馨のヒミツ
黎明学園は全校生徒約1000人。
規模としては普通より少し大きいくらいの私立高校だ。
裏生徒会実行部は部員4名。
この学園では本来なら5人以上の部員を集め、然るべき活動計画の無い部は設立を認められない。
しかし、天下の楠木財閥にかかれば学校のルールなど、あってないようなものであるらしい。
五月半ばの、ある晴れた日のお昼休み。
孝は部室へと足を運んでいた。
今、部室には孝一人しかいない。
よし、と確認して孝はお弁当を広げて、食事を始めた。
「おや、コウではないか」
「うわぁぁぁぁっ!!」
孝は広げていた弁当箱のふたを慌てて閉める。
「かっ、かっ、馨先輩。どっ、どうしたんですか」
部室にやってきたのは馨先輩だった。
昼休みの部室なら誰も来ないと孝は思っていたんだが。
「いやなに、今日は部活に顔を出せないからね。私物を取りに来ただけだよ」
孝は先輩から、弁当箱を背に隠すような位置に立つ。
(今日はマズイ、これはマズイぞぉ!)
今日の弁当の中身は、孝にとって見られたいものではなかった。
しかし、そんな孝の慌てようが伝わったのか、馨先輩は意地の悪い笑みを浮かべて孝に近づいてくる。
「ん? 何を隠しているのかな? コウは」
孝は目の前まで来た先輩から必死に弁当箱を隠そうともがく。
これ以上寄らないで、と先輩を押しとどめるように両手を前に突き出した。
そして、馨先輩の胸に触れたとき、
ふにっ
「ふにっ?」
「きゃぁぁぁぁっ!!」
胸を両手で抱くようにかばいながらしゃがみこんだ先輩は可愛らしい声で悲鳴をあげた。
って待て待て、今の「ふにっ」とした感触は?
「えっ?」
孝は自分の手と馨先輩とを交互に見る。
すると、馨先輩は今の自分の言動に気がついたのか、はっとなって孝を睨みつける。
「…………」
「女の子?」
「…………」
え? 馨先輩は女?
そんなバカな。だって先輩は男子用の制服を着ているじゃないか。
しかし綺麗に整った顔は確かに女性に見えなくもないが。
お互いが見つめあっていると、先輩がふうっ、と息を吐いて立ち上がった。
「誰にも言うなよ」
「えっ? じゃあ本当に女の子ってこと?」
「ああ、私は女だよ」
「じゃあ、せ、制服は?」
孝が聞くと先輩は自分の制服を指でつまみながら言う。
「これは、まぁ……趣味かな」
「はぁ」
それからしばらく、先輩の話に耳を傾ける。
まず、学園では男子で通していて、誰にもバレていないらしい。
体育やその他の性別がバレる危険性のあるものは出来るだけ避けているという。
なぜそこまでして男装しているのか、孝にはよく理解できなかった。
「まあ、バレてしまったのは仕方ないし、バレたのがコウでよかったよ」
昼休みが半分以上過ぎてしまった頃、先輩はそう締めくくった。
心優しい人で良かった、そしてどうかこのまま帰ってください、と孝は神にお祈りしていた。
「それで、キミは何を隠していたんだい?」
「ぎくっ」
神は孝を助けてはくれなかったようだ。
「私の秘密を知ったんだ。それくらい見せてくれたっていいだろう?」
そう言われてしまったら孝に逆らうことはできない。
孝はおとなしく弁当箱のふたを開けた。
「これは……」
そこにはふりかけでハートの形にペイントされたご飯が入っていた。
「妹がこんなのを作ってしまったので……さすがに教室で開けられなくって」
孝は自分が昼休みに部室に来た理由を話す。
「そうだったのか。てっきり友達がいないのかと思ったよ」
「いや、いますって」
「そしてなるほどね、キミは妹さんにとても愛されているわけだ。しかしこれは……」
そうなのか? 愛されているのか?
これは一種のイジメのような気がするのは孝の気のせいだろうか。
「しかしいいものだな、秘密の共有というのも」
馨先輩はどことなく楽し気に部室を去って行った。
昼休みは残り10分しかない。
孝は今度こそ誰もいないことを確認して、急いで弁当を食べ始める。
そして、食べながらあることに気がつく。
「先輩が女ということは……この部に男って僕一人だけ?」
なんか急にこの部を辞めたくなってきた孝であった。