努力を知らないんだ! ぼくの仕事を教えたくても、これではとても分かってもらえない!!」
要点だけ言えよ、と里琉はまたも内心で突っ込むが。
「いいかい、リル殿。この国もそうだが、流行とは女性が作り出すものなのだよ。その最たるものが化粧品、衣服、装飾品だ。この意味が分かるかい?」
「……ええと?」
唐突にまともな事を言われ、若干反応が遅れた。
「つまり、貿易の要は女性たちの流行! 何を取り入れ、何を普及させ、そして何を不要としていくのか、それを教えてくれるのが、己を磨き続ける女性たちということだ!」
考える暇もなく、ネオ大臣は答えてしまうが、結局里琉はよく分からない。
「それって、化粧して綺麗な服着てアクセサリー付けてればいいってこと? じゃあ割と簡単じゃん」
「……ほほう。言ったね?」
きらん、と彼の目が光る。
それを見ていた彼女たちが、あ、という顔をした。
何かまずい事を言ったのかと不安になる里琉の肩に、ぽんと手が置かれ。
「さあ、それでは勉強を始めるとしようか!! まずきみに必要なのは美意識! 幸い、ここには己を磨く事に長けた、麗しき先輩方も居る。存分に、流行を学ぶといい!!」
どん! と突き飛ばされた。
「わっ、わっ!?」
「あらら、大臣様を本気にさせちゃった」
「しょうがないわねえ。ほら、こっちにいらっしゃい。肌はそんなに弱くなさそうだから、安心ね」
「髪が短いのだけ、どうにかならないかしら? これでは、髪飾りもあまり選べないわ」
よろける里琉を支える女性たちは、だがノリノリで里琉を化粧台へ引っ張っていく。
「ああ、もちろんぼくもここで見届けるから安心したまえ! さて、ついでにきちんと貿易らしい勉強もしてもらおう!」
「え、ええええ!!?」
結局教えてくれるのかよ、とまたも内心ツッコミが入るが、前髪を上げて留められ、顔を濡れた布でいきなり拭かれる。
「まずは顔の汚れをなるべく落とさなくちゃね」
「少しだけ、化粧水も必要だわ」
綿のような何かに化粧水らしきものを含め、女性が里琉の肌にそれを叩いていく。
「その綿と化粧水はこの国の特産品! 風期にだけ来る珍しい生き物から取れる良質の綿、そしてオアシスでしか育たない植物から採れる、保湿に長けた化粧水だよ!」
唐突に説明がネオ大臣から飛んできた。
「い、生き物?」
化粧水はともかく、綿なら草じゃないのか、と思っていると、彼は説明を続ける。
「そう、その生き物の綿は、用途が多様化され、今やこの国になくてはならない! そして作られる衣服は染めることも出来る! テアの国ではこの綿から作られる布地を重宝しているそうだ!」
知らない国の名前が出てきた、と里琉はクリームを塗られながら思う。
それを感じ取ったのか、ネオ大臣が補足してきた。
「テアは貿易そのものが国の特色なのだよ! 多くの品物を扱い、取引することで国が成り立っている! だが、ここ半年程で我が国との貿易の種類が激減! それもこれも――おっと、ここだけの話にしておこう。……我が国の王が、妹姫と仲違いをして以来、仕事をしなくなってしまったからなのだ」
こそっと言う中身はなるほど、大きな声では言えないもので、女官たちもこくこくと頷く。
「以前までは、仲の良いご兄妹でいらしたのよね」
「そうそう、それに陛下だって本当はとても真面目でいらして」
「姫様を諌めるのも、陛下の役目だったのよねえ……」
ただ仕事を放り出したわけではなさそうだ、とは思ったが、結果として貿易縮小なのだから、誰も庇う事は出来まい。
そう思っていると、おもむろにぱたぱたと粉を叩かれ始めた。
「次! 今使っているその白粉は、実は我が国の鉱石から作られているのだよ!」
「えっ!!」
またしても唐突に出てきた説明に、里琉はぎょっとする。
だが、そういえばファンデーションも元は鉱石が原料だったはずで、すぐ納得した。
「じゃあ、これも特産品?」
「少し違うね。原石である鉱石をテアに輸出し、テアが化粧品としてこちらへ輸入しているのだよ!」
ギブアンドテイク、という言葉がぴったりの説明だ。
里琉は今の話に少しだけ興味を持つ。
「じゃあ、この口紅とかも元は鉱石ですか?」
「いいや、そっちはロウが原料だよ。この国では作れないから、テアに輸入を頼っている形だね」
ロウと聞いて、里琉は大丈夫なのだろうかと思ったが、すぐに説明が補足される。
「もちろん、安全性はきちんと考慮されているから安心したまえ!」
「……あ、はい」
「もっとも、危険な物をいつまでも使い続けられるような女性はいない。悪いと言われたものはすぐに廃れるからね!」
そりゃそうか、と里琉は安堵する。
ところで、鏡を見る暇もない程に、彼女たちの手がせわしない。
一体自分がどれだけ厚化粧を施されているのか、気になって仕方ないのだが。
「短い髪でも女性らしさを演出するなら、やはり大きな花の髪飾りかしらね!」
「あら、ダメよそんな子供っぽいものは! さりげなく大人な雰囲気のあるこちらはどう?」
今度は髪かよ、と思いつつ、こんなに短い髪に何を付けても、やはり女装の域を出ない気がしてならない。
「ああ、装飾品に関してはテアと我が国は競合しているね! 何しろここは鉱石の国。様々な宝石が日々磨かれ、美しい姿に形を変えている! 髪飾り、首飾り、耳飾りに、服飾品! どれも、職人達が己の持つ美意識を遺憾なく発揮して生み出す芸術だ!」
だがそんな事はお構いなしのネオ大臣は、惜しむ事なく次の説明を寄越してきた。
「……ちなみに今、髪に塗られたのって何ですか」
香油か何かだろうが、嗅いだことのない匂いがする。
独特なので好みはきっと分かれるはずだ。
「この国の花を使った香油だよ! これもオアシスでしか咲かない為、輸出制限されているものの一つさ!」
「え」
「国で作られていても、輸出が出来る程の量でなければ、制限せざるを得ないからね。香りは独特だが、効果は抜群だろう?」
と言われても、触れないので分からない。
「ええ、本当に! すっかり指通りの良い髪になりましたわ!」
「目に見えて艶が増しましたものね!」
人の髪をいじりながら嬉しそうに言う彼女たちは、ややしてようやく離れてくれた。
「さあ、できましたわ!!」
「ご覧になって、ネオ大臣様!!」
そのままくるんと彼の方を向かされると、ネオ大臣はしばし里琉を見つめ――ひゅうっと口笛を吹いた。
「素晴らしい!!!」
(……いや、私結局、まだ鏡すら見てないんですけど?)
置いてけぼり状態の里琉に、ネオ大臣が近寄って頷く。
「きみ自身の手でこのくらい出来るようになれば、きっと完璧だ! 今後は一層、努力してくれたまえ!」
明日以降もこれをするのかと、里琉は軽くめまいを覚えた。
(化粧って、めんどくさいんだな)
今までする必要も無かっただけに、改めてそう思える。
「ところで、これってどうやって落とすんですか」
「それは夜になれば分かるよ! さあ、そろそろ宰相殿が迎えに来る頃だ。戻るとしよう!」
意気揚々と引き上げるネオ大臣に引っ張られ、里琉は女官たちに頭を下げた。
「あ、ありがとうございました!」
「いいのよー、また来てね!」
「何言ってるのよ、明日も来るんでしょ?」
「ちゃんとお化粧出来るよう、頑張りましょう!」
彼女たちはひらひらと手を振って見送ってくれる。
そして本来の場所に戻った時、既に宰相が待っていて。
「……まあ、想像通りの状況といいますか……よくぞここまで、といいますか」
ものすごく微妙な顔をされた。
「髪、伸ばしましょう。リル」
「……はーい」
次いで言われた中身に渋々と返事をする。
そのまま、次の場所へと向かう事になった。
原石ならば、曇らない。




