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3・こいするおうさま

 やっと見つけた妹が虐げられていて、王は烈火のごとく怒った。

 彼女を生贄のように扱っていることも、そうされて当然だと思っていることも。何より嫁ぐことが生贄を差し出すことと、同じような扱いをされている自分自身への認識にも。

 そこまでひどいことを、したという覚えが無かった。

 確かに、この手で殺した人間の数は、ちょっとした集落一つ分に匹敵する。だが自分が剣を振るっていなければ、それよりもっと大勢の人間が無意味な死を迎えていたのだから。

 父王が崩御して数日後。

 貴族が要求したのは、彼らの娘との結婚だった。一人を王妃に、残りは側室に。だができれば自分の娘を王妃にしてくれと、入れ替わりやってきた貴族はまだ若い彼に言い続けた。

 そうして若さゆえに怒ったかつての彼は、適当な国を名指しし、そこの王女をいずれは王妃にすると言い捨てた。その当時、その国に王女がいなかったと知ったのは、だいぶ後になる。

 こうして貴族との間に生まれた軋轢は、争いを呼んだ。いくつもの貴族が、王族に成り代わろうとしては粛清され、父王が存命の頃と比べれば貴族の数は半分近くにまで減った。


 忙しかった。

 だから、気づかなかった。


 かつて婚約者で、父が最後に愛した彼女が行方不明であることに。父に任された彼女と、そのお腹に宿っていた命が、他の大勢を救っている間にいなくなってしまったことに。

 すべてを終わらせてから、十年以上。

 やっと見つけた妹は、黙っていればこちらに『嫁いでくる』そうだ。ならば、このまま放っておけばいい。彼の生き別れた妹の話は、それとなく脚色して世間に広めている。

 問題は実際に王妃となる女だが、そこは後で何とかしよう。

 今は、妹を劣悪な環境から救い出すことが、重要だ。

 彼女を道具としてしか扱わない国王夫妻。彼女をバカにする王子二人。そして、常々見下してはあざ笑ってる王女。そんな王女に育ったのか、と思うといい年をして憂鬱になった。

 まぁいい、と彼は控え室で身なりを整えながら思う。

 今日、この国の『第二王女』との婚約が、正式に発表される。

 あとは適当にあれこれと理由をつけ、彼女をさっさと連れ帰ればいいだけだ。

 幸いにも、周囲に隠されて育った彼女を、知る人間はとても少ない。こちらに来ていろいろ状況を整えたら、いずこかへと嫁がせようと思った。候補は、すでに考えている。

 あとは、こちらの王族への嫌悪を抑え、適当に第一王女と踊るだけ。


 遠目に見た王女は、絵に描いたような姫だった。

 あれが、裏では妹を虐げていると思うと、王族とは恐ろしいと思った。



   ■  □  ■



 それとなく『妹姫』のことを尋ねれば、その姉である王女はあざけりの笑みを浮かべてバカにしてきた。そうされて当然、といった態度に、カチンときた彼は耳元に囁く。

「あれは俺の妹だ」

 その瞬間、王女の表情が変わった。

 すぐに笑みは戻ったが、踊りを中断してそそくさとどこかの部屋に連れ込まれる。下の王子があわてた様子でこちらに来るのが見えたが、見知らぬ令嬢がその行く手を阻んでいた。

 連れ込まれたのは会場傍の、そう広くない部屋。

 事情を詳しく教えてくださいませんか、とたずねられ、彼は簡単に事情を告げた。それだけならば、何も問題は無い。この国にとって少女は忌まわしいもの、いなくなるなら好都合だ。

 実際に王妃にならずとも、この国の姫が王妃になったことは変わらない。

 ならば、それで文句はないだろうと思った。

 もちろん、己の浅はかさには、改めて頭が痛くなる。昔から、頭に血が上るとどうにもとまらないところがあった。それは亡き両親からも、それ以外からも散々指摘された欠点だった。

 彼が即位して数年。近隣の王の中では極端に若いとはいえ、すでに三十を過ぎた。

 いい加減、直しておきたいと改めて思った。

 しかし、そんな決意を吹き飛ばす言葉が、王女から飛び出す。

「では、わたくしを妻として連れ帰ればよろしいですわ」

 そして、彼女に付き添う侍女に、紛れ込ませて連れ出せばいいと。そうすれば表向きも裏向きもこの国の王女が彼に嫁ぐことになるし、いろいろ手を回す必要もなくなると。


 ――この姫は、面白い。


 今まで見たことが無いタイプだと、彼は思う。何も考えずニコニコしているだけだと、心の中でバカにすらしていたが、実際のところ、かなり頭がいい王女だった。

 少なくとも、わが身の置き方一つで人の生き死にすら変わることをわかっている。わからないものばかり見ていた彼にとって、たったそれだけのことでも衝撃的だった。

 ましてや彼女は、彼の妹である少女のことを大好きだといった。

 自分と結婚すれば義妹になって、ちゃんと姉妹になれると。その光景を思い、目を細めて微笑む姿に呼吸を忘れる。自分に向けられていない笑みであることが、どこか歯がゆかった。

 認めよう、これは認めざるを得ない。

 自分はこの王女に心を奪われ――彼女の心を独り占めする、まだ見ぬ妹に嫉妬したと。

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