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2・まおうさまはおにいさま

「あれは俺の妹だ」


 手を取り合い、踊りながら囁かれた声に、わたくしは驚いた。

 誰のことをいっているのか、それを一瞬でわかってしまった自分自身に。そうして始まったのが一つの契約。とても簡単な取引。彼の願いとわたくしの願いを、同時に叶える手段。

 けれど、それをした結果がこれならば。

 わたくしは何のために、ここにいるのだろう。



   ■  □  ■



 昔々、婚約者の父親と恋に落ちて結ばれた少女は、戦火を逃れて国を超えた。

 しかし元婚約者である王子の即位にほかならぬ親兄弟が反対していて、愛した人が後継者にと望んだ彼を支持したい彼女は、身重だというのに実家に帰ることすらままならなかった。

 彼女は国を超えたところで力尽き、ある集落の人々に助けられた。

 結局、彼女はお腹の子供を生んで数日後に息を引き取り、残された女の子は集落の人々が大事に育てることにした。彼らには、美しい少女の姿がまるで、女神のようだったから。

 この感動的なお話には、二つのの問題がある。

 それは女の子の父親が先代の王で、現在その国を治める王の妹であること。

 そして、赤子を育てることにした集落は、邪教を信仰していたこと。

 結局、彼らは国を乱すとして一人残らず粛清されてしまい、残されたのは聖女として大事にされていた彼女だけ。偶然にもわたくしより少し後に生まれていた、彼女だけだった。

 一方、父を失っただけでなく国すら失いかけた王子は、王となって真っ先にかつての婚約者の行方を捜した。彼女が身ごもっていた子が、今では彼の唯一の家族だったから。

 方々に密偵やそれに順ずる存在を向かわせて、見つけたのはとある少女。

 かつて、貴族に結婚を迫られた結果、半ばやけくそに求婚した王女の身代わりとして、こっそりと育てられている出生不明の、邪教の聖女。見つけたのは王の側近で、件の少女をよく知る数少ない人物。その面影に、本人かと一瞬思ってしまったと、彼は主に伝えてきた。

 王はこのとき初めて、そういえばそんな求婚をしたと思い出していたという。あまりにしつこい結婚要請――という名の、自分の娘を王妃にしたい親の叫びに、かつての王は激怒した。

 まだ国が落ち着いていないのに何を言っているのか、と。お前達のような、簡単な判断もできない愚か者の娘など、王妃にはふさわしくない。そういって適当に選んだ国に、王女が成長したら自分の妻として迎えるからそのつもりで、と勝手に手紙を送った。

 ……後で、その国には王女がいなくて、側近などは胃を壊し青い顔をしたらしい。


 それでも結果的に何とかなっているのだから、この人はきっと、王となるべくして生まれたのだろうとわたくしは思った。そして、このチャンスを逃すわけには、いかないと知った。

「では、わたくしを妻として連れ帰ればよろしいですわ」

「……は?」

「彼女をわたくしの侍女にまぎれさせ、この国から連れ出しましょう」

 きっと、その方が楽だろう。特に後々が。さすがに彼も、一緒に育たなかったとはいえ妹に手を出すことはできないし、そうなると代わりに王妃の仕事をしなければならない娘がいる。

 王妃はただ王の傍にいて微笑み、よい生活をすればいいだけではないのだから。

 しかし、わたくしが彼に嫁ぐならば、そんな心配は無い。

 彼女は兄の元で幸せになり、いずれはどこかに嫁げるだろう。わたくしの身代わりとしての教育も受けているから、彼女の立ち振る舞いなどは王族としては充分合格ライン。

 そうそう、そうしましょう、とわたくしは一人で盛り上がる中。

 詳しい話は別室で、とにこにこ笑顔で腕を引いて、近くにあった個室に引っ張り込んだ魔王陛下改め未来の旦那様は、なぜか驚いたような表情を浮かべてわたくしを見ていた。

 わたくし……そんなに変なことをいったのかしら。

「何ゆえに、そこまで?」

「なぜ、といわれましても……だって、彼女があなたの妹なら、わたくしの義妹ですわ」

 わたくしの願いはそれです、といったらさらに驚かれた。

 もしかして、気に入らない身代わりをいじめている性悪姫と思われていたのだろうか。

 あえてそう見えるよう振舞っていたとはいえ、ちょっと傷ついた。

「わたくし、彼女が大好きですの。だけどわたくしは守る力がないから、ああやって少しでも穏やかにすごせるよう、いろいろしましたわ。だからこそ、幸せになってほしいんですのよ」

 ずっと義理すらない姉妹のままだった。形ばかりの、書類だけの姉妹だった。兄は彼女を妹と見たこともないし、弟はあからさまに彼女のことを罵ってバカにして、笑っていた。

 両親にとって、彼女はかわいいかわいい娘の身代わり人形。

 わたくしは家族が大好きだけど、世界で一番大嫌い。

 わたくしが一番大好きなのは、たった一人の『妹』だけ。


「……やっと、彼女と姉妹になれるのです。わたくし、彼女とずっと、一緒にお茶をしたいとおもっていましたの。お茶を飲んで、お花を見て、お菓子を食べて、散歩をしてみたかった」


 やっと叶う。

 わたくしの悲願が叶う。

 この人のことはまだよく知らないけれど、きっと悪い人ではない。それに是非はともかく両親はわたくしに甘いから、わたくしが絵に描いたようなそぶりで彼と結婚したいと、いつも通りのわがままを言ったならば。きっと渋々でも、認めてくださるだろう。

 もちろんシチュエーションも、大事だ。

 できるだけ人がたくさんいる時――そうたとえば、今。

「では、わたくしは両親に、あなたと結婚したいと言ってきますわ」

 可憐な王女の仮面をつけて、わたくしは彼に背を向けた。だから、わたくしは長らく気づかないままだった。わずかに感じていた視線に、振り返っていればよかったかもしれないのに。

 彼が、熱のこもった目をわたくしに向けていたこと。

 それを知っていれば、きっとわたくし、もっと楽な新婚生活ができたはず。どちらにせよ同じ未来があるというならば、何か予知めいたものをくださってもいいと思いますわ、神様。

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