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空想科学フェアリーテイル  作者: 宮原 桃那
13/66

【13章】貴き者の義務

傍目には、無用に思えても。

 次の時間は、一般教養らしい。

 だが、里琉は既に冷や汗をかいていた。

(い、嫌な予感しかしない……)

 何しろ、連れて来られたのはメーディアの待つ部屋。

 そこは白い布であちこちが仕切られており、様々な裁縫道具に似た物が置いてあった。

「ようこそ、リル。さて早速だけど――」

 ぱん、と高らかに手を打ち鳴らすメーディアの背後から、すっと数人の女官が出てくる。

「教養の基本は、身だしなみよ。あなた専用の執務服を作るよう、宰相様から言いつかってるの。採寸をするから、まずは服を脱いでもらうわ」

 やっておしまい、とばかりに合図を示すメーディアに頷いて、女官たちは黙々とそして素早く里琉を取り囲み、服を脱がし始めた。

「わわわ、自分で脱ぎます!」

「あなたは黙って私の講義を聞きなさい」

 たおやかで優しいイメージの女性なのに、口調は鋭く厳しい。

 否やも言えず、里琉はただ立ってる事しか出来なくなってしまった。

「一昨日来たばかりだからとはいえ、そんな間に合わせの服では、どうせまた男の人と間違えられるでしょう」

「……もう何回も間違われてます」

「それを言わせないようにするの。服が違えば立ち居振る舞いもおのずと変化するわ」

 別に変化はしなくていいような、と思ったが、一般教養に自由な振る舞いなどそもそも存在しない。

 元の世界だってマナーだ品位だとやかましい輩も居たのだから、推して知るべし、だろう。

「声だけで通用すると思うんだけどなあ……」

 ぼそっと呟いたその言葉に、メーディアが鋭い眼光を向けた。

「その言葉遣いも、間違われる対象よ」

「え」

「女性ならではの言葉遣いがあるのだから、それを活用しなくてどうするの。私生活はともかく、仕事中であるうちは、言葉遣いも仕事のうちだと思いなさい」

「は、はい」

 仕事だと言われたらそうするしかあるまい。

 しかし。

「しばらくは私と同じ言葉遣いを目指しなさい」

 それに関しては、全力で自分が気持ち悪いので、全力で辞退することにした。

「す、すみません……ごくごく一般的な敬語でお願いします……」

「…………そう。それで、あなた達。どうかしら?」

 ふとメーディアが採寸を始めていた他の女官に尋ねると、予想外の答えが返ってきた。

「着太りしやすいようですわね。想像以上に細いので、ゆったりしたものを着せると子供のようになってしまいかねません」

「胸もあまりないですし……底上げしましょうか?」

 おい、と里琉は内心で盛大に突っ込んだ。

(悪かったね!!! どうせ貧弱だよ!!)

「細身なら胸を強調する必要があるわね。底上げももちろんだけれど、今夜から彼女の胸が少しでも大きくなるように調整しましょう」

「はいっ!?」

 何を言い出すのか、とぎょっとする里琉に、メーディアは涼しげな顔のまましらっと返す。

「いずれは王妃様をお迎えする為にも、技術職の方の腕が鈍らないようにしなければ、と考えていたところなの。ちょうどいいから、あなたが相手になりなさい」

「……えええ……」

「返事は、分かりました、よ」

「わ、分かりました……」

 嫌です、と言いたいところだが、反抗出来る雰囲気ではない。

 高級エステがタダで受けられると思えばいいか、と里琉も割り切る事にした。

「喜ぶでしょうねー。この国の女性はほとんどの方の胸が大きいですし」

「リル様ならきっと、効果が目に見えるはずですわ」

 豊胸に興味など全く無いし、胸は大きくなると肩こりがひどくなると聞いた気がする。

 それに剣を扱うのなら、尚更胸など小さくてもいいのではないか、とちらりと思った里琉に、メーディアがまたしてもしらっと告げた。

「胸が大きくなれば、見た目で女性だとわかりやすくもなるわよ」

(…………何だろう。そこはかとなく、私の今の外見をけなされまくってるような気がする……)

 自分はこれまで、何も問題ないと思って過ごしてきた。

 それは「そうであることを許されていた」だけだったのかもしれない。

 ふと、里琉はそう思った瞬間、奇妙にも腑に落ちる感覚を抱いた。

「……じゃあ、お願いします」

 割合素直に受け入れた里琉を見て、メーディアは少しだけ微笑む。

「ええ。それでいいわ」

「採寸、終わりました!」

「着替えはどうされますか?」

「ひとまず、元の服で構わないわ。すぐに製作に取り掛かるよう、採寸の資料を指定の職人へお持ちして!」

「はいっ!」

 指示された女官が、やはり大きな石版を抱える。

 どう見ても重そうだし実際に重いのだが、あれを何とか薄くは出来ないのか。

「硬度は低めだし、へき開の方向次第では多分……」

 ぶつぶつと呟きながら服に袖を通していると、メーディアが怪訝そうな顔でこちらを見ているのに気がついた。

「ど、どうしたんですか」

「……あなた、あの石版が気になってるようだけど?」

 やはり見られていたのか、と思ったが、特に隠すことでもない。

「はい。あれをもっと薄く出来ないのかな、って思いまして」

「……薄くは出来るわ。手間が非常にかかるから、その方法は使われていないけれど」

「え!?」

 予想外の答えだが、手間がどうかかるのかは気になった。

「薄く削ったものは作れるのだけれど、道具の数が少ないの。それに全て人の手で行う必要があるから、あまり活用出来ないわ」

「……それって、どうやって削るんですか?」

「特殊な道具でよ。そのうち分かるわ」

 今はそれよりも教養の勉強をしろ、ということだろう。

 ヴァス大臣あたりなら教えてくれそうだし、次の授業があったら訊いてみることにする。

「さて、次は礼について教えるわ。この国では挨拶と共に礼を取るのが、王都や王宮でのマナーよ」

「あ、さっきちょっと聞きました。男性と女性では違うとか」

「ええ。女性はこうするの」

 手本として、メーディアが腰に巻いた薄い布を右手で軽く持ち上げ、胸の中心に左手を軽く当てたまま柔らかな一礼をする。

 足元は、布を持つ手と逆の足を軽く下げるらしい。

「やってごらんなさい」

 言われた通りにやってみるが、ぎこちなさすぎて微妙な感じだ。

「姿勢が良くないわね。まずは背筋をぴっと伸ばして」

 背中をぐっと前に押される。

 そのままの姿勢を保つよう言われ、右手を腰の布へと持って行かれた。

「布を軽く持って。力を入れない。あくまで自然によ」

「え、ええと」

 腕に力が変に入って、姿勢を保てない。

 これだけで随分と疲れるとは思わなかった。

「そして、左手はここ」

 胸の間にとん、と置かれた自分の左手が、自然と握られかけるのをぺしっと叩かれる。

「添えるように、指先を自然に置くの」

 かなりきつい姿勢だが、ここからお辞儀となると、また崩れそうだ。

 既に腕がぷるぷるしている中、メーディアは左手を押さえて固定しつつ、背中をぐっと前に押して礼の格好をさせた。

「腰を引かせない! 左足はつま先を立ててわずかに後ろよ」

 ひいい、と心の中で悲鳴をあげつつ、里琉は言われた通りにする。

 ほんのわずか膝を落とすのが重要だと言われても、それが逆に辛い。

 これを何十分も続けろと言われたら絶対途中で膝から崩れ落ちるだろう。

 ここはこう、ここはこっち、と微調整を繰り返し、ようやく合格を出せた時、既に里琉の筋肉は限界だと言っていた。

「う、うう……」

 貴族のお嬢様っていつもこんなポーズ取ってるのか、と内心ではもはや感心しか出来ない。

「はい、戻していいわ」

 メーディアが手を叩いて合図したので、里琉はほっとして姿勢を直す。

「全身筋肉痛になりそうです……」

「もっと鍛えないと駄目ね。鍛錬も加えておくわ」

「うっ」

 ぼやいただけだったのに、やることが更に増えた。

 メーディアはスパルタらしく、その後も延々とマナー講座が続いて。

「女官長様、そろそろお昼の時間ですが……」

 声を掛けた女官の言葉に、メーディアは頷くと。


「では、食事のマナーもついでに覚えてもらうわ。さあ、行きましょうリル」


 ――容赦なく、授業の延長を行ったのであった。


そこで生きるには、武器となる。

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