アイスを頬張り。
「アイス」のお題に、七夕を盛り込んでみました。
二人の恋は、まるでソーダ味のような。
爽やかで、冷たくて、シャクシャク言う恋。
十四歳の夏。
私はその日、いつも通りに自転車を漕いでいた。
いつも通り、夜遅くの帰宅に急いていた。
いつも通り、塾から帰るだけのはずだった。
声を、掛けられるまでは。
「よ、夏姫じゃん」
その声に振り返れば、大好きな親友の姿が。
「久し振り、敦彦。元気そうだね」
私は答えた。
「何言ってるんだよ、塾で忙しいんだって」
「受験生なんだから、仕方ないでしょ」
私達は、いつでも自然と話が出来る。
まるで、昨日会ったばかりかのように。
「志望校、未だに安全圏に入らねぇー」
「大丈夫だよ、まだ半年もあるんだし」
私の励ましは、その場しのぎにしかならないけれど。
「"もう半年しかない"だろ」
彼はうなだれている。
「うー。まぁ、そうとも言うけどさ。でも、」
「あ」
私の言葉を遮って、彼は夜空を見上げて行った。
「天の川だ」
え──。
釣られて空を仰げば、眼前に広がるのは無数の星。
輝く、数多の光。
そうか、忘れてた。
今日は七夕だったっけ。
受験勉強よりも大事なことを、忘れていたんだ。
そして、彼が取り戻させてくれたんだ。
「綺麗……」
口元から漏れ出た言葉と笑み。
彼はそれを知ってか知らずか、こう提案した。
「ちょっと、寄り道しようか」
公園に自転車を止め、二人並んでベンチに座る。
誰もいない公園は、静けさだけが支配していた。
先程立ち寄ったコンビニで買った、アイスの封を開ける。
何処か遠くで、笛の音がした。
七夕祭りでもあるのだろう。
「ひゃ、冷たい」
アイスに口をつけると、涼しげなソーダ味がした。
暗闇の静寂を、星だけが照らしている。
響くのはカラカラと言うタイヤの音と、シャクシャクと言うアイスの音だけ。
無言だった彼は、突然指を指して言った。
「あれが織り姫と彦星だろ」
そう言って、指を動かしていく。
彦星は、天の川を横切って織り姫と結び付いた。
ねぇ。
そうやって、君と私も繋いでよ。
ふと、そんなことを言いたくなった。
でも、言える訳がない。
言う勇気なんて、ないんだから。
「七夕の日に出くわすなんて、まるで織り姫と彦星だね」
代わりに、そう言うしかなかったんだ。
私は意気地なしだから。
「そうか? たまたま、偶然だよ」
彼は私の気持ちも知らずに、平気で言ってのけた。
まぁ、分かってはいたのだけれど。
「彦星と織り姫って、一年に一回しか会えないんだよな。それって、寂しくないのかな」
彼は、ぽつりと言った。
寂しい、って。
寂しいに決まってるじゃない。
どんなに会いたくても、会いたい時に会えないなんて。
一年に一回しか、許して貰えないなんて。
私と君だって、一年に一回、会えるかどうかすら分からないのに。
偶然にすがらなくちゃ会えない、お互いの連絡先すら知らない友達なのに。
私だって寂しいよ。
織り姫より、ずっとずっと寂しいよ。
「君は、寂しくないの?」
「え?」
彼が不思議そうな顔をしたのを見て、初めて気がついた。
自分の思いを口に出していたことに。
「あ──ううん、何でもない」
私は、必死ではぐらかした。
そして、強がってみせた。
「織り姫は多分、寂しくないと思うな」
その言葉を、伝えることによって。
「例え一年に一回でも、確実に会えるって約束があるもの。だから頑張って働ける。私だって、確かな約束があるなら頑張れるよ」
笑ってみせた。
無理矢理にでも、笑ってみせた。
君と私には、互いを結び付ける約束がない。
縛り合わない自由の代わりに、寂しさだけが込み上げる。
「でも。何で、二人で一緒に、働いて暮らそうって考えられなかったのかな、って」
それを言われて、はっとした。
そっか、そんな選択肢もあるんだよね。
反省した二人なら、一緒に暮らすことも出来るのに。
敢えて、離れ離れのままで。
「俺達もさ、約束があった方が良いの?」
彼の優しい問いに、私は言葉を失った。
だって普段の君は、そんなことを言わないから。
「さっき、"君は寂しくないの?"って言ったから」
聞こえてたんだ。
私の声。
「うん……そうだね。また会えるって言う、確かな保証が欲しい」
私は珍しく、我が儘を言った。
普段は、素直に物事を言い出せない性格なのに。
「じゃあ来年の七夕は、祭りにでも行くか」
来年。
そうか、一年後なのか。
「せっかくだし、浴衣でも着て来いよ」
小さく笑いながら、冗談混じりに言っている。
「──やだっ」
不意に、私は彼の手を掴んでいた。
「……夏姫?」
「それも嬉しい、けど。ずっと傍に、居られないのかな?」
織り姫と彦星が、永遠に選ぶことのない選択肢。
二人並んで、暮らしていける選択肢。
私は、ずっと君の傍に居たいの。
君は、同じように思ってくれてる──?
「え、いや、でも……っ、先のことなんてまだ分からないし……」
彼はしどろもどろ。
そりゃそうだ。
だって私は、
私は、泣き出してしまったから。
自分でも止められない、どうすることも出来ない涙。
そして、やりきれない想い。
とめどなく溢れ出して。
涙と共に、流れ落ちて。
ごめんね、でも大好きなの。
「お願い、ずっと傍に居てよ……」
気休めでも良いから、「うん」って言ってよ。
それだけで、私は満足だから。
「……分かったよ。お前が飽きるまで、居てやるから」
そう言って、彼は私を抱き締めてくれた。
うわ。
私は、頭の中が真っ白になった。
願いが、叶うの?
七夕の夜に?
まるで、夢を見ているみたい。
「飽きる訳ないじゃん、ばーか」
私は彼の腕の中で、小さく笑った。
具体的な約束なんてなくても、
確かな保証なんてなくても、
私は今日の想い出だけを抱いて、
これから先も生きていける。
私達の頭上を、流れ星が零れていった。
まるで、織り姫と彦星を繋ぐように。
何も疑うことを知らず、誓い合った純粋なあの日。
その優しい記憶だけを頼りに、私は今日も生きている。
例え、会えなくても。
私の記憶の中で、いつでも君に会えるから。